スキルと祝福の違い
「くそっ……!」
何をするつもりなのか、何が目的なのか分からないが、とりあえず近寄らせてはいけない。そう判断した俺は、先ほどの爆発によって切ってしまった祝福を使い直し、一瞬で出せる限界である四本の『手』を少女へとけしかけた。
こちらに近づこうと足を踏み出してきた少女に向かって『手』を伸ばしていくが、少女はそれを見ても笑っている。
その様子があまりにも不気味で、操っている『手』を全力で動かしていく。
「うわあ、『祝福者』の攻撃だあー」
だが、そんな攻撃はたやすく避けられ、あるいはどこからか取り出したナイフで切り落とされてしまった。
「なーんて。さっき見てた時より全然遅いよ。流石にお疲れかな?」
少女の言う通り、今俺が伸ばした『手』は、先ほど騎士と戦っていた時よりも格段に遅い。それは、俺の集中力のせいだ。
祝福の能力で生み出した『手』を操るのに肉体の損傷は関係ないけど、動かしているのはあくまでも俺自身なんだ。痛いとか眠いとか、思考に余分が入って鈍れば『手』の動きも鈍ることになる。
「……〈再演・誰かが悲しんでいるのは嫌だ。誰かが泣いているのは嫌だ。泣かないでほしい。笑っていてほしい。僕がその暗闇から助けてあげる……〉」
でも、遅いからなんだ。鈍いからなんだ。
腕の数本を処理することができたとしても、それが数百という群れとなって襲い掛かれば、流石に対処しきることは不可能だろう。
「何? 祝福使うつもりなのかな? 勢いはないって言っても、流石にやらせるわけないでしょ」
まあ、それはそうか。流石にそこまで悠長に見ていてはくれないか。
少女はそう言うなり銃を取り出し、その銃口をこちらへ向けて引き金を引いた。
だが、流石にその程度の攻撃で死ぬほどやわではない。放たれた銃弾は、俺が前に突き出した『手』によって止められた。
痛い。だが、この程度の痛みは今更だ。あと何発撃ったとしても、そのすべてを止めてみせる。
「あー、流石にこの程度じゃダメかな。それじゃあ、また爆弾で吹っ飛んでみる?」
少女はそう言いながら今度は手榴弾をとりだした。だが、それは一つではなかった。
いくつもの手榴弾をお手玉のようにして遊んでいると、巧みな手さばきで全ての手榴弾からピンを抜くと、こちらに向かって投げつけてきた。
詠唱はまだ完ぺきではないがそれでも俺の周りに漂っている『手』の数も増えている。だが、それでも流石にこれだけの数を投げられればそれなりの被害が出るだろう。
それでも生身のまま受けるわけにはいかないんだから、どうにかして『手』で止めないといけない。
手榴弾を掴み、上空へと投げようと、数本の『手』を伸ばしていく傍らで、衝撃から守るために自分の周りを『手』でぐるぐる巻きにして防御を固めていく。
「はい、これでこんどこそおしま––––い゛っ!?」
俺に向かって手榴弾を投げつけてきた少女は俺が必死になって守りを固めているのを見て新しく銃を取り出した。きっと俺が爆弾の対処で手いっぱいになっている隙を狙って攻撃するつもりなのだろう。
だが、その行動は途中で止まることとなった。いや、止められることとなった。
楽し気な笑みを浮かべて銃を構えていた少女の横合いから、猛スピードで何かが突っ込んでいったのだ。少女はその突っ込んできた何かに吹き飛ばされると、俺の方へとその身を投げ出すこととなったのだが、そこには先ほど少女が投げたばかりの爆弾の群れが存在していた。そして––––
「いやっ、まっ––––」
そんな声を漏らした直後、爆弾は全て一斉に爆発し、その衝撃が周囲を蹂躙した。
そして、当然そんな衝撃の真っただ中にいた少女はと言うと、『少女だったであろうもの』を残しただけとなった。
「内臓が潰れた程度で、止まるわけないじゃん……ごふっ」
衝撃から立ち直り、爆発で巻き上がった煙の中でそんな声が聞こえてきた。瞳子の声だ。
「瞳子っ!」
人影が見えた方向に慌てて駆け寄っていくと、瞳子はふらつきながら倒れそうになっていたので、慌ててその体を支えて地面へと寝かせる。
「伏兵は天丼だったけど、うまくいったね……」
「内臓潰れてんだったら無理して喋んなよ、馬鹿」
さっきの騎士も潜んでからの強襲で勝負を決めたし、今回だって同じだ。それを天丼というならそうだろうけど、今回は事前に打ち合わせをしていたわけでもないのに合わせてくれたんだから、あの少女だってこっちの動きに気づくことはできなかっただろうな。
まあそんなことはどうでもいいんだ。なにせもう終わったんだからな。だから大事なのはこれからの事。特に瞳子の怪我のことと、それから……っ! そうだ、レイチェルはどうなった!?
