『騎士』対『手』
「そうですか。では仕方ありませんね」
直後、鎧騎士はそのままに、そのそばに立っていた馬が突進してきた。
そっちが来るのか!
鎧騎士本人か、あるいは馬に乗ってからの攻撃だと思っていただけに、馬だけの突進というのは予想外だった。
それでも反射的に『手』を前に出して盾のようにし、突撃してきた馬を掴みにかかる。
だが、その勢いは車なんかとは比べ物にならないほど強く、完全に突破こそされないものの押し込まれてしまっている。
このままでは押し切られると判断し、さらに『手』を伸ばして合計二十本の腕を絡みつかせていく。普通にに十本を操るとなるとかなり集中する必要があるが、これも以前の特訓のおかげだろう。今みたいな相手に絡みついて力技で食い止めるというような単純な作業くらいだったら問題なくこなすことができる。
だが、問題はこの後だ。馬は止めた。けどそれで終わりじゃない。
そんな俺の考えが正しいことを示すかのように、腕に捕らえられている馬の陰から鎧騎士が姿を見せ、こちらに迫ってきた。
そうだろうな。そう来ると思ってたよ!
迫ってきた鎧騎士に向かって『手』を伸ばし、馬と同様に動きを止めて拘束しようとする。
だが、それで終わるのならこんな状況になっていない。
鎧騎士は自身へと迫った『手』を剣で切り飛ばしていく。俺に接近する速度は遅くなったものの、それでも着実にこちらに近づいてきている。
能力の系統は、たぶん身体強化だろう。でなければあれほど簡単に『手』を処理していくなんてことができるはずない。
他の能力は……まあ、馬か。騎士らしく、とかそんな願いが元になったんじゃないだろうかと思う。
そうして相手の能力について考えを巡らせていくが、そうしている間にも『手』が切られていき、その痛みが襲い掛かってくる。
痛い……。けど、この程度なら慣れたもんだ。この程度の痛みで引くようなら最初からここにいないし、ここで引いたらレイチェルが殺されることになる。それは認められない。
だから俺は、鎧騎士を止めるために今までよりも多く……合計で千本くらいの腕を自身の体から溢れさせた。
「っ!?」
これほどの数が出せるとは思わなかったのだろう。鎧騎士はとっさに飛び退いて距離をとろうとするが、空中にとんだ鎧騎士に向かって無数の腕が津波のように迫っていく。
でも、さっきは津波のように、なんてきれいに表現したけど、この光景を見ていると地獄の亡者が仲間を増やそうとするかのように思えてならないな。無数の腕が伸びているというのは、それだけ悍ましい光景なのだ。
着地した後も腕は鎧騎士へと追いすがり、その身を捕えようと迫っていく。
そして、腕の中の一つがあと少しで鎧騎士のことを掴もうとしたその瞬間、光り輝く鎧を付けた馬が腕の群れを横から突進することで蹴散らしていった。
「逃げた? ……いや、痛みはなかったな」
強引に拘束を解除して逃げ出したというのなら俺の方に痛みがあったはずだ。それがないということは、力技で逃げたというわけではないということ。
どうやら一度消してから再召喚したらしい。
そんなことができるのなら最初からやっていればよかったのにと思ったが、何らかの制限があるのだろうか。
「無数の腕……日本には千本の腕を持つ神格がいるそうですが、モチーフはそれですか?」
「腕が千本の神格って……千手観音の事か? 馬鹿言え。そんなに良いものじゃないっての。腕を伸ばして誰かを掴む。それだけしかできないのに神様を気取るつもりはないよ」
そんなふうに話している間も俺の『手』は鎧騎士のことを追いかけるが、合流した馬に乗られてしまった。
そのせいで速度は先ほどまでとは比べ物にならないほど速く、俺の『手』では全く追いつくことができなくなった。
「さて、これで状況は変わりましたね」
「馬に乗っただけだろ。むしろ二対一だったのがお前を相手するだけでよくなったんだから、弱体化しただろ」
「分かっていませんね。騎士の本分は騎馬戦なのですよ」
そう言い切るや否や、鎧騎士は持っていた剣を鞘に納め、代わりにその手には光を纏った大きな馬上槍が握られていた。
まさか。そう思った直後には鎧騎士は動き出し、俺は反射的に体を真横へと投げ出した。
自分でも考えての行動ではなく、直観に従っての行動だったため、その行動が間違っている可能性も十分あった。だが、今回はその行動に間違いはなかったようだ。
俺が身を投げ出した直後、それまで俺の立っていた場所を馬に乗った鎧騎士が通り過ぎていった。その道中にあったは俺の『手』があったはずだが、それは馬と騎士が通り過ぎたところだけが奇麗に消し飛んでいた。
あれが騎士の本領発揮ってことか? ……は。流石は、って感じだな。あんなのが戦場を駆け抜けたら、それだけで甚大な被害が出るだろう。多分、装甲車や戦車で求められないんじゃないのか?
