第4話 友人フローレンスの策略①
優雅な昼下がり。とある貴族邸の小さなサロンに、フローレンス・ベルハイムは満面の笑みを浮かべて招かれていた。丸いテーブルの上には香り高い紅茶と、宝石のように飾られたスイーツ。周囲には、聞き耳を立てるかのように興味深そうな表情をしている貴族や淑女たちが五、六名ほど集まっている。
「まあ、フローレンス様ったら、そんなに頻繁にパーティに呼ばれるなんて、さすがですわね」
「いえいえ、私などまだまだ。けれど、知り合いが増えるといろいろと面白い話も舞い込んでくるのですよ」
フローレンスは、大きめの青いリボンがあしらわれたドレスの裾を少し広げてみせながら、にこやかに応じる。その仕草には慣れが感じられ、まるで旧友たちとおしゃべりするかのような和やかな空気が漂う。しかし、その瞳には一瞬だけ「抜け目なさ」を思わせる光が宿った。
「そうそう、最近少し心配なことがあって……。ほら、アルディアス家のエレノアってご存じでしょう?」
彼女が話題を振ると、テーブルを囲む一人の貴族が息を呑むように顔を上げた。
「ああ、例の『婚約破棄』の噂が出ているお嬢様ですよね。大丈夫なのでしょうか?」
「それが、私も胸を痛めておりまして……。昔からの『友人』ではあるのだけれど、最近はご家族の借金問題やらでいろいろ大変みたいで」
しなを作りつつ、フローレンスはあくまでも「同情」という形でエレノアの話を持ち出す。周囲の貴族たちは好奇心から「やはりアルディアス家って破綻寸前なのかしら」などと色めき立つが、フローレンスはさも痛ましげに首を振る。
「私もなんとか力になりたいのですけれど、あの子はプライドが高くて素直に人の助けを受けようとはしないタイプなんです。まあ、名門の令嬢ですから仕方ないのかもしれませんが」
「それはお気の毒に……でも、いっそ本格的に誰かが手助けしてあげればいいのでは?」
「そうですね。実は私も、ちょっとした『投資話』を用意しているんですけど。うまくいけば、アルディアス家も救われるかもしれないわ」
この言葉に、周囲のモブ貴族たちが一斉に身を乗り出す。彼らは金の匂いに敏感だ。もしフローレンスが儲かる投資案件を握っているのであれば、自分たちにもチャンスがあるかもしれないと考えるのは当然だろう。
「投資話、ですか? 詳しく伺ってもよろしいでしょうか」
「まだ詳しくは言えませんが……。有力な方々と連携して、大規模な事業を興す計画があるのです。もし本当に軌道に乗れば相当の利益が見込めるとか……」
フローレンスはわざと曖昧な物言いをしながら、「まあ、興味があれば教えてあげてもいいですけれど」と含みをもたせる。すると、テーブルの周りに座っていた貴族たちが次々とソワソワし始めた。
「なんだか怪しそうだけれど、うまくいけば大きく儲けられそうね」
「ベルハイム家はそれなりの財産を持っていたはず。フローレンス様がそこまで自信を持っているなら、信用できるかしら」
「ふふ、まあ内緒ですよ? あまり騒がれても困りますから」
そう言いつつも、フローレンスは内心で「これで食いつく連中は、後でまとめて利用できるわね」とほくそ笑んでいる。彼女にとっては、エレノアも含めて、あちこちに撒いた「おいしい話」をエサに金と地位をつかむのが目的。すべては自分が利を得るための布石に過ぎない。
(アルディアス家を使えば、エレノアを呼び水にして一儲けできそうだわ。あの娘のプライドをくすぐりつつ、投資話に乗せれば……ふふ、どんな展開になるかしら)
表情だけは天使のような慈悲深さを湛え、しかしその胸中は狡猾な策略で満ちている。フローレンスは周囲に話を振りながら、そっと紅茶を一口啜った。
「そういえば、エレノアって、とても美しい方ですよね。もったいないことですわ」
「ええ、本当に。うまくいけば、彼女もこの投資プランに興味を示すと思うんです。そうしたら、私も全力で応援してあげたいですね」
――この言葉を聞いた者が、もしフローレンスの真意を知ったらどう思うだろうか? きっと鳥肌を立てるに違いない。
しかし、当のフローレンスは「善意の友人」を気取りながら、貴族たちへ甘いささやきを振りまき続ける。その姿は、まさに「表では愛想のいい女、裏では金目当ての悪女」そのものだった。




