ヨガとの出会いと異世界テレポート
「俺の名前は大和健二、24歳のサラリーマンだ。毎日満員電車に揺られ、上司に怒られ、ストレスと運動不足で限界だった。でも、ふとしたきっかけで始めたヨガが俺の人生を変えた。いや、まさか異世界にまで連れて行かれるとは思わなかったけどな…。」
「はぁ…体も心もだるいな。」
深夜、健二はぼんやりとリビングで缶ビールを飲んでいた。毎日の仕事に追われ、運動不足も重なり、心身ともに限界を感じていた。
そんなとき、駅前でふと目に留まったのは壁に貼られた一枚のチラシ。
『インド伝統ヨガ教室 オープン! 初心者歓迎! ストレス解消! 体験無料!』
「ヨガねぇ…あんまり興味はなかったけど、運動不足の解消とストレス発散にいいかもしれない。」
半信半疑ながらも、体験レッスンを受けることにした健二。しかし、そこは普通のヨガ教室とは何かが違った…。
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チラシに書かれた住所に着くと、古びた雑居ビルの一室が教室だった。中に入ると、異国の楽器の音色が漂い、アロマのような香りが充満している。壁には奇妙なインドの神々が描かれたポスターが貼られていた。
そんな空間に似つかわないピンク色のヨガマットが無造作に敷かれている。
「アナタ、ヨガ興味アル?」
振り返ると、そこには痩せ細ったインド人のおじさんが立っていた。目の周りには深い皺が刻まれ、長いあご髭が目立つ。ターバンを巻き、ゆったりとした服をまとったその姿は、まるでどこかの修行僧のようだった。
「え、ええ…体験レッスンに来たんですけど。」
「オォ、素晴ラシイ!私ハコノ教室ノ先生、ラージャ。アナタ、ヨガ初メテ?」
「そ、そうですね。まあ、初めてです。」
「ソウカソウカ、ストレス多イ日本人ニヨガ最高ヨ!心モ体モ変ワル。サァ、始メヨウ!」
その怪しさに一瞬帰ろうかと思った健二だが、彼の熱意に押される形でとりあえず参加することにした。
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「最初ハ呼吸法。鼻デ吸ッテ、鼻デ吐ク。深ク…深ク…」
ラージャは穏やかな声で呼吸を指導し始めた。その言葉に従い、健二はゆっくりと息を吸い、吐く。最初はぎこちなかったが、次第に心が静かになっていくのを感じた。
「次ハポーズ。コレ、木ノポーズ!」
ラージャは片足を上げ、まるで一本の木のように立つ。その姿は見た目以上に安定感があり、どこか神秘的だった。
健二も真似してみるが、バランスを崩して倒れそうになる。
「ダメダメ、心集中シテ!揺レル木ダメ、強イ木ニナレ!」
ラージャの熱血指導を受けながら、健二は何とか木のポーズを完成させる。その瞬間、体がじんわりと暖かくなる感覚を覚えた。
ラージャの指導は続く。
「ココチカラ抜ケル。呼吸深ク…ソウダ、ソノ調子。」
健二は半信半疑ながら色々なポーズを繰り返し、次第に体が軽くなるのを感じた。特に最後に行った「戦士のポーズ」では、まるで自分の中から何か力が湧き出してくるような感覚を覚えた。
「これ…意外と気持ちいいかも。」
レッスンが終わると、ラージャは満足げな笑みを浮かべ、健二に近づいてきた。
「アナタ…特別ナ才能アル。ワタシ、直感デ分カリマス。」
「えっ、才能?いやいや、俺、普通の会社員なんですけど。」
「普通?ナイナイ!アナタ、素晴ラシイヨガノ未来アリ。」
ラージャの目は真剣だった。健二はその熱意に押されて何も言い返せない。
「ソウダ、コノ教室ニ通イイマショウ。アナタ必ズ人生変エル!」
「えっと…どうしようかな…。」
「ダイジョウブ!ダイジョウブ!朝早ク通エル!夜モ遅クマデヤッテル!料金モ安イ!健康デキル!全テ解決!」
ラージャは次々と言葉を繰り出し、健二の返答を封じていく。
「え、いや、ちょっと考えたいんですけど――」
「アナタ考エル必要ナイ!直感信ジル!コレ宿命。」
ラージャの勢いに完全に押し切られた健二は、とうとう「わかりました…」と答えてしまった。
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数週間、教室に通ううちに、健二はヨガの奥深さに引き込まれていった。ラージャの指導は厳しくも的確で、彼がただの怪しいおじさんではないことを徐々に理解する。
「ヨガ、心ノ調和。アナタ、体ノ疲レト心ノ疲レ別ダケド、両方直スコトデキル。」
