第4話 友人フローレンスの策略③
やがて帰り支度を済ませたフローレンスが、玄関ホールに差しかかったとき、ふとステラが姿を現し、彼女を見送るようについてきた。二人だけになった瞬間を見計らうと、フローレンスは控えめな声で口を開く。
「……ねえ、ステラ。ちょっとだけ内緒の話があるんだけど、いいかしら?」
「構いませんよ。私も、今はお嬢様のお相手をしているわけではありませんし」
ステラが微笑むと、フローレンスは周囲を見回し、人がいないことを確かめたうえで言葉を続ける。
「あなた、アルディアス家の内部事情に詳しいわよね? 私、今後もエレノアをサポートしたいんだけど、そのためにはもっと具体的な情報が欲しいの。たとえば家計の状況とか、エレノアがどういうところに弱みを抱えているか、とか」
「ほう……。それは、エレノア様のためを思って?」
「まあ、一応はそう。でも正直に言って、私だって慈善事業でやってるわけじゃないの。もしエレノアを投資に乗せるなら、事前にどう動けば一番効率がいいか知りたいわけ」
フローレンスの瞳には、はっきりと「損得勘定」が映っている。ステラはそれに対し、驚くふうでもなく、むしろ「やはりね」といった表情を浮かべる。
「お嬢様の弱みや家の実情……確かに、私が一番近くで見ていますからね。残念ながら、この家は本当に火の車で、エレノア様もガイル様もどちらも浪費癖が抜けないという……」
「それよ、それ。その具体的な数字とか、どこからお金を引っ張ろうとしているのかとか、詳しく教えてくれない?」
「……フローレンス様も、なかなか抜け目ないのね」
ステラは口元を釣り上げる。フローレンスも同じような薄笑いを返し、二人の間に奇妙な共犯関係の空気が流れる。
もちろんステラがタダで情報を提供するわけがないことは、フローレンスも十分承知のはずだ。
「もちろん、ただでとは言わないわ。報酬は弾む。たとえば、あなたがこの家を出るときに困らない程度には」
「……それを先に言ってくださらないと。私も、お金は大好きですから」
「でしょう? 私も、『いい投資話』には金を惜しまない主義よ」
フローレンスが楽しげに笑みを深めると、ステラも「ふふ」と笑う。まさに腹黒い女二人が手を組む瞬間である。どちらも心の中では「この取引で私こそ最大の得を得てみせる」と思っているが、お互いに言葉には出さない。
「それじゃ、まずは支度金として、これだけ……。後で詳しい情報をいただければ、さらに追加報酬も払うわ」
「ありがたい申し出です。少しずつ、お嬢様のご様子などを伝えて差し上げましょう。ただ、バレてしまうと厄介なので、上手く立ち回ってくださいね」
「もちろんよ。私も大っぴらに動く気はないもの。……よろしくね、ステラ」
「こちらこそ。お嬢様のために……いえ、フローレンス様の役に立てるなら何より」
言葉だけを聞けば美談のようにも思えるが、実情は「裏切りの密約」に近い。ステラは日々エレノアとガイルの言動や借金の状況を細かく知る立場にある。その情報をフローレンスに売ることで、自分もさらに小遣いを稼ぎ、同時に保身の道を確保するのだ。
そんな彼女たちの秘密の会話が終わった瞬間、玄関先に使用人が通りかかる。二人はさっと表情を切り替え、フローレンスは礼儀正しく笑顔でステラに頭を下げる。
「それでは失礼しますね。エレノアのこと、これからもよろしく頼むわ」
「はい。お気をつけてお帰りくださいませ」
ごく自然な「ご友人同士の微笑ましい別れ」のように見せかけて、フローレンスは屋敷を後にした。が、その直後、ステラの唇からは小さな嘲笑混じりの息が漏れる。
(まったく、どいつもこいつも金と打算ばかり。……でも、そこが面白いのよね)
ステラは足音を立てずに屋敷の奥へ戻っていく。あの父娘はもちろん、フローレンスも含めて、全員が自分だけ得をしようと目論んでいる。そう確信するからこそ、彼女はこの泥沼の舞台を静かに眺め、どのタイミングで牙をむくか吟味しているのだ。
こうして、エレノアの“友人”フローレンスと、侍女ステラの繋がりが、金を媒介として生まれた。誰もが自分を優位に置くために動き出す。そこに「友情」などという美名は一切存在しない。あるのはただ、欲望、打算、そして策略だ。
アルディアス家の崩壊劇は、ますます熱を帯びようとしていた。




