第8話 偽りの投資ブーム②
一方その頃――。翌日、街のサロンでお茶を楽しんでいたレオン・アヴァルトとカトリーナ・ヴェステアも、アルディアス家が新規プロジェクトを立ち上げたという噂を耳にした。
テーブルの上には紅茶と小菓子が並び、二人は腕を組んだり解いたりしながら、穏やかに談笑している。もっとも、その裏側ではそれぞれが借金を抱えている同士なのだが、お互い隠しているせいで「ラブラブカップル」のように見えるだけだ。
「ねえ、レオン様。アルディアス家が大きな事業を始めたって、本当かしら?」
「さあね。実は俺もその噂を聞いたばかりだ。……信じられるか? あの借金まみれのアルディアス家が何かやるなんて」
レオンは鼻で笑う。だが、その目は妙に輝いている。
カトリーナは首をかしげながらも、「だけど、もしそれが本当に再起の一歩なら、彼らはそこに莫大な金を動かしているかもしれないわ」と、どこか食いつくような口調だ。
「そうだな……。捨てた女の家とは言え、利用できるものは利用してもいいかもしれない。どう思う、カトリーナ?」
「私? うーん、そうね。もしアルディアス家のプロジェクトが大成功したら、そこに投資しておけば私たちの借金も一気に解消するかもしれないじゃない」
言ってしまった後で、カトリーナは「しまった」と口を押さえる。もちろん、彼女はレオンに「自分も借金漬け」とは思われたくない。一方でレオンも同様に、「自分が金に困っている」など露ほども知られたくないが、どこか似たような思考を持っているせいか、深くは追及しない。
「……なるほど。たしかに、美味しい話なら乗ってみるのも悪くない。へへ、あのエレノアん家を俺がまた利用してやるのも面白そうだ」
「エレノア嬢……。元婚約者なのに、さすが割り切りが早いわね、レオン様」
「別に愛情なんてなかったからな。金があるかないか、それだけだろ? 今回は俺が『金を引き寄せる側』になれそうだ」
レオンの口から出るのは節操のない言葉ばかり。カトリーナも「ふふっ」と苦笑するが、内心では「やっぱり私が思っていた通り、レオン様は実家が豊かな名門貴族だし、こんな投資話にはぴったりだわ」と喜んでいる。
彼らの打算はシンクロしているようで、微妙に食い違っている。しかし、その事実を認識していないのが滑稽だ。
「じゃあ、近々そのプロジェクトについて詳しく聞いてみましょうよ。エレノア嬢に直接会うのが嫌なら、誰か仲介役を探すとか……」
「まあ、エレノアと顔を突き合わせるのも面倒だが、金になるなら文句は言わんよ。なんならフローレンスを介して話を聞く手もあるんじゃないか?」
「いいわね。それにしても……私たちって最高のパートナーになれそう。お互い、こういうチャンスを逃したくないものね」
「そうだな、カトリーナ。二人で投資して、一緒に儲けようか。きっと借金問題も何とかなる――いや、何でもない、ただの例え話さ」
レオンは慌てて言葉を引っ込めるが、カトリーナも同じように曖昧な笑みを浮かべる。どちらも「借金」のキーワードは軽く口に出さないように細心の注意を払っているようだ。しかし、心の中は「これで助かった」と皮算用ばかりだ。
(ふふ、今度こそ完璧ね。アルディアス家が勝手に復活するなら、その恩恵を受けるだけで私の負債はチャラ。レオン様と結婚して安泰!)
(エレノアの家が儲かるなら一部でも俺の取り分になるかもしれない。……さすがにあの娘は嫌いだが、金目当てなら共存できるか)
まるでヒモ体質同士が「借金の押し付け合い」をしているようなものでありながら、まだ当人たちは幸せな未来の夢に浸っていた。こうして、レオンとカトリーナは「アルディアス家の投資話を利用して一緒に得をしよう」と、浅ましい思惑を共有するに至るのだった。




