第15話 それぞれの破綻予兆①
昼下がりのサロンに、レオン・アヴァルトとカトリーナ・ヴェステアの険悪な声が響いていた。窓から差す日の光は温かいが、それを享受する余裕など二人にはない。丸テーブルに向かい合って座りながら、互いが相手を睨みつけている。
「ちょっと、カトリーナ。結局お前、たいして金を出してないじゃないか。アルディアス家の投資にどーんと突っ込むって言ってたのに、用意した額はしょぼいし」
レオンは不満を顕わにし、テーブルを指でトントンと叩く。カトリーナはムッとした表情で背もたれを揺らし、「あら、それは私の台詞よ」と言い返した。
「私だって、もっと金を出したいに決まってるわよ。でも仕方ないじゃない。うちの借金が思ったよりひどくて、変に動かすとすぐ差し押さえが来るかもしれないの」
「じゃあ、なんであんなに大口叩いてたんだ? 『自分は実家の財産でどうにかできる』だの、『レオン様と私が組めば最強』とか、言ってなかったか?」
「それはそっちこそでしょう? あたしに言わせれば、『名門貴族のアヴァルト家』って、もっと金持ってるかと思ったら、全然じゃないの!」
カトリーナが苛立ちを込めて手のひらを広げる。レオンも「うぐっ」と言葉に詰まるが、すぐに反撃するように唇を開いた。
「名門だって中身はいろいろあるんだよ! まあ、俺もあのアルディアス家みたいに華やかに見せかけて実は借金ってパターンには飽き飽きしたが……いまさら言うなよ。お前だってたいして違わないだろうが」
「うるさいわね。そもそもあなたが言う通り、私たちが組めば借金だってどうにかなると思ったわ。だけど結局、どっちも金がない状態じゃない。正直に言えば、私は拍子抜けよ!」
「……ちっ。じゃあもうアルディアス家への投資なんてやめるか? いやでもお前、借金返す手立て他にあんのか?」
「ないに決まってるでしょう! だから言ってるじゃないの。あたしだって、あんたと同じで『アルディアス家の投資が成功すれば』の一点張りなのよ」
レオンとカトリーナはやり合うが、結局どちらも「アルディアス家が成功すれば!」という楽観論から抜け出せない。金はないが借金だけは山積み。それでも今のところ手元に残されたカードは「アルディアス家の投資」しかないのだ。
「はあ……。最悪ね。なんかこう、ギスギスするばっかり」
「同感だ。しかし、ここまで来たら仕方ないだろ。お互い借金を抱えている同士、頼みの綱はアルディアス家くらいなんだ」
レオンがやや苦々しい表情で声を落とすと、カトリーナも肩をすくめてうなずく。一瞬、空気が静まり返るが、どこか空虚な共感が場を支配している。
「……ごめんなさい。私もイラついて、きつい言い方をしたわ。でも、投資が成功すれば、すべて解決するんだもの。あと少しの辛抱ね」
「ま、そうだな。アルディアス家の計画が順調に金を集めてるって噂は本当だし、俺たちもそこに乗っかるのが一番手っ取り早い。だから……悪かったよ」
「ええ、あたしだって、言い過ぎたと思う。もう少し冷静になりましょう。ほんと、ここで喧嘩して何の得にもならないわ」
こうして二人はやや渋々ながら和解する。とはいえ、その妥協点は「アルディアス家の成功に賭ける」という一点のみ。愛情もなければ信頼もなく、ただ「借金問題」と「金儲けの夢」が彼らを一時的に結びつけているにすぎない。
「……ねえ、レオン様。もしアルディアス家が本当に大儲けしたら、あなたはどれくらいのリターンを期待してる?」
「さあな。あいつらが用意した配当率通りなら、まあ借金は返しておつりが来る程度……俺はそっからさらにカトリーナの家の負債も少し助けてやって、あとは贅沢三昧か?」
「ふふ、ありがとう。そうよね、あたしたちは『そうなる』って信じてるんだから。……絶対に失敗しないわよね、アルディアス家」
「失敗してたまるか。そもそもあそこは借金まみれだったが、今は投資家が殺到しているんだろう? もう勢いで押し切れるさ」
二人は再び視線を合わせ、形だけの笑みを交わす。お互いへの嫌悪や不満は依然あるが、それを超えて「成功しさえすればすべて丸く収まる」という空想を優先しているのだ。
(ほんと、見通しが甘いわね、あたしたち。でも、それしかないんだもの)
(こんなしょぼい同盟だが、金が手に入るなら仕方ない。頼むぞ、アルディアス家)
こうしてレオンとカトリーナは再度、「アルディアス家が大成功すれば借金もチャラ」という儚い希望にすがりつくことで合意する。二人の間には不和が絶えないが、まだまだ破局には至らない。利害のみで結びついたカップルほど、ある意味ではしぶといのかもしれない。