「確かに、最近肩こりが楽になってきたんですよね。」
「オォ、ソウ!ソレ、ヨガノチカラ!」
ラージャの教えはただのポーズに留まらず、生活全般へのアドバイスや哲学的な教えも含まれていた。
「ヨガハ体ダケデナイ。心ト魂ノ調和、全テノ基盤ナリ。」
「基盤…?」
「基盤アル者、揺ルガズ!コレ大事ナ教エ。」
ラージャの言葉は奇妙だったが、健二の心にはなぜか響いた。仕事でストレスを感じたとき、彼の言葉を思い出すと、不思議と気持ちが軽くなるような気がした。
「ヨガ極メル者、世界変エル。イツカ、アナタモ見ル。」
ラージャの放ったその言葉の意味は、その時の健二にはわからなかった。
-----1年後
健二はついにヨガを「極めた」と言える境地に達していた。複雑なポーズはもちろん、長時間の瞑想も難なくこなす。ラージャも感嘆の声を漏らす。
「オォ、健二、スゴイ!アナタ、モハヤ私ノ教エ超エル!」
「いや俺なんてまだまたま先生の足元にも及ばないです。でも、最近瞑想中にちょっと変な感覚があるんです。」
「変ナ感覚?」
「体が浮いているような…いや、場所が変わっているような気がして。」
ラージャは神妙な顔をし、深い声でこう告げた。
「ソレ、ヨガ極メタ者ノ兆シ。アナタ、世界ノ境界超エルチカラ持ツカモ…」
「ヨガ極メタ者、世界ト繋ガルチカラ得ル。」
「…なんだかよくわからないけど、これからもよろしくお願いします先生。」
健二は腑に落ちない様子でそう答えた。
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ある休日、自宅のリビングで瞑想をしていると、奇妙な感覚に襲われた。
深い呼吸とともに心が静まり、意識がどんどん内側へと向かっていく。次第に体がふわりと軽くなり、重力を失ったような感覚が訪れた。そして――
「ん?ここ…どこだ?」
瞑想を終え目を開けると、なぜかリビングではなく近所の公園のベンチ座っていた。
「え、なんで俺がここにいるんだ?さっきまで家にいたはずなのに…。」
混乱しながらも、健二は自宅まで歩いて戻る。しかし、その日の夜、もう一度瞑想をしてみたとき、再び同じ現象が起こりまた公園のベンチに座っていた。
「これは…偶然じゃないな。」
健二はヨガの呼吸法を使いながら、自分がどこかへ移動していることを確信した。そして数日間試行錯誤した結果、深い瞑想状態に入ることで自分が「行きたい」と思った場所へ瞬間的に移動できることを突き止めたのだ。
「これ、もしや通勤にも使えるんじゃないか…?」
毎朝の通勤ラッシュにうんざりしていた健二は、この能力を試すことにした。ある月曜日の朝、いつも通りスーツを着て家を出る代わりに、自宅のリビングで瞑想を始めた。
「職場のビルを強くイメージして…深く吸って…吐く…。」
数秒後、健二は職場のビルの前に立っていた。
「マジか!本当にできた…!」
誰にも見られていないか周囲を確認しながら、健二は平然を装ってビルに入った。普段ならぎゅうぎゅう詰めの電車で汗をかきながら辿り着くはずの場所に、ストレスなく到着したことで、彼の心は喜びに満ちていた。
その日以降、健二は毎朝テレポートを使って通勤するようになった。
「おはよう、健二くん。今日も早いね!」
会社の同僚に挨拶される。
「あぁ、最近身体の調子がいいんだ。」
同僚には秘密にしながらも、健二はテレポートでの通勤を満喫していた。満員電車のストレスから解放され、朝の時間に余裕が生まれたことで、彼の生活は大きく変わった。
しかし、テレポートという力を得たことで、健二の日常はただの「便利」では終わらない運命を迎えることになる。気づかないうちに、彼のヨガの力はさらに未知の領域へと進化しようとしていた――。
いつもの朝、健二はリビングに座り、スーツの襟を整えながら深く息を吸い込んだ。
「今日も定時出社目指して、テレポートっと。」
既に慣れた手順だ。通勤ラッシュとは無縁のこの方法に、健二は心から満足していた。いつも通り瞑想を始め、職場のエントランスを思い浮かべる。呼吸を整え、心を一点に集中していく――。
しかし、この日は何かが違った。
瞑想がいつもより深く、意識がどこまでも沈み込んでいく感覚に囚われた。
「ん?なんだこれ…?」
いつもならすぐに目的地が鮮明にイメージされ、数秒でテレポートが完了するはずだ。それなのに、意識の中に現れたのは、見知らぬ風景だった。緑が生い茂る森、風に揺れる草原、そして何かが近づく足音――。
