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助けたがりの本質

 

「それよりも、聖女様。さっきの俺の話を覚えて––––おい。レイチェル?」


 さっき強引に押し付けた約束を果たしてもらおう。じゃないと俺はもう二度と外を歩けなくなってしまうかもしれない。


 そう思ってレイチェルに声をかけたのだが、レイチェルは呆けたような表情で俺のことを見ているだけで、俺の声には答えない。


「やはり、あなたは優しい人だったのですね。優しく、正しい……なぜあなたが『最も神に愛された英雄』と呼ばれているのか、今更になってようやく理解することができました」


 熱に浮かされたかのように、俺達に話しかけているのではなく、ほとんど独り言のように言葉を溢していくレイチェル。


 そんな彼女の様子のおかしさが気になり、その顔を覗き込もうとしたのだが、そこでレイチェルがバッと顔を動かして俺のことをまっすぐ見つめてきた。


「私のスキルの素となった祝福は、あなただったのですね」

「え……」

「先ほどの文言は全く同じものでした。別の願いであれば、そのようなことはあり得ません」


 他人である瞳子は分かっていなかったようで驚いているが……まあ、お前は分かるよな。なにせ、レイチェル自身が俺と同じ文言でスキルを使っているんだから。

 自身の呼び方とか多少の違いはある。けど逆に言えばそれくらいだ。違うスキルと文言が被ることはないし、それは祝福でも同じだ。なにせ違う〝願い〟から生まれたんだから。


 唯一同じ文言の能力があるとしたら、それは祝福と、その祝福から生み出されたスキルだけ。

 そして、俺とレイチェルの文言は同じだったんだから、わからないわけがない。


「私はスキルを通して祝福の持ち主がどのような人物なのかを、どのような願いを抱いたのかを感じて来ました。いつかその方にお会いすることができればと、恋にも似たような感情を抱いてさえいました。……ようやくお会いすることができました」


 まるで本当に恋でもしているかのように潤んだ瞳で見上げてくるレイチェル。だが、それは単なる恋ではなく、信仰心のようなものも感じられる気がする。


 それまで同級生として接してきた相手からこんな感情を向けられ、居心地の悪さに数歩後ずさりする様にレイチェルから距離をとった。


「その〝願い〟を感じた時と今じゃ違うんだよ。言っただろ。人を助けるのなんてくだらないって。今の俺は、お前が求めていた理想の人物とは別人だ」


 確かに、最初に願った時はレイチェルの言ったように誰かを助けたいって思いで満ちていたかもしれない。でも、今の俺は違うんだ。だから、その眼差しは困る。


 ……いや、困るんじゃないな。正確に言うなら––––怖い。


 俺は、もう以前の俺とは違うんだって自覚しているから。だからそのせいで失望されたりするかもしれないと思うと、それが怖いんだ。


「いいえ……いいえ、違います。あなたは確かに変わってしまったところもあるでしょう。ですが、それでもあなたは以前の優しい英雄のままです」

「なんでそんなことが言えるんだよ」

「だって、私を助けてくれましたから」


 そんなの……理由にならないだろ。だってあの状況なら誰だって助けたはずだ。目の前に死にかけの知り合いがいて、自分にその人を助ける手段があるなら、誰だって同じように助けた。


 むしろ、知り合いじゃなければ助けなかった俺は非難されるべきだろうさ。ここに来るまでの間に、知り合いを助けるんだっていいわけをして、まだ生きていた助けられそうだった人すべてを見捨ててここまでやってきたんだから。

 だから、俺はレイチェルを助けたことで褒められるべきではない。そんな存在ではない。


「私を見捨てる道だってあったはずで、普通に生きたいと本心から思っているのであれば、そうするべきでした」

「……普通の奴は、目の前で死にかけてる人がいたら助けようとするもんなんだよ」


 まっすぐ見つめてきながら話すレイチェルの視線に気まずさを感じ、俺はスッと顔を背けて答えた。


 だが、そんな情けない様子を見せてもレイチェルは何が嬉しいのか、笑いながら話ている。


「そう言ってしまえることが、あなたの本質が善性であることの証明です。本当に〝普通の人〟は、助けてはくれませんよ。悲しいことではありますが、助けるか助けないかを迷って、悩んで、そうしているうちに見殺しにしてしまうでしょう」


 たかが知り合いを助けただけで大げさな……そんなことはないだろ。誰だって目の前で死にかけてる人がいたら助けるはずだ。


 俺はそう思う。けど、でもレイチェルは本気で俺は素晴らしい人物なんだと信じているらしい。


「そんなことないだろ。そんなふうに思うんだったら、あんたこそ実は人間のことが好きじゃないんじゃないのか?」


 そんなことがないとは分かっている。でも、俺に向けられる尊敬の眼差しが嫌で、それをどうにかするためにそんな意地悪を言ってしまった。


 普通ならそんなことを言われたら否定をするだろう。特に、レイチェルのように人助けをする人物ならなおさらだ。だって、彼女たちは人が好きで、人が善い存在だろ信じているからこそ誰かを助けるために動くんだから。

 でも……


「……あるいは、そうなのかもしれませんね。私のこの思いも、結局は周囲の者達から植え付けられた疑似的な〝願い〟なのかもしれません。だから、私の願いは祝福となることはないのでしょう」


 そう言ったレイチェルはどこか困ったような笑みを浮かべていて、俺はそのことにそれ以上言及することができなかった。


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