第14話 不審と疑惑の広がり②
一方、夜の路地裏で淡々と「情報売買」をしているのは、アルディアス家の侍女・ステラだ。今宵は二人の相手と接触する予定がある。最初の相手は以前から顔馴染みの商人の手先。薄暗いランプが照らす路地で、ステラが声を潜めて話しかけた。
「……ええ、実はあの投資契約書には、日付や印鑑の矛盾が多々ありまして。私も何度か指摘しているのですが、主人たちは浮かれていて聞いてくださらないんですの」
「はは、そりゃ不味い話だな。嘘がバレちまえば一巻の終わりだ。……でも、その情報、もっと大きな衝撃を呼びそうじゃないか?」
「そうでしょうね。でも私は命令通りに書類作成を手伝っているだけ。万が一何かあっても『私は従者として手を動かしただけ』と言えますし」
ステラは申し訳なさそうな表情を取り繕うが、口調には熱がこもらない。男の方も「まぁそうだわな」と苦笑している。
「すでに社交界には『やっぱり怪しいんじゃないか?』って話がちらほらあるが、お前さんがここで後押ししたら一気に火がつきそうだな」
「可能性は高いでしょう。とはいえ、そこに私を巻き込まないでいただきたいですわ。あくまで『裏でちらっと耳打ちをするだけ』といった形で、皆さんに好きに想像していただければ」
「了解。わかったよ。そいつはうちの顧客にも需要がありそうだ。借金取りや高利貸しにとっても、あの家が崩壊すれば回収が容易になるからな」
男がニヤリと笑い、ステラは音を立てずに近づいて小さな紙片を手渡す。そこには「アルディアス家内の会話メモ」や「書類の改ざん過程」など、端的にまとめたメモが書かれている。男がそれを確認すると、「大漁大漁」と笑みを広げた。
「こいつぁいい。もっとくれればさらに金を出してもいいぜ?」
「ええ、私の手元にもある程度資料がありますけれど、さすがに一度にすべてお渡しはできません。少しずつ、小出しに。……そのほうが相場も上がるでしょう?」
「まったく、したたかだな……。いいぜ、こっちもそのほうが助かる。そう簡単にネタが尽きては商売にならんしな」
二人は納得したようにうなずきあい、ステラは男から小さな革袋を受け取る。中には少なくない硬貨がじゃらりと音をたてている。その重みを確認し、ステラは「いい夜ですね」と笑顔を浮かべると、男と別れて夜闇に溶け込んだ。
(これで社交界に『書類が怪しい』という話がもっと広まるわ。私には痛くも痒くもないし、むしろ混乱すればするほど駆け込み投資も増えるかもしれないし)
実際、ステラの仕掛ける疑惑リークは多方面に影響を与え始めている。まだ確定した情報ではないとしながらも、「アルディアス家の計画書はデタラメに近い」とささやかれれば、人々は「今すぐ出資しないと枠がなくなるかも。でも怪しい……」というジレンマを抱えて浮き足立つことになる。
「ねえ、あの噂聞いた? 書類が偽造かもしれないって」
「まさか、あんなに盛り上がってるのに? でも火のない所に煙は立たないし……どうしよう」
「今更引けないわよ。私、既に結構な金を突っ込んでるの」
こうして社交界のあちこちで「怪しいけど稼げるかも」という二律背反が加速し、さらに得体の知れない熱狂へと形を変えつつある。「怪しいならやめとこう」と考える冷静な人もいるが、「やはり大儲けできるなら急がなきゃ」と突っ走る者もいる。結果として、賛否が交錯する混乱だけが残るのだ。
ステラはそんな状況を高みの見物とばかりに眺め、笑みをこぼす。マッチポンプを知られぬよう、忠実な侍女を演じながら、自分の利益を最大化するだけ。悪意に満ちた巧妙な行動は、いよいよ計画を危険な領域へと導いていた。