そんな化け物をどうにかして止めないといけないなんて、ほんとふざけてるよな。
「ぐっ……!」
続けて行われた突進も何とか回避し、今回は避けるだけではなく何とか掴むなり足をかけるなりしようと思ったのだが、無理だった。さっきと同じで伸ばした『手』の全てが奇麗に消し飛んでいる。ここまでくると、もう痛みも何もない。なにせ一瞬だ。一瞬で全部弾け飛ぶんだから、痛みなんて感じている時間すらない。
それでもどうにかして倒さなくちゃいけないんだ。
そう覚悟新たにし、無数の『手』を伸ばしていくが、今回は先ほどとは少し違う。
『手』を伸ばしたのは変わらないが、今度はそのすべてに武器が持たれている。
武器と言っても自前のものではないし、なんだったらまともな武器と呼んでいいかすらわからないものだ。
その辺に落ちていた軍人の者であろう剣や槍、建物の残骸であろう鉄の棒やコンクリートの塊。他には近くに転がっているゴミとしか言いようのないものまで、とにかく手当たり次第にものを拾い、それを武器として叩きつけていく。
刃を立てるなんてことはしない。できない。流石にこれだけの腕をそんなきれいに操ることはできないからな。できるのはただ殴りかかるだけ。そして、距離が離れたら持っているものを投げつけて、また近くにあるものを拾うだけだ。
でも、それで十分だ。
馬の突進では全部弾き飛ばすことができたかもしれないが、方向転換などで速度を緩めた時には馬上槍を使って切り払っている。
だから、隙があるとしたらそこだと思った。
それまでは掴みかかってくることしかしなかった『手』が道具を使うようになり、速度が緩むたびに襲い掛かり、あるいは何かを投げつける。
投げられるといっても単なるゴミだ。道具とは言えず、武器だなんて口が裂けても言えないゴミばかり。そんなもの、切り払ってしまえばそれでおしまいだ。
けど、それは投げられたごみの種類によるだろう。
投げたものの中にはゴミ袋や中身の入った缶もあり、それらは切られた瞬間に中身がぶちまけられて鎧騎士の体を汚すことになった。
今は戦闘中なんだし、汚れるだけなら気にすることもないのかもしれないが、それが顔にかかるとなれば別だ。誰が好き好んで生ごみの残骸を顔に浴びたいと思うのか。しかもそれが一度でも目や口の中に入ってしまったとなれば、二度目は絶対ないように避けるようになるだろう。
事実、鎧騎士は最初に俺の投げつけたごみの残骸を顔面に受けてから必要以上に警戒し、完璧に対処しようとするようになった。
あれだけのものを投げられて対処できるのは凄いけど、突進の頻度は減ったし、なんだったらその場に留まっている時間も増えた。
騎士の戦い、というには少しばかり……いや、だいぶ華やかさに欠ける戦いだけど、仕方ない。これは実際に命のかかってる殺し合いなんだから、そんなことを気にしてる余裕なんてないんだ。
……でも、そろそろいいだろう。
「いくぞ!」
そう判断すると、俺は持っていたゴミを鎧騎士へと一斉に投げつけ、さらにはそのままつかみかかるために『手』を伸ばした。