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世間知らずのお姫様にじゃんけんを教えたら、恋のギャンブル中毒者になってしまった件

作者: ZAP

 天壌可憐てんじょうかれんは世間知らずのお姫様である。

 

「ねえ越谷さま。今の動作はいったいなんですの?」

 

 昼休み。隣の席の天壌可憐が訪ねてきた。

 惣菜パンを買いに行くかをオレと友人でじゃんけん勝負してた時だ。

 くるくるの金髪縦ロールを丸めて、不思議そうに首をひねっている。

 

「何って、じゃんけんだけど」

「じゃん……けん? 何かの舞踏ですの?」

「おまえ、じゃんけんすら知らないのかよ」

 

 日本で暮らしていくには知らなきゃ不便だろう。というわけで教えてやる。

 日本伝統の即席の三択勝負だ。

 グーはチョキに、チョキはパーに、パーはグーに勝つ。

 

「まあ、まあ」

 

 天壌は不思議そうに両手でぐっぱーを繰り返す。

 

「とても不思議ですわ。なぜパーはグーに勝つんですの?」

 

 まんま幼児の質問である。無知にも程がある。

 まあいいけど。

 

「そりゃ包み込むからだ」

「つつみこむ?」

「ほら、こんなふうに」

 

 オレはグーの形になった天壌の拳をパーでふわっと包みこんだ。

 ぎりぎりで肌は触れるか触れないかといった距離感である。

 

「ひゃっ!? なにをっ!?」

「ほら。こうしたらグーは動けないだろう」

「……」

 

 ぱちくりとまばたきして己の拳を見つめる天壌。

 

「た……た、確かに……包まれて動けませんわ……」

 

 なぜか頬を紅く染めながら納得した様子の天壌。

 

「まあ他もそんな感じだ」

 

 と、説明を切り上げようとすると。

 

「あっ、あっ。省略しないでくださいませ。きちんと最後まで教えてください」

 

 慌てぎみに怒り出す天壌である。

 めんどくさいな。もう説明だけでいいか。

 

「グーは石で、チョキはハサミなんだ。だからグーが勝つ」

「……」

 

 説明してもむーっと不満そうだ。

 

「よくわかりませんわ。ちゃんと実演してくださいませ」

「またかよ……」

 

 仕方なく天壌にチョキを作らせて、その間にグーをいれる。

 ぐいっと天壌の指の股を無理やりVの字に広げる形になった。

 

「ひあうんっ……!?」

 

 なぜか色っぽい悲鳴を上げる天壌。

 

「おまえ指硬いなあ……まあ、こういうわけだ」

「ななな、なんと。なんとなんと、破廉恥なっ……!」

 

 なにがやねん。

 

「でででは、パーは!?」

「紙がハサミで切れるだろ。ほれ」

 

 パーを作らせてちょきちょき。

 指の股の間にチョキを挿入してぐいぐいっと切る仕草。

 ほのかに温かい手の体温が伝わってくる。

 

「まあ……まあ、まあ、まあっ! に、日本は進んでますわっ……!」

「なんで頬に手を当てて照れてんの?」

「じゃんけん……素晴らしい文化……!」

「なにいってんだおまえ」

 

 嬉しそうにイヤイヤと首をふる天壌であった。

 まあ、微笑ましいといえる範囲のお姫様の日常だ。

 

 ――で、それからが問題だった。

 

 まず授業中だ。

 

「ちょっとちょっと、越谷さま」

「んー?」

 

 ひそひそ声で話しかけてくる天壌。

 寝てる途中になんだよ、と振り向くと。

 

「じゃーん、けーん」

 

 ゆっくりと手をふる天壌。

 

「ぽん」

 

 釣られてオレも手を出す。

 

「…………」

 

 オレがパー。天壌がグー。天壌の負けだ。

 なのに天壌はニコッと笑顔を浮かべて。

 

「私の負けですわね。ふふ」

 

 ……。

 なんだこれ。

 

「えへ」

 

 次の授業時間も、その次の授業時間も、そして翌日にも。

 天壌は唐突に意味もなくじゃんけんをねだってくるようになった。

 勝っても負けても、いつでも嬉しそうだった。

 うん。

 こいつはなにかを勘違いしているぞ。

 

 そんなこんなで、また次の日の昼休み。

 

「お前さあ。じゃんけんはな、意味もなくするもんじゃないぞ」

「えっ!」

 

 なぜかびっくりした様子の天壌である。

 

