第六話
「うちの本当の父さん、どこにおるんや?」
秀有が言うと、R・Bは微笑みながら答えた。
「彼はしっかりと私が管理しています。大丈夫です。命は無事ですよ」
「それはよかったわぁー」
秀有が安堵の息をもらす。
これで母さんを悲しませなくて済む……と、秀有は思った。
「ご安心を。私は命を奪いませんよ。それより――」
R・Bは真っ直ぐ秀有を見つめる。
「なぜ、私が怪盗R・Bだとわかったんです? お嬢さん」
R・Bが言う。
秀有は眉間にしわを寄せながら答えた。
「お前のタバコの臭いやで。ずっと行動していて気になってたんや。父さんは確かにタバコを吸う。そやから、いつもタバコの煙をまとっているんやけど、それが今日は――やけに臭いがきつくなかってん……。それも、タバコの臭いもちょっと違った。姿、話し声、何もかも完璧やったで、R・B。だけど、家族の壁は超えられんかったみたいやね」
秀有が言うと、ニヤリと笑うR・B。
「さすがは平成のアガサ・クリスティ。よく観察できている」
「空に舞っていたR・Bは偽物やね」
「ああ、そうだよ。あれはレプリカ。うちのものがやってね。よく出来てただろ? あれで警察官の目を一気に引けると思って、そのうちに女神の微笑みを盗むつもりだったのに――あの私立探偵、『持ち場を離れるな』って言って。警察官が思っていた以上に、行かなかった。それに君の登場だ。今回はずいぶんと計画が狂わされたよ」
「そりゃどうも」
微笑む秀有。
R・Bも微笑み返す。
「ふんなら、なんであん時に母さんのあの言った事を断らへんかったんや? 立場は父さんのほうが上やで」
「あんな状態で断ってでもしてみろ。こっちが不自然に思われる。あそこは従うしかなかった。ちょっとの誤算はあったけど――」
R・Bはゆっくりと女神の微笑みに手をかざす。
「これを盗んでしまえば、警察は面目丸つぶれですよね……。前も逮捕に失敗してしまったんですから――」
「残念やったなぁー!」
秀有が勝ち誇ったような声を出し、挑発するように舌を出す。
R・Bは怪訝な顔を浮かべる。
「女神の微笑みを取り囲んでるその箱、高圧電流が流れてて触れたら、感電死するで?」
不敵に微笑む秀有。
そんな微笑みにも動じないR・B。
「はったりだったら?」
「はったりだと思うんやったら、触ったらええやん? そやけど、後悔するかもしれへんで。いや、後悔する間なんてないかもしれへんなぁー……」
余裕綽々の笑みを浮かばせる秀有。
「そうかい……。どうやら、君は自分を後悔させるのが好きみたいなんだね」
R・Bはそう言うと、ゆっくりと透明な箱に手を掛ける。
……何も起こらない。
「……どういうことやねん?」
秀有の額に汗が流れる。
「ごめんね。ここのネットワークにウィルスを侵入させて無効化したんだ。だから、高圧電流も流れないよ」
箱をゆっくりと上げ、そのまま女神の微笑みを取る。
それと、秀有が動き出すのと同時だった――。
秀有はR・Bに向かって突っ込む。
それをヒラリと交わすR・B。
「くそっ!」
R・Bは窓を開け、フワリとシーニュに飛び乗る。
「一般人で私の変装が見抜けたのは君が初めてだよ。それでは、さようなら」
そして、そのままシーニュは飛んで行った。
それを見ている秀有が悔しそうに歯ぎしりをさせる。
R・Bは優雅にシーニュで空を舞い、観客の歓声に答えてるように、ゆっくりと上空を回る。
その刹那、不意にR・Bの動きが止まる。
同時に、歓声も止む。
辺りは静寂に包まれた。
さっきまでは聞こえていなかった数人の呼吸音までもが聞こえるほどに。
あたりが、静寂に包まれた後、R・Bはゆっくりと手を上げる。
そして、二回ほど手を大きく鳴らした。
刹那、人々は空を見上げる。
何か雨粒が顔にかかったような気がしたからだ。
それも、ただの雨粒じゃない、かき氷の氷のようなシットリ感……。
そしてそれは「気がした」ではなく、「そうだった」に変わって行く。
秀有が窓から手を伸ばす。
すると、掌にヒラヒラと舞いながら、雪が落ちてきた……。
秀有は、驚いたように天を仰ぐ。
そこには、ゆっくりと上空から雪が落ちてきた。
どこからともなく、
「雪だっ! 雪が降ってきたぁー!」
と、声がした。
今日の天気予報では雪が降るなんて観測されていない。
「怪盗R・Bが雪を降らせたんだ……」
観衆の一人が言った。
すると、口々にそれは伝染して行き、やがて大きな歓声と鳴った。
すると、R・Bは答えるように宙返りをする。
騒ぐ観衆。大きな歓声。
そして、R・Bは、雪にまみれながら飛んで行った。
「ホンマ……ようあんなことするわ、R・Bも……」
秀有のつぶやきが聞こえた……。