「いま、なおします……」
「レイチェル! 生きてたのかっ!」
レイチェルはスキル保有者とはいえど、治癒に関することであるため身体能力は素の人間よりも少しだけ高い程度でしかない。それでも生き残ることができたということは、俺が伸ばした『手』が多少なりとも威力を抑えることができたということだろう。役に立ったのならよかった。
ただ、それでもまったくの無傷とはいかなかったのだろう。なんだかしゃべり方がおかしいし、立ち方もおかしい気がする。
「は、い……何とか。それよりも、星熊さんを……」
やっぱりこれはどこか怪我してるな。それも、多分内蔵のどこかだろう。
かなり痛いはずだし、治療しないと自分が死ぬ可能性だってあるはずだ。それでもレイチェルは自分よりも他人を優先して治癒を施すべく、ふらついている足取りで瞳子のそばまでやってきてスキルを使用した。
「ありがと。もう平気。完治はしてないけど、これだけ治ってれば死にはしないし、しばらくは戦ってられるから」
スキルの効果は覿面で、瞳子は先ほどまでは顔色悪そうにしていたのに、今では問題ないように見える。
本人も言っている通り、完治はしていないのだろうが、動く分には問題ないくらい回復したのだろう。
「それよりも、レイチェルはお前自身を治した方がいいんじゃないか? 多分だけど、大怪我してるだろ」
だがそう言っても、レイチェルは俺の声が聞こえているのかいないのか、ふらりと立ち上がると近くにいた他の怪我人たちの許へと向かい、再びスキルを使用し始めた。
「……再演・私は手を伸ばす。誰にも泣いていてほしくはないから。涙は敵で、涙を流す者も私の敵。全ての涙を拭い去り、みんなに笑っていてほしい––––この手は誰かの涙を拭うために」
「……おい、レイチェル?」
声をかけても反応しないレイチェルにいぶかしんで再び名前を呼んでみたが、それでもレイチェルは反応しないで治癒を続けている。
傷ついている誰かを助けるのは大事なことだろう。でも、先に自分のことを回復させるべきだ。そんなにふらついて今にも死にそうな状態なのに、それで助けたとしても、お前が死んでたら意味ないだろ。
「再演・私は手を伸ばす。誰にも泣いていてほしくはないから。涙は敵で、涙を流す者も私の敵。全ての涙を拭い去り、みんなに笑っていてほしい––––この手は、誰かの涙を、拭うため、に……」
見知らぬ誰かを癒し、また誰かを癒すつもりなのだろう。ふらりと立ち上がったところで強引に肩を掴んでこちらに振り向かせようとしたが、たったそれだけのことでレイチェルは倒れてしまった。
やっぱり、もう限界だったんだ。それなのに自分を治さずに他人を治すなんて……何考えてるんだよ。
確かにスキルの残り使用回数は大して残っていないだろう。たくさんの人を助けたいって願いも理解できるさ。
でも、沢山の人を助けたいって本当に願ってるんだったら、まずは自分を助けるべきだろ。
「おいっ! 何やってんだよ。さっさと自分の怪我を治せよ。いくら誰かを助けたいって言っても、他人を優先するにもほどがあるだろうが! お前が死んでちゃ意味ねえだろ!」
完治するまでスキルを使えとは言わないさ。でもせめて、瞳子のように死なない程度の、問題なく動ける最低限の治癒だけでもするべきだろ。
でも……
「わ、わたしは……自分のきずは、癒すことが、できないんです……」
「は?」
血を吐くようなとぎれとぎれの言葉。それは自身のスキルに関する欠点であり、普通は他人には教えないことだ。
それを教えたのは状況が状況だからだろうけど、俺はその言葉を聞いてわけがわからなかった。
だってお前のスキルは……そのスキルの素になった祝福はそんなことないはずだ。
レイチェルのスキルの素になった祝福は、手で触れた対象なら誰だって治すことができる能力のはずで、その能力から生まれたスキルなら……
とそこまで考えたところで、スキルは祝福よりも劣化するということを思い出した。
レイチェルのスキルは、他人を癒す力は確かにあるのだろう。だが、自分以外の者しか癒せないように変化してしまっていたのだということを理解した。