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第1話 ハリボテの令嬢①

 朝の光が差し込むアルディアス家の屋敷は、一見すると豪奢(ごうしゃ)で優雅に見える。広々とした玄関ホールには絢爛なシャンデリアが下がり、壁には先祖代々の肖像画がずらりと並んでいた。来客を迎える赤絨毯(じゅうたん)の道が奥へ続き、そこに足を踏み入れる者は誰しも「やはり名門貴族の邸宅は違う」と感心するに違いない。──少なくとも、表向きは。


 もっとも、今や執事やメイドがあちこちに配置されているわけではない。以前は十人以上いたはずの給仕が、ここ数年で半減どころか四分の一にまで減っていた。しかし、当の屋敷の主は「そんなもの、我がアルディアス家の威光があれば十分だろう」と取り合わない。外面だけは高貴なまま保っているつもりらしい。


 エレノア・アルディアスは、そんな屋敷の「令嬢」として、今日も朝から着飾っていた。ゆったりとした絹のドレスを身にまとい、金色の髪を高く結い上げ、まるで舞踏会にでも出かけるかのような派手な装いだ。周囲からは「朝食を取るだけなのに、なぜこんなにゴージャスに?」と不思議がられるのだが、彼女にとっては当たり前のこと。


「これくらい、貴族の令嬢として当然よ。私はアルディアス家の娘ですもの」


 エレノアはそう言い放ち、小さくあくびをしながら広間へと進んだ。彼女に続く侍女のステラが「ご立派なことですわ」と一応は相槌を打つものの、その目にはどこか冷ややかな色が見える。


 ダイニングに入ると、すでに父であるガイル・アルディアスが椅子にどっかりと腰掛けていた。テーブルには、かつてのような豪華な朝食は並んでいない。それでも一応、果物やパン、スープなど形だけは整えられているが、量も質もだいぶ落ちている。それを見たエレノアが、思わず眉をひそめた。


「……ねえ、今日はやけに質素じゃない? メイドたちは何をしているのかしら。私が楽しみにしていたクロワッサンもないんだけど」

「文句を言うな、エレノア。これでも贅沢品の類は揃えてあるんだぞ」


 ガイルが低い声で応じる。威厳を保ちたいのか、背もたれにどんと寄りかかりながら腕を組んでみせる。その姿は一見堂々としているように見えるが、やはりどこか落ち着かない気配を感じさせた。


「それよりも聞け。わがアルディアス家はな、長い歴史と高い名誉を誇る名門だ。少々の物資不足くらい、我が家の威光をもってすれば問題にはならん。ほら、さっさと食事を済ませるぞ」

「まあ、そうですわね。私には時間がないの。今日はドレスの仕立て屋に行く予定だし、午後にはお茶会にも呼ばれているんだから」


 エレノアは父の言葉に調子を合わせながらも、どこか辟易とした表情でスープを口に運ぶ。すると、そのスープは妙に薄味だった。彼女が不満を覚えたのは言うまでもないが、それを口に出してはガイルの不機嫌を煽るだけなので、ぐっと堪えた。


 一方で侍女のステラは、そんな二人のやり取りを横目に見つつ、静かに微笑んでいる。いや、その笑みの奥には冷たい観察が潜んでいるようだった。彼女はエレノアのグラスに水を注ぎながら、心の中でこう思っている。


(また取り(つくろ)ってばかり……。やれやれ、この家はいまだに自分たちが高貴で金持ちだと信じているフリをするのね。執事もメイドも減ってるのに、それを自慢げに『余計な使用人はいらないから』と言い訳する姿は滑稽(こっけい)だわ)


 しかし、ステラはあくまでも「忠実な侍女」の演技を続ける。表面上は優雅に微笑み、何もかも承知したような顔で仕えているのだ。


「お嬢様、今日もとてもお綺麗ですわ。髪型もばっちり似合っておりますよ」

「それはそうよ。私にはこの世界がふさわしいんだから」


 エレノアは鼻で笑いつつ、これ見よがしに髪をかき上げる。本当なら彼女は、もっと高級なブローチや宝石を身につけたいところだが、最近はどうにも買い足せずにいる。屋敷にある宝飾品は、祖母の代のものをずっと使い回しているのが実情だ。


 それでも彼女は、それらすべてを「私が気に入っているから古くても使うの」と言い(つくろ)い、周囲には何も問題がないと思わせようとしている。いや、実際はステラに限らず、屋敷の使用人たちももう薄々感づいている。「アルディアス家には金がない」と。


 ガイルもまた、顔には出さないが、実は毎日のように借金取りに脅かされていた。ギャンブルや無駄な遊興で浪費を続け、気づけば財産は目減りし続ける一方。だが、彼はそれを一切認めようとしない。


「よし……。エレノア、今日も胸を張って外に出ろ。アルディアス家の名を背負う娘として、恥じぬ振る舞いをせねばな」

「もちろん。そんなこと、言われるまでもないわ」


 エレノアはスープを飲み干すと、立ち上がってドレスの裾を整えた。どこか女王様のような気取りようで、しかし、華やかに見えるその日常が偽物だとは、まだ当人だけは気づいていない。あるいは、気づかないフリを続けているのかもしれない。


 ステラはそんなエレノアの背を、少しだけ冷たい眼差しで見送る。お仕着せのエプロンドレスを揺らしながら、一礼した。


(今日もまた、何事もなかったかのように振る舞うのね。まあ、いいわ。私には私のやり方がある。崩れるときは一瞬でしょうけど)

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