はじまりの洞窟
この世界には、神と悪魔が存在するらしい。
神はとても美しい金髪に、まるでサファイアのような青色の瞳をしていると伝えられている。
一方で、悪魔は銀髪で、まるで地獄の炎のような深い赤色の瞳をしているらしい。
「ねぇ、あの子たちって……」
「ほんと迷惑よねぇ」
赤い瞳を持つ俺。銀色の髪を持つ妹。
ーー俺たちは、ここらで有名な"悪魔の子"だ。
「お兄ちゃん、今日はどうする?」
「そうだな、この魔物討伐の依頼にする」
「でもこれ、集団で魔物の群れを討伐する依頼でしょ?」
妹の顔が曇っている。
ギルドの依頼掲示板の中から選んだのは、魔物の群の討伐依頼。これは、俺たちの他にも人が集まり、集団になって討伐するものだった。
「周りの反応なんて無視すればいい。そうやって生きてきたんだ。今更だろ」
それに、これの他に俺たちのランクで受けれる依頼は、ほとんど金のもらえない薬草集めのものしかない。金がない。
「赤い瞳の男と、銀髪の少女……あれが噂の?」
「お、お前新入りか。ああ、あの兄妹が巷で有名な悪魔兄妹だよ。ほんと、さっさとこの街から出てってほしいもんだ。面汚しめ」
周りが睨んでくるのもいつものことだ。生まれてからずっと、この目以外の目で見られたことなんてほとんどない。
「この依頼を受けたい」
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「あっ、この前の!」
「おー、お前かぁ!」
「お姉さん綺麗だねぇ。この依頼が終わったらデートしなーいっ?」
魔物討伐依頼の集合場所である、森の中の洞窟の前に来ると、だいたい30人程度の人が集まっていた。職業は剣士、戦士、魔法使いなど、多種多様な人材が揃っている。
集まった人物の分析をしていると、巨漢の男が近寄ってきた。
「おい、そこの悪魔共。お前ら図々しくこの町に住んでるらしいじゃねぇか。いい加減迷惑なんだよ!……っ!?」
「そんな急に殴るんじゃねぇよ。妹に当たったら危ねぇだろうが」
急に振るわれた拳を受け止め、少し力を入れてやる。
男は額に冷や汗をかいている。
「くっ……!お、お前らみたいな悪魔はすみっこに縮こまって、震えながら人間様の盾になりゃいいんだ!」
捨て台詞を吐いて去る男。いやお前が震えてるじゃねぇか。
「みっともねーな」
やべ、心の声がつい漏れてしまった。
俺は赤い瞳を持っているおかげで、こうやって絡まれる事が多い。それ以外はなんの変哲もない、茶髪の男なんだが。
「お兄ちゃん……っ」
震えながら妹が服の袖を引っ張る。どうやら怖がらせてしまったみたいだ。
安心させるために頭を撫でる。
リリスは、俺の妹。妹と言っても血は繋がっていない。綺麗な銀髪と、青い瞳を持っている。銀髪は二つの紐で緩く二つ結びにしている。
リリスは、安心したような顔をして、ニコッと笑った。
「皆の者、静粛に!」
その瞬間、男の声が辺りに響いた。
周りがいっそう騒がしくなった。
「なんだなんだ?」
「誰だアイツ?」
あちこちで疑問の声が上がる。
「私は、王都のギルド本部から派遣された冒険者!Cランク冒険者のダイ・スーンと申す!」
王都のギルド。それは、高い質の冒険者が集まるとされている場所だ。
また、冒険者と魔物にはランクがあり、下からF、E、D、C、B、A、S、SSとなっている。そして、SS冒険者は過去から現在までで5人しか現れていないらしい。
冒険者と魔物のランクが対等だと同じ程度の強さだ、と言うのが共通の認識だ。
Cランクはちょうど中間くらいのランクだが、世界の人間のほとんどがDランクまでしか上がれないということを考えると、きっとあいつも強い冒険者なんだろう。
……とてもそうは見えないが。
「今回の依頼の指揮は、私が取らせてもらう!皆私の指示に従うように!」
それからあいつ、リーダーは今回の作戦を説明した。
今回の作戦はこう。まず索敵魔法を使い、洞窟内の魔物の数と位置を把握。次に、洞窟内は道がいくつも分かれているため、班に分かれる。あとは数で叩く。それだけだ。
「今回判明している情報は魔物がEランクだということと、洞窟内の地形だけ。他の情報はないし、魔物の数も少なくないだろう。気を引き締めていこう!」
男がそう言い終えると、皆は歓声を上げた。
ーーそれで
「なんで俺がこいつらとなんだよ……」
それはこっちのセリフなんだが。
俺の班にはリリスと、魔術師が男女1人ずつ、それとさっき急に殴りかかってきた男の5人だ。
リリスは俺の袖を掴んで警戒している。
「ま、まあまあ。同じ班なんですし、仲良くしましょ?」
「でもやっぱ悪魔と同じ班は嫌だよねー。しかもこの悪魔たちEランクだし。魔物倒せるの?まあ、何かあったら僕が君を守ってあげるよっ!」
男魔術師が女魔術師に向かってウィンクする。
「あはは……」
「それじゃあ各班、作戦開始!」
リーダーから発せられた作戦開始の合図で、俺たちは洞窟に入って行った。
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「おらぁぁぁぁあ!!」
「雷撃!!」
「はぁ!!」
ーーワオォォォォォォン!!