「い、イヤでしたの?」

「別にイヤじゃないが……普通は何かを賭けてするもんだ」

「賭け? ギャンブルはいけませんわ。法律で禁止されておりますわ」

「アホか。金銭でなけりゃ誰も硬いこと言わねーよ」

「そうなんですの!?」

 

 世間知らずにも程がある。

 

「わ、わかりました。次は賭けるものを決めてきますわ」

「あー。ぜひそうしてくれ」


 別に本当に意味なくじゃんけんするのがイヤって訳じゃないが。

 このお嬢様が何を賭けてくるのかには興味があった。

 そして翌日。

 

「持ってきましたわ!」

 

 どさどさと分厚い本を机の上に落としてくる。

 本のタイトルは『じゃんけんギャンブル大全集』とある。

 帯には『罰ゲームに困っているあなたに!』とあった。

 

「ピンポイント過ぎる!」

 

 こんなもんに参考書があるんかい。

 

「これが面白いのです。適当にページをめくったら、そこに賭けるものが書いてあるのですわ。つまり勝負はじゃんけんの前から始まっているのですわ! ふふふ、ふふふふふふ!」

 

 興奮気味に話す天壌である。

 こいつだんだんギャンブル中毒になってないか……?

 

「さあ、早速めくりますわ!」

 

 ぺらぺらぺらぺら、ぴたっ。

 めくられたページには『罰ゲーム その73 難易度★★★★★★』とある。

 ★7!?

 どんな基準だ!?

 ヤバい雰囲気を感じながら中身を見る。

 

 

 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□

 

 グーで負けたら :好きな人の名前を言う

 チョキで負けたら:勝者にキスする

 パーで負けたら :勝者をハグする

 

 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□

 

「うおおい!」

 

 流石にこれはない。

 大学生のテニサーあたりの合コンかよ。

 

「――――」

 

 天壌はしばらく呆然としているようだった。

 しかし、やがて。

 

「――――な、なるほど」 

 

 プルプルと全身を震わせながら。

 

「これが……これが本当のじゃんけんというわけですね……!」

「大幅にちげーよ!」

「わ、わ、私、武者震いがしてきましたわ……!」

「それはただの恐怖だ! いいから中止しとけ、なっ!?」

「中止? ありえませんわ」

 

 本をスッと取り上げて天壌は悟ったように言う。

 

「これは既に始まった勝負……もう後には引けませんわ!」

 

 なんで!?

 

「さあ越谷さま。準備はよろしくて?」

「よろしくねーよ! オレは勝負しないからな!」

「まあ……なぜですの? 私とキスやハグがしたくありませんの?」

「なっ!」

 

 その言葉に天壌の身体に目がいく。

 お姫様らしく瑞々しい唇。外国の豊満な体。

 まったく興味がないと言ったらそれは嘘になってしまう。

 

「ぐっ……卑怯な……!」

 

 冷静に考えたら何が卑怯なんだかよくわからんが。

 とにかくこのときのオレは冷静さを失っていた。

 どうやら勝負せざるを得ないようだ!

 

 ――だいぶギャン中であった。

 

「ち、ちなみに」

 

 声を緊張に震わせながら天壌は言う。

 

「ちなみに私は……『パー』を出しますわ!」

「なにィッ!?」

 

 こいつじゃんけん素人のくせに『先行宣言』などという高等テクニックを――!

 こんな心理戦を仕掛けてくるとは。

 どうする!?

 もしこいつの言うことが本当だとしたら、オレはチョキを出せば勝てる。

 そして抱きしめてもらえる!

 

 だがウソだとしたら?

 オレはチョキで負ける。すなわち天壌にキスしなければいけない。

 あのみずみずしくて美味しそうな唇を奪わなければならないのだ!

 

『あれ、これ勝っても負けてもどっちでも良くね?』

 

 心の中の冷静なオレ(心の天使)がそう言った。

 

『待て待て。キスとハグじゃ天地の差があるぞ。キスのほうがいいだろ!』

 

 別のオレ(心の悪魔)が口を挟んできた。

 

『ハグならあのデッカなおっぱいに触れるだろう。合法的にだ!』

『だがしょせん服越しだ。その点キスなら粘膜接触だぞ』

『粘膜接触といっても口だろしょせん!』

『ファーストハグは自慢できないがファーストキスは自慢できるだろ!』

 

 心のなかでの言い争いが続く。

 天壌は本当にパーを出してくるのか。それともウソなのか。

 整理しよう!

