第10話 揺れる社交界と加熱する思惑③
夜更け、アルディアス家の一室。ステラが手紙を封じた封筒をテーブルに置き、その向かいでフローレンスがワイングラスを揺らしていた。二人だけの密談の場は、仄暗いランプの灯りだけが暖色を落とし、どこか不穏な雰囲気を漂わせている。
「ここ最近、投資話がますます盛り上がってきたわね。想像以上のスピードで資金が集まっているみたい」
「ええ、ガイル様がずいぶん大口を叩いているし、お嬢様も社交界で上手く注目を引いています。それに、もともと貴族層は『おいしい投資』を探している人が多いですから」
フローレンスはくすりと笑い、ワイングラスを口元へ運ぶ。香り高い赤ワインの液面がゆらめいて、まるで月食を思わせるような深い色合いを放っていた。
「ステラ、あなたもけっこう報酬をもらっているみたいじゃない? 親子をうまく動かしているわね」
「ふふ、私など単に裏方をしているだけですよ。……とはいえ、多少の賃上げは要求させてもらいましたけど」
「さすがしたたかね。でもいいじゃない。私も今、あちこちから仲介料をかすめ取れてウハウハだもの。レオンやカトリーナみたいな人まで参入してくれたらさらに儲かるわ」
フローレンスが隠さずに打ち明けるのは、ここが彼女とステラだけの空間だからだ。二人は「アルディアス家の詐欺計画」に深く関わりながらも、実は自分の利益のことしか考えていないという点で意気投合しているようなもの。
「ええ。お嬢様たちが成功すれば、私たちも大きく潤うでしょうね。万が一失敗したときは……そのときはそのときですし」
「そうそう。もし崩れそうになったら、私は私でうまく手を引けばいいし、あなたはあなたで逃げ道を確保してるんでしょ?」
「もちろん。あの方々が浮かれているうちに、私もいろいろと用意しておきますわ。情報を売る相手もいますし」
ステラはさらりと口にする。フローレンスも「ですよね」と合意の笑みを交わし、グラスを軽く掲げた。まるで乾杯するようにガラス同士が小さく音を立てる。
「となると、しばらくはこの熱狂に乗っかるだけよね。世間が浮かれれば浮かれるほど、私たちは儲けられる」
「うふふ、本当にそうです。ああ、なんて気楽なことでしょう」
二人ともゲスい笑みを浮かべながら、悪役然とした相槌を打ち合う。あちこちから集まる投資家が増えれば増えるほど、フローレンスは仲介料を手に入れ、ステラは内部情報で稼ぐチャンスが増える。もし計画が無事に終われば、それはそれでさらに分配金をもらうことができるかもしれない。
まさしく「どっちに転んでも儲けもの」という腹黒いシナリオ。会話の端々からは、他者の幸福や成功などは一切考慮していないことが露わだ。
「……だけど、いつかこの計画がバレたり破綻したりしないかしら? そろそろ参加者も増えすぎて、噂が拡散しているわ」
「そうですね。その可能性はあるでしょう。けれど、今のところ社交界は『アルディアス家復活』という話題で熱狂中。少なくとも短期的には大丈夫かと」
「そうよね。みんな『夢を見たい』から金を出すわけだし。下手に現実を突きつけられても信じたがらないもの」
フローレンスはグラスをゆらりと傾け、真紅の液体を一気に飲み干す。ステラはテーブルに封筒を置いて「これが新しい契約者のリストと金額です」と指し示した。
二人は封筒を共有しながらニヤニヤと眺める。この紙切れ一枚一枚が、欲深い投資家たちから吸い上げた「甘い蜜」を象徴しているのだ。
「大丈夫、そのうちもっと大きな金も集まるはず。このままいけば、親子も浮かれてくれるわ。成功したらその一部は私たちの懐に……」
「ええ、あの傲慢なガイル様とエレノア様が喜ぶほど、私たちにも分配があるでしょう。まあ、成功しなくても私は別ルートで稼いでますけど」
「だわね。どのみち、私たちにとっては悪い話じゃないわ」
フローレンスとステラがアイコンタクトで合図し合い、「闇の共謀」を確信しあって笑い合う。まるでこの世界が自分たちの腹黒い思惑どおりに回り出したとでも言いたげだ。
だが、その笑いの底にはどこか不穏な香りも混じっている。これほど不自然な大金が短期間で集まれば、いつか必ず綻びが出るだろう。二人ともそれを理解しながら、あと少しだけ夢を見ようと目をそらしているかのようだ。
「じゃあ、私はこれからも投資家たちを煽るわ。ステラは家の中でしっかりガイルやエレノアを動かしてちょうだい」
「ええ、お任せください。……さあ、もっともっと騒ぎが大きくなるといいですね」
「ええ、楽しみだわ。今宵は大きく儲けられる予感がするもの」
こうして二人はグラスを片付け、闇夜に溶け込むように各々の持ち場へ戻っていく。背後には妙な空気が残り、まるで「これから何かが起こる」という暗示を残しているようだった。
こうして社交界では、アルディアス家の投資ブームがますます火を噴き、多くの人々が浮き足立って金を預け始めている。そして、その熱狂を煽りながら甘い汁を吸うフローレンスとステラ。誰一人「良心」など持ち合わせていない、この一大詐欺騒動はいよいよ本格的に暴走し始めていたのだ。