健二は目を開けようとしたが、体が動かない。そして突然、視界が真っ白になった。
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「ぐはっ!」
健二は草の上に倒れ込んだ。立ち上がって周囲を見渡すと、そこは見たこともない風景だった。大きな木々が生い茂り、空気は澄み切っている。
「ここ…どこだ?会社じゃないぞ、これ!」
焦りと混乱で頭が真っ白になるが、深呼吸をして何とか気を落ち着けようとする。そのとき――
「キャアアアアッ!」
遠くから少女の悲鳴が聞こえた。
「えっ?」
健二は反射的に声のする方へ駆け出した。そして茂みを抜けると、目の前に飛び込んできたのは驚くべき光景だった。
少女が地面に倒れ込み、巨大なイノシシのようなモンスターが今にも襲いかかろうとしている。体長は3メートル以上、目は血走り、鋭い牙が光っている。
「ちょ、ちょっと待て!なんだこのデカブツは!」
驚きと恐怖で一瞬体が固まる健二。
「くそっ、一体どうすれば…!」
その瞬間、健二の脳裏にラージャ先生の姿が浮かんできた。
「ヨガ極メタ者、恐レ捨テヨ。アナタ、己ノチカラ信ジル。」
その声が、まるで現実のように鮮明に聞こえる。
「俺の力を信じる…?いや、先生がそう言うなら…!」
「おい、デカブツ!そいつから離れろ!」
叫びながらイノシシ型モンスターの注意をこちらに向けようとする。
モンスターは健二に気づき、鋭い鳴き声を上げて突進してきた。
イノシシのモンスターが健二に向かって突進してくる。恐怖で体が硬直する中、健二は心の中で叫んだ。
「どうする、俺!勢いにまかせて飛び出したがこんなバケモノに勝てるわけないだろ!俺にできることなんて――」
彼の脳裏に浮かんできたラージャ先生は痩せ細った体に鋭い目つきで、彼は何度も健二にこう言っていた。
「ヨガ、体ノチカラ超エル。心ト魂、繋ガレバ、アナタ何デモデキル。」
その言葉が、まるで体に染み込むように健二の中で響く。そして、ラージャの声がさらに続いた。
「ヨガ極メタアナタ、必ズ道開ケル。恐レ捨テ、呼吸整エヨ。」
――深ク息ヲ吸イ、吐ケ。
健二の呼吸は一気に落ち着いた。突進してくる巨大なイノシシを前にしても、不思議と心が静かになっていく。
「…そうだ、俺にはヨガがある。」
健二は目を閉じた。そして一瞬で深い瞑想状態に入る。意識が研ぎ澄まされ、全身の細胞が活性化していく感覚に包まれた。
そのとき、健二の体が勝手に動き出した。
両足を大きく開き、重心を下げたまま両腕を広げる。
「これ…戦士のポーズ…?」
健二自身も驚くほど自然に体が動く。すると、彼の腕の先から目に見えないエネルギーが広がっていくのを感じた。
そのまま前方に突き出した腕を天高く掲げ振り下ろす。
「ヨガスキル――『ブレード・スラッシュ』!」
健二が掲げた腕を振り下ろすと、鋭いエネルギーの刃が空を切り裂き、イノシシに向かって飛んでいった。
「ガアアアアッ!」
鋭いエネルギーの斬撃が、イノシシの巨体を深々と切り裂く。イノシシは苦しげに鳴き声を上げ、そのまま地面に崩れ落ちた。
「すごい…これがヨガの力なのか…!」
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「た、助かった…!」
少女は安心した表情を見せながら、健二に駆け寄った。
小柄で細身。肩までの栗色の髪と大きな緑色の瞳がとても印象的だった。
「ありがとう…お兄さん!すごい魔法だったね!あんなモンスターを簡単に倒すなんて!」
「いや…実は俺もよくわかってないんだ。あとこれは魔法じゃなくて、ヨガなんだよ。」
「ヨガ?それ…聞いたことない。すごい魔法なんだね!」
「いや、魔法じゃない。これはヨガだ。」
少女は首を傾げながらも、感嘆の表情を浮かべながら健二を見つめている。しかし、健二自身も混乱していた。
「まさか、ヨガでこんなことができるなんて…。」
彼の心に再びラージャの言葉が響く。
「ヨガ極メタ者、限界ナシ。アナタ、道切リ開ク者ナリ。」
自分の力を信じるしかない、と健二は思った。
「とにかく、あんたは大丈夫か?怪我はないか?」
少女は頷き、少し微笑むとこう答えた。
「ありがとう。本当に助けてくれて…」
「お礼がしたいの!近くに私の村があるから、そこに来て!」
こうして健二は、自分でも信じられない力とともに、見知らぬ世界での第一歩を踏み出すことになった――。
続くかもしれない。