 

 まず、本当にパーを出してくる場合。

 パーはあいこ。グーを出したら『オレが好きな人の名前を言う』ことになる。一人負け。グーはありえない。チョキを出したら『天壌にハグしてもらえる』。これは中々だ。つまり天壌がウソをつかないならチョキを出して勝つべきだ。

 

 そして、裏をかいてグーを出してきた場合。

 グーはあいこ。チョキを出したら『オレが天壌にキスをする』。これはいい。なんかこうすごい誘惑される。でも本当にいいのか。パーを出したら『天壌が好きな人の名前を言う』ことになる。これは興味ある。めちゃくちゃある。めちゃくちゃ聞いてみたい!!

 

 最後に、裏の裏をかいてチョキを出してきた場合――。

 とか考えてたら。

 

「さあ行きますわよ! 最初はグー!」

「っ!!」

 

 もう考えている時間はない。

 手を出すしかない! ええい、ままよ――っ!

 

「「じゃんけん、ぽん!」」

 

 二人が出した手は――!

 

 天壌:パー

 オレ:パー

 

「「…………」」

 

 あいこであった。

 

「……」

 

 ずっと息を止めていたらしい天壌は、しばらくの時間のあと。

 

「はあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……っ」

 

 泣きそうな顔でため息を付いて、床にぺたんと座り込んでしまった。

 

「ど……ドキドキしましたわ……一生で一番、緊張しましたわっ……!」

 

 おっきい胸に手を当てて、すーはーと深呼吸している。

 なんというか。

 危ない遊具を渡りきった幼児みたいだった。

 

「…………ふう」

 

 オレも額の汗を拭った。たしかに緊張した。

 だが実に心地いい緊張だった。

 オレも天壌のことを言えないぐらい、じゃんけんで何かを賭けるのは好きなのだ。

 

「さて」

 

 だが――まだ終わってはいない。

 

「あいこだな」

「――え?」

 

 天壌がすっとぼけた表情を浮かべた。

 あ、そういえば「あいこ」を教えていなかった。

 

「お互い同じ手なら引き分けではございませんの?」

「引き分けだよ。だからもういっかい勝負するんだ。それがあいこだ」

「えっ……もういっかい!?」

 

 天壌が悲鳴を上げた。

 

「さあ。もうひと勝負だ。ちなみにオレはパーを出す!」

「えっ……ままま、待った! 待ってくださいですの!」

 

 天壌が慌てた様子で勝負に待ったをかけた。

 

「逃げる気か!」

 

 何いってんだオレ、と思わないでもないがこういうのは勢いだ。

 

「い、いえ! 逃げませんの! 天壌家の娘は勝負からは逃げませんの!」

 

 ブルブルっと首を振って、でも、と気弱そうに。

 

「でも……こ、心の準備がありまして……っ」

「む」

「せ、せめて明日に……再勝負は明日にしませんの?」

 

 涙目で女の子にせがまれては、オレは従うほかなかった。

 こうしてオレと天壌の最初の勝負は、あいこで終わったのだった。

 

 

 ――そして後日談。

 2週間後のはじめの休み時間。

 

「じゃ……じゃんけん、ぽんっ」

「ぽん」

 

 天壌:パー

 オレ:パー

 

 予定調和のようにふたりともパーを出していた。

 

「あ、あいこですわね……ふふ」

 

 天壌がふーーーっと安堵のため息をついた。

 

「ああ……これで15回連続あいこだな」

 

 オレもゆっくりとため息をついた。

 

「ゆ、勇気がありませんことね。チョキを出せば勝てるのに」

「……そっちこそな」

「ふふふ」

「くくく」

 

 なぜか不敵に笑い合うオレと天壌だった。

 

 ――そしてオレは考える。

 

「……」

 

 オレはパーを出し続けている。

 なぜならパーで勝って、天壌の好きな人の名前を聞きたいからだ。

 

 天壌もパーを出し続けている。

 もしもオレと同じ理由だとしたら……。

 

「なあ天壌」

「はい?」

 

 オレは言った。

 

「次からオレは……グーを出す」

「っ!?」

 

 真っ赤に染まった天壌の表情を見てオレはにやりと笑った。

 さあ。

 ここからが本当の勝負だ。

 お前にパーを出して、オレに告白させる勇気はあるかな……!?

 

 ――ギャンブル中毒な二人のじゃんけんは、まだ続くのだった。

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― 新着の感想 ―
ダイナミックな文章に戦慄(笑)。
「負けたら」で罰ゲーム決まるならそりゃチキン戦法になるよね そして「グーチョキパーを出して勝負を破綻させよう」と考えた自分は間違いなく恋愛適正低い …あれ?グーチョキパーで負けた場合は下手すると全部か…
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