第九話
「だってそうやろっ!」
「とにかく落ち着け、秀有。みんな怯えてるだろ」
水無月が言うと、それまで店の中に居たすべての人間が、目線をそらす。
「…………」
秀有は大きく深呼吸をする。
そして、静かに言った。
「水無月はどう思うねん?」
「何が?」
「R・Bの事やっ! どう推測してんねん?」
秀有は助けを求めるような眼で聞く。
「たぶん、あいつは特殊な能力を持っている。そんな特殊な能力を身につける事が出来るような環境で育った――違うか?」
「なるほどな。やけど、それは天性の能力やとしたら?」
水無月は首を横に振る。
「そこまではわからないよ。天性か、はたまた盗み取った能力かなんて」
「そうやんな……。ごめん、聞いて悪かった」
……沈黙。
「うちは帰んで。次の講義が控えてるから。お勘定はここに置いとくで。ほなな」
肩を落としながら秀有が出て行った。
「かなり気落ちしてるみたいですね、彼女」
水無月に話しかける人物――眼鏡に通じている情報屋だ。
奥歯にある小型受信機で話す水無月。
「そりゃ、そうだろ。前回も捕まえられなかったんだからな」
「まぁ、そうだとは思いますけど。にしても、あなたの能力には驚かされます」
「影の事か?」
影とは――。
オンブルは相手の影を瞬間的に覚えて、自分の影をその影に作り替えることで、その人自身になれる能力。しかし、少しでも覚えが狂ったら、変装にも狂いが生じる。
「あの時、あなたは二重に変装していたでしょう? 一つは『秀有 魁人』としての変装。そして、もう一つは――顔を覚えさせないための変装」
「へぇー……。よくわかってるね」
「そりゃそうですよ。私は情報屋ですから。自分にかけていた変装、あれは、R・Bの姿を見てしまった人が記憶に残らないように自分にオンブルをかける。すると、さっきの彼女みたいにあんなにまじかで見ていたとしても、記憶に残っていない」
「お見事」
水無月が言う。
「天性の能力か、盗み取った能力かなんて言ってましたけど、はっきり言ってどっちなんですか? R・B」
情報屋が言う。
「……さあね」
水無月は素っ気なく答えると、黒い肩掛けカバンから丁寧にくるんであるクレープを取り出す。
「チョコチップバナナクレープ」と書かれてある紙を破り捨て、カバンの中に収める。
そして、スケーターのローラー部分にローラーをくっつけると、立ち上がる水無月。
クレープをかじる。
「そのまま帰るんですか?」
「ああ。今日は良い講義がないんだよ」
「だったら、サークルとかにでも入ったらいいのに。今や『R・B様同好会』なんて出来てるのに――」
一瞬、水無月の額に青筋が見えたかと思うと、水無月の方から一方的に通信が途切れた。
そして、そのまま何事もなかったかのように、店を出て行った。