第9話 詐欺計画の加速②
その夜、屋敷の使用人用の廊下をステラが通りかかると、ちょうどエレノアがどこか上機嫌で歩いてくるところだった。エレノアは新調したドレスをひらりと揺らしながら、ステラを見かけると声をかける。
「ステラ、ちょうどいいところに。あの投資契約書、なんだかんだで大活躍ね。あなたが苦心して印章偽造やら書類作成したおかげよ」
「それはお嬢様やガイル様がうまく宣伝なさった結果でもありますわ。私などは裏方の手伝いをしているだけ」
「まぁそうだけど、でも正直助かってるわ。……そうそう、あなたに言おうと思ってたの」
エレノアは廊下を見回し、人影がないと確認してからステラに近づく。声のトーンを落としつつ、しかし目の輝きは抑えきれないまま、切り出した。
「書類の偽装だけじゃなくて、情報操作とかも協力してくれてるんでしょう? 父様や私が知らないところでも、きっといろいろと骨を折ってるんでしょうね」
「ええ、まあ……私も主家を支えるのが役目ですので。いろいろ頭を使ってはおります」
ステラがしれっと答えると、エレノアは嬉しそうに笑った。いつもなら高慢な態度の彼女だが、今は詐欺計画が順調すぎて気が大きくなっているせいか、心底から上機嫌だ。
「それでね。あなたにもちゃんとお礼をしようと思ってるの。もちろん成功したらの話だけどね」
「まあ、私にとってありがたい提案ですね。ぜひ期待させていただきますわ、お嬢様」
「成功すれば父様もきっと気前よくなるわ。実際、今だって借金返済の目途が立つとか何とか言って、浮かれ気味ですもの。あなたもその時を楽しみにしていてね」
エレノアはウィンクまでしてみせる。そこにはかつての「見栄っ張りで陰気な」イメージはほとんど残っていない。詐欺計画が軌道に乗り始めた興奮が、彼女の精神を変に前向きにしているようだ。
「ありがとうございます、お嬢様。でも、そろそろ……いえ、今のうちに前金のような形で報酬を少し上乗せしていただけると助かるのですけれど」
「あら? 前金って、具体的にはどれくらい?」
「そうですね。私、実は書類作りに相当な道具や材料を使いましたし、あちこちに情報を流したり噂をコントロールしたりと、出費も増えておりまして」
ステラはしおらしく言うが、その瞳にはしたたかな光が宿っている。エレノアは、それを見ても全く嫌悪感を抱くことなく、むしろ「まあ、当然の対価よね」と納得してしまう。
なにせ、投資家たちから続々と金が集まりつつある今、アルディアス家は「余裕が出てきた気」になっている。
「わかったわ。じゃあ、近いうちに少しまとまった金額を用意するよう父様に伝えておくわね。成功すればもっと弾むわ」
「助かりますわ、お嬢様。これでも私、ずいぶんと苦労しているものですから」
ステラは深く頭を下げる。エレノアが立ち去ると、その背中を見送りながら「さて、もう一つの裏取引先にも値段を釣り上げておこうかしら」と、心の中でほくそ笑んだ。
そう、彼女はエレノアやガイルから報酬を得るだけでなく、外部の高利貸しや情報屋にもアルディアス家の内情を売り続けているのだ。もっとも、その事実は誰にも知られていない。
(お嬢様とガイル様が強気でいてくれるのはありがたいわ。私もお金をせしめやすいし、さらに裏で高値で情報を売るチャンスも増える)
ステラはそんな二重三重の利益を描いて、冷たく微笑む。表面上は忠実な侍女、裏では余すところなく利用する悪女――彼女こそこの詐欺計画の「最も打算的な」存在かもしれない。
(成功しようが失敗しようが、私は稼げるだけ稼げる。アルディアス家が浮かれるほど、私の取り分も増えるわね)
ステラの足取りは軽い。屋敷の中で行き交う他の使用人たちも、まさか彼女がここまで黒い野心を抱えているとは気づかない。こうしてアルディアス家は、詐欺の熱狂に染まり切ったまま、さらなる加速を続けている。