洞窟に入ってだいぶ時間が経った。俺たちは順調に魔物を狩りながら進んでいた。洞窟内には魔物の叫び声が響いている。
「氷柱!」
リリスも順調に倒せているようだ。
思考を回しながら、俺も魔物を倒す。
「みなさん、この先開けた場所に出ます。地図によると、他の道とも繋がっているみたいです」
「そこがリーダーの言ってた集合地点じゃないか?」
多分そうだろう。そこで成果の確認等をしたら、ギルドで報酬がもらえる手筈になっている。
「今回も楽勝だったな」
「早く終わらせてデートに行こうねっ!」
「私は行きませんよ……」
他愛もない話をしながら集合地点に踏み入れる。
ちょうど、最後の班も来たみたいだった。
「よし、これでみんな来たみたいだな。それじゃ、成果の確認をしよう」
リーダーの声が響く。……なんだか嫌な予感がする。
「お兄ちゃん、なんか……気配がする」
俺の予感は正しかったみたいだ。リリスの索敵魔法は優秀だ。間違えることはほとんどない。
「リーダー、ちょっといいか」
「なんだね悪魔。今僕は大事な話をしているんだが」
「魔物の気配がする。まだ魔物が残っている」
「何?おい、索敵魔法に引っかかっているか?」
Cランク冒険者の魔術師は首を振る。
「だそうだ。やはり悪魔だから悪質な嘘を……」
「……っ!!危ない!」
ーーガッシャァァァン
リリスが叫ぶが、遅かった。
黒い毛並みに、人を丸呑みにできるくらいの大きさの口がついている、巨大なナニカ。
ーーグアオォォォォォン!!!
答えは明白。
ーーBランクの魔物、ダークウルフだ。
「きゃぁぁぁぁぁ!!」
甲高い悲鳴と、混乱の声が入り混じる。
地面には、ダークウルフによって首だけになったリーダーの姿と、ダークウルフが洞窟の壁を突き破った時の衝撃で飛んできた岩の下敷きになった者たちの血が広がっていた。
「ひっ……!」
「リリス、落ち着け。大丈夫だ」
ーーどうする、この状況。
泣き喚く声、助けを求める声、現実を受け止めようとしない声がうるさく思考の邪魔をする。
ここにいるのは大体がDランクの冒険者だ。ダークウルフとのランクの差は大きい。このままじゃ全滅だ。
外に逃げようにも、ダークウルフが現れた衝撃で外への道も全て塞がれてしまった。
道を作ろうにも、ダークウルフが全員殺すスピードの方が早いだろう。
どうする……?
少し考えた後、ある話が頭に浮かんできた。
そうだ。一つ、外に助けを求める方法があるかもしれない。
「リリス、頼みがある。リーダーの持ち物に、緊急連絡用魔道具があるはずだ。それを探して、外に助けを求めてくれ!」
「……っ!わかった!」
前に、ギルド本部から派遣されるリーダーには、緊急用の魔道具が支給されると聞いたことがある。
リリスなら魔法で岩をどうにかできるだろう。リリスが魔道具を起動させる間、リリスにヘイトが向かないようにしないといけない。
ここは俺の役目だろう。
血に染まったダークウルフを目に捉える。
石を投げて、注意を引く。
剣を抜き、構える。
「さぁ、かかってこいよ」