涙の観覧車
アルバイトをはじめた春。
バイト先の彼女を好きになった夏。
デートを計画した秋。
そして冬。デート当日を迎えた。
日が落ち、観覧車が頂上に到達したとき。
「好きです。付き合ってください」
と、おれは頭を下げた。
「顔上げて」
落ち着いた声が聞こえた。おれの爆発寸前の心臓とは対照的だ。
顔を上げれば、彼女は真顔である。
「考えさせてほしい」
「わかった」
観覧車を降りた後、彼女は「待ってて」とお土産を買いに行った。
「はあ」
顔が熱い。まわりはカップルばかり。
人のいない、どこかへ逃げたい。
周囲を見回すと観覧車が視界に入り、おれは単身で観覧車に乗り込んだ。
「暑っ」
ジャケットを脱ぎ、席に着く。外に目を向けると、窓に映る自分がいた。
泣きそう。
ため息を吐けば窓が曇り、自分が消える。
ふいにスマホが鳴った。
『うまくいった?』
友達からの連絡に『全然』と、たったひと言を打っては消してを繰り返した。ついに返信できないまま観覧車を降りる。
彼女が紙袋を手に戻ってきた。
「お待たせ。帰ろっか」
彼女が歩き出し、紙袋が揺れる。
おれは半歩後ろをついていく。
「もしかして告白はじめて?」
「うん」
おれは突然の質問に戸惑いながらも、うなずいた。
「やっぱり」
「嫌?」
「ううん。不慣れそうな理由がわかった」
不慣れか。
「もしもの話だけど、私が手つないでって言ったら外でもつなげる?」
「つなげる」
本当はわからない。恋人いたことないし。でも望まれたらするだろう。
「じゃあ今ギューしてって言ったら?」
「が、がんばる」
彼女は黙った。
これは、もしもの話。だけど、できない男だと思われたくない。
おれは紙袋の取っ手をつかんだ。
彼女の指先に触れる。
お互い足を止め、見つめあう。
「付き合ったらしてほしいこと、もっと教えてほしい。最初は恥ずかしがるかもしれないけどできるようにする。だから……」
また、顔が熱くなってきた。
「だから、何?」
「前向きに考えてくれるとうれしいです」
伝えたいことは伝えた。
おれが手を離すと、今度は彼女がおれの手を握る。
「よろしくお願いします」
「オーケーってこと?」
「うん。証明してくれたし。私こそ試してごめんね」
「いい、気にしてない……。え、本当に付き合っ」
「あ、写真撮りたい!」
彼女は紙袋からウサギ耳のカチューシャを取り出した。ふたりとも頭につけ、観覧車をバックに写真を撮る。おれは泣かなかった。さっき置いてきたから。
おれと彼女は手をつなぎ直し、帰った。