第6話 レオンとカトリーナの思惑③
ある週末の午後。レオンとカトリーナは、共通の友人を介して簡単な顔合わせをすることになった。場所は小規模ながらも品格のあるティーサロンだ。壁に掛けられた絵画や花瓶などが控えめに飾られ、客が落ち着いてお茶を楽しめる空間である。
「初めまして、カトリーナ・ヴェステアと申しますわ。今日はお時間をいただけてとても光栄です」
カトリーナは慎ましやかな振る舞いを装いながら、やや上目遣いでレオンを見つめる。その瞳にはほんのりと涙膜が張ったような輝きがあり、男性受けを計算した「かわいい系仕草」がまるわかりだ。
「いえいえ、こちらこそ。僕はレオン・アヴァルト。貴女に一度お会いしたいと思っていたんですよ。お噂はかねがね……『美しくて心優しいお嬢様』だと」
「まあ、そんな。お上手ですね」
カトリーナは照れ笑いを浮かべつつ、内心は「やった、すんなり食いついてるわ」とほくそ笑む。レオンのほうも「なるほど、かわいいじゃないか。しかも本当は資産家なんだろ?」などと考えながら、会話を続ける。
「実はずっと、カトリーナ嬢のことが気になっていたんですよ。エレノアとの婚約がうまくいかなくなったとき、真っ先に思い浮かんだのがあなたでして」
「あら、そんなに私のことを……? 嬉しいですわ」
互いに目を合わせ、まるで恋人同士さながらの雰囲気を漂わせる。しかし、その会話の裏には明確な打算が渦巻いていた。
(ふふ、やっぱりレオン様は私にメロメロなんだわ。きっと結婚を考えるにあたって、財力の面でも私を頼ってくれるはず)
(こいつ、けっこう美人だし愛嬌もある。しかも資産家という話だ。ここでうまく相手に取り入れば、俺は借金の心配なく甘い生活ができる)
どちらも借金持ちなのに、自分だけは得をすると思い込んでいる様子が滑稽にすら見える。しかし、当事者たちは気づくわけもない。適当な社交辞令を並べ、さも相性抜群の「運命的な出会い」を思わせる口ぶりでおしゃべりを続けるのだ。
「ところで、カトリーナ嬢。貴女はどんなことが趣味なんです? 僕は舞踏会や馬術なんかをよく楽しむんですが」
「まあ、舞踏会と馬術! 素敵ですわね。私も音楽鑑賞や、美しい風景を眺める旅行が好きです。ご一緒できたら楽しそう」
「ええ、ぜひ近いうちに。……貴女の家もかなりご裕福だって聞きましたが、旅行先も豪華なんでしょう?」
「うふふ、まあ、そこそこには。でもレオン様こそ、名門アヴァルト家の跡取りですもの。旅行なんて余裕でしょう?」
そろって浮かべる微笑みは、まさに「うわべだけ」そのもの。二人とも内心で「お前が金を出すんだろ?」という思惑を抱えつつ、「いえいえ、こちらこそ」「そんなそんな」と言い合っている。
(これで借金問題は解決ね。早くプロポーズしてくれないかしら。支払い期限が近いのに、うちの使用人がうるさくて面倒なのよ)
(結婚がまとまれば、金の苦労なんて吹き飛ぶだろう。ああ、カトリーナの家に潜り込んで好き放題に暮らしてやる)
交わされる会話はほんのり甘いが、その中身はお互いに利用し合う打算ばかりで――肝心の愛情の要素は皆無。まるで即席の茶番劇を見ているようだ。周囲にいる客は「あら、若い二人が仲良くしてる」と微笑ましく見るかもしれないが、裏の真相を知ればドン引きするに違いない。
「カトリーナ嬢、近いうちにまたお会いできませんか? できれば次は馬車で街をめぐりたいですね。貴女とならきっと楽しい旅になるはずだ」
「ええ、私もぜひご一緒したいです。お誘い、お待ちしておりますわ」
二人は心の中で「よしよし、計画通り」とほくそ笑む。ごく自然に手を重ね合い、まるで恋が始まりつつあるかのように見えるが、その実態は「偽りの恋路」以外の何ものでもない。
アヴァルト家は由緒正しい貴族だと勘違いし、ヴェステア家は資産家だと誤解されている。それぞれが互いを「金持ちの救済主」だと信じ込んでいるのだから、始末が悪い。
(さて、これからどんな形で借金をカトリーナに肩代わりさせるか……上手く段取りしていかないとな)
(どうやってレオン様に借金をまとめてもらおうかしら。結婚した途端に話すんじゃ遅いかな。でも、手際よく甘えればいけるわよね)
そんな腹の探り合いをしているなんて周囲には悟られず、二人はサロンを後にする。外へ出た際には人目もはばからず腕を組み、談笑している姿が見られた。行き交う人々は「まあ、あの貴族の坊ちゃんと富豪令嬢か。お似合いかもしれないね」と微笑ましく受け止めるが、その実はまったくの地獄絵図である。
愛のない打算的な交わりを「恋」だと思い込み、もしくは演じ込んでいるレオンとカトリーナ。果たしてこの恋路がどんな結末を迎えるのか、それはまだ誰にもわからない――。
(そう、私たちは相性ぴったり……金目当てという点において、ね)
レオンとカトリーナ、それぞれが心の中で同じようにつぶやきながら、今後の展開を楽しみにしている。もちろん、いずれその誤算が浮き彫りになるまで、彼らはしばらく気づきもしないのだけれど。




