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09「化け物と奴隷少女」

「…へぇ、本当に犠牲者一人出さずに遂行したんですか」

受付嬢は、興味深そうに報告書に目を向ける。

報酬の金貨三十枚は約束通り受け取ることができ、俺は袋に詰めた後に懐に仕舞い込む。

金銭とは恐ろしいもので、掌で感じる重みが次第に増していく。


しかしそんな余裕も束の間のこと、受付嬢は話を続ける。

どうやら俺が鬼を倒したという情報が既に出回っていた。

鬼が鬼と倒したと、今町中で話題をかっぱらっているのだとか。

情報を求める人が続出中で後を絶たない。

「…というわけなので、今後はあまり姿をさらけ出すのは良くないかと」

二つ返事で了承し、その場を後にしようとする。


「…おい、金貨が一枚多いぞ」

身に覚えのない金貨を受付嬢に突きつける。

すると彼女は目を見開き、去り際にぼそりと呟く。

「一枚は私からのお礼です」


あくまで冷静な顔つきで、まるで感情を表に出さない。

だが、その口元には微かな笑みが浮かんでいた。

わずかに上がった口角が、あれこれ言わずとも、感謝の意を伝えているように感じる。

俺は金貨を再び手のひらで転がし、軽く会釈をした。

その場の空気が、ほんの少し和らいだように感じたが

俺はこれ以上、何も言わないことにした。

「…恩に着る」


お互い、必要以上に言葉を交わすことなく静かに受付嬢に背を向けてその場を去る。

ギルドの扉を開けると、辺りはすっかりと明朝で、小鳥のさえずりが絶え間なく続く。

家を出たのは昨日の朝っぱら。つまり、一日以上を外で過ごしていたことになる。

疲労困憊で、今すぐにでも倒れこんでしまいたいが…。

「手ぶらで帰るのもな。

折角だし菓子でも買って帰るか」



――あれから数時間の時が経過した。

片手に高級菓子を携え、家を前にしていた。

窓辺から光が漏れているところを見ると、まだ起きているようだ。

ドアノブに手をかけて中に入ろうとすると、扉が開かれる。

不意を突かれた俺はつんのめり倒れこみそうになるも、何とか持ち堪えることに成功する。

その拍子に懐から金貨が落ちてしまい、それをリアナに拾われてしまった。

彼女は掌で金貨を弄びながらこちらに目線を向けると、口をぽかんと開けて呆然としていた。

しかしすぐさま我に返ったかと思うと、眉間にしわを寄せ俺を睨み付ける。


「…ただいま」

「今はあなたの噂で街は持ち切りですよ。

鬼が同族殺しを成していると」


包帯を何重にも巻かれた左腕に、酷く申し訳なさそうに視線をそらした。

器用に金貨を拾い集めて、手を拱かれる。

以外にも家の中は清潔にされており、というか、以前よりも清潔感が増してさえいる。

台所には既に食事を済ませたであろう一人分の食器が綺麗に並べられており、棚にはティーカップが丁寧に置かれている。

暫く立ち尽くしているとリアナはテーブルを掌で叩く。席に着けと促されているようだ。

腰を下ろすや否や、包帯を解かれ骨の剥き出し部分にほのかな温もりが宿る。


「これは…中々の重症ですよ。

治療魔法を使っても完治するかどうか…」

リアナは黙々と詠唱を行い、指先に淡い光を放つと俺の腕を優しく撫でる。

抉れた肉が徐々に修復されていく光景は、何とも神秘的なものだった。

詠唱を終えると傷口が露わとなるも、見るに堪えない骨は視界から消えた。


「暫くは安静にしていてください。

これ以上、無理をしないように」


とは言うものの掌で力任せに叩かれる。

痛みがこみ上げ、思わず情けない声が漏れてしまう。

急になんだと文句の一つでも言ってやろうと思ったが、リアナはこちらに背を向けており、その表情を窺い知ることはできない。

しかし僅かにだが彼女の肩は震えており、その啜り声を聞く度に胸が痛くなった。


「…悪かった」

「言いましたよね「あの一言で救われた」と。

あの言葉で、少なくとも救われたんです。何十年もの間閉ざしていた心を

貴方が、無理やりこじ開けたんじゃないですか」


「不幸せにすると言われた時、思わず笑っちゃいました。

でも、なんですか。これが不幸せというものなんですか?

幸せの中に、不幸せが宿るものではないんですか?」


鼻をすすり、声の調子を低くする。

俺は何も言えずに口を噤むことしかできなかった。

辺りは静寂に包まれているが、気まずさを感じることはない。

寧ろ、安心感すら覚える程だった。リアナは、ちゃんと俺のことを見ていてくれていた。

それだけに、胸いっぱいの罪悪感が押し寄せる。


「教えてください。どうして、ムメイ様は

危険を冒してまで村を救ったのですか…?」


リアナに本当の事を打ち明けるのであれば

ここからは嘘偽りの無い正真正銘の真実を語らなくてはならない。

口一つ開ける度に歯茎の奥底まで染み渡るような血の味と

鼻を突き抜けるような苦い香りが身体中を駆け巡る。


「…村のことなんて、正直どうだってよかった。

それよりか、俺は君を不幸せにしてしまった。

あのままだったら、豪華な飯を毎日食えて、いつかどこかの貴族に嫁ぎ

幸せと言える日々を送れたのかもしれない。

だから、俺には責任があった。リアナを、故郷の村に送り届けるという責任が」


彼女は何も答えず、じっとこちらの瞳を見つめる。

以前は、その目に何が映るのか。理解することが出来なかったが

今だからこそ分かる。あの目は、うわずりは、失望でもなく

リアナ自身が内に秘める自己嫌悪だったのだ。

「まだ、君に名前を教えられるほど自信もない。

でも、信じてくれ。必ず君は俺が送り届ける」


「…おかえりなさい」

「あぁ、ただいま」


互いに頬を赤らめながら、俺はリアナの涙を拭った。

携えていた菓子をテーブルの上に置き、咳払いする。


彼女は美しかった。金髪の髪は、時に美しく 時に優しく。

虚ろな瞳は輝きを取り戻し、より一層にその美貌を輝かせる。

まるで、汚い土塊の中を漂う宝石のように。だから彼女は眩いのだ。


「お菓子でも食べて、これからについて話し合いましょう」


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