二人の『祝福者』
流石は『祝福者』と言ったところだろうか。だが、これほどまでに早く倒されるとは思っていなかったのか、レイチェルのことを逃がそうとしたいた軍人たちは焦りの浮かんだ表情でオズボーンの頃を睨んでいる。
だが、明らかに戦力差があるとわかった状況であっても、軍人たちは諦める様子を見せず、また、レイチェルも諦めた様子を見せずにオズボーンのことを睨みつけている。
「流石は我が国の軍人達。なかなかの練度でしたね。ですが、所詮は私の敵ではありません。––––〈再演〉」
そんな彼ら彼女らの心を折るかのように、オズボーンはあえて足を止めてから、はっきりと祝福の文言を口にした。
逸れの意味するところは、今までのオズボーンは全力ではなかったということ。
その事実がレイチェル達の心に重くのしかかるが、そのことを理解してかしていないのか、オズボーンは止まることなく更に文言を口にしていく。
「〈私の剣は祖国のために。私の忠義は祖国と共に。祖国に陰りを齎す全ての敵を排除する。私は戦い、私が守る。振るう刃は敵を斬り、掲げる旗は国を照らす。私は騎士の道を進む者。––––私は祖国の敵を打ち倒す〉」
詠唱を完成させまいとレイチェルのことを逃がそうとしていた軍人たちが襲い掛かる。
今までだってろくに時間を稼ぐこともできずにいたのだ。これで祝福など使われでもしたら、今度こそ本当に勝ち目がなくなってしまう。
だが、何十人と束になって戦っても勝てなかったのに、今更数人が襲い掛かったところで勝てるわけがなかった。
オズボーンに襲い掛かった軍人たちは軽くあしらわれ、そうして遂にオズボーンの祝福の詠唱が完成してしまった。
その直後、オズボーンは頭上に複雑な文様を描いた光の輪が浮かべ、全身に光を纏った鎧姿の騎士となった。
更にはそのそばには同じく鎧をまとった馬が存在しており、その馬にまたがればまさに物語に出てくるような騎士と言える姿になるだろう。
味方であれば神々しく、頼りになる素晴らしい姿ではあるが、今の状況ではレイチェル達にとっては悪夢以外の何物でもない。
「祝福……」
「ええ、その通りです。これが私が神より与えられた祝福です。略式ではありますが、彼らにはこれで十分でしょう」
そう言いながらオズボーンはいまだに立ちはだかる軍人たちに向かって、持っていた剣を振り上げた。
その動作はゆっくりしており、逃げようと思えば逃げられるものだ。だが、そのあまりの威圧感から、軍人たちは逃げることどころか指一つ、視線一つ動かすこともできず、ただ自分に向かって振り上げられた剣を見ていることしかできなかった。
「や––––やめて!」
軍人たちに向かって剣が振り下ろされる。
そんな未来を幻視下レイチェルはオズボーンの凶行を止めようと必死に叫ぶが、今更オズボーンはその程度で止まるつもりはない。故に、その結果は変わることはない。––––はずだった。
「––––祝福のことを呪いって言うところは気が合うな。俺もそう思うよ」
そんな声と共に、軍人たちに向かって振り下ろされた剣の間に半透明の腕が割り込んできた。腕は短剣を持っており、それをもってしてオズボーンの剣を受け止めている。
「これはっ……!」
その腕を知っている。その能力の主を知っている。
ここにいるはずがない、けれどここに来てもおかしくない人物を知っている。
彼ならば、と期待と希望を胸に、レイチェルは腕の伸びてきた方向へと振り向いた。
そしてレイチェルが振り向いた先には、彼女が望んだとおり、どこかとぼけた表情をし、けだるそうな態度を見せている『英雄』の姿があった。
——◆◇◆◇——
割と間一髪って感じだったか? ……いや、もう色々とやられた後か。間に合ったのはあの男の人だけで、他に倒れてる人がいるんだから間に合ったなんて言ってられないな。
ただ、一応レイチェルを助けるって意味では間に合ってるから、まあまだ最悪ではないか。
「腕……? ……あなたはどなたでしょう? できることならばあまり立ち入ってもらいたくはないのですが」
「俺だって他所様の事情に深入りなんてしたくないさ。でも、知り合いが必死になってるんだ。だったら見て見ぬふりはできないだろ」
なんともかっこいい鎧の騎士様だな。場所やレイチェルの立場から考えると、一見しただけでは味方に思えるけど、周りの状況を見れば明らかに味方でないことがわかる。
こいつが今回の親玉かはわからないけど、少なくとも敵の将軍首であるのは間違いないだろうし、俺が戦うべき相手であることも間違いない。なんとも分かりやすいことだが、下手に複雑なよりも単純でわかりやすいならその方が良い。
「知り合い? ……ああ、姫様の学友の方ですか。こちらに来たのですね」
「来ちゃ悪かったか?」
「私としては来ないでいただきたかったというのが本音ですが、結果としてはどちらでも変わらなかったでしょう。ですので、どちらでもよかったのでは?」
「どっちも変わんない?」
「ええ。こういっては失礼ではありますが、所詮は学生一人が加わったところで大した違いはありませんので」
まあ、こいつからしたらそうだろうな。俺は魔物と戦う戦士を育てる学校の生徒とは言っても所詮は学生で、向こうは戦闘を生業としてきたんだ。俺以上に訓練をしてきただろうし、実戦を積んできただろう。
油断はしていないだろうけど、それでも侮りが混じるのはある意味当然のことだろうな。
「それは、これを見ても同じことを言えるか? ––––〈再演〉」
そう言って祝福を起動させてやると、鎧騎士はその瞬間驚いたようにその場を飛びのいて距離をとった。
何かをしたわけではないけど、俺が『祝福者』だと理解していろいろと警戒した結果だろう。
「ッ! ……そうですか。あなたが例の『祝福者』のようですね」
「例の、かどうかは分からないけど、まあお前と同じで神様に呪われた『祝福者』だよ」
「呪い……ということは、あなたも祝福のせいで苦しんでいると?」
「そうだな。多分、お前なんかよりもよっぽど苦しんでるし、恨んでるよ」
祝福のことを呪いと言っているのだし、こんな状況でもなければこの男とはそれなりに仲良くなれそうな気はする。
けど、どっちがより不幸で、どっちがより祝福を恨んでいるのかと言ったら、俺の方が上だ。ここだけは譲れないし、譲るまでもない事実だ。
「私よりも、ですか。……私の事情も知らずに、よくそのようなことが言えますね」
「言えるさ。だって、〝お前は願いをかなえた〟んだろ? その果てがどうであれ、祝福を得た時にはたしかに願いは叶ったはずだ」
そうだ。こいつの祝福の形を見ていれば分かるさ。こいつはちゃんと願いをかなえたんだってな。願いをかなえて、そのうえで何か自身の望まない不幸があったんだろうな。
でも、言ってしまえばそれだけだ。
祝福なんて素晴らしい能力を得て自分の願いを叶えたっていうのに、どこに不満があるんだ?
願いをかなえた後に何か問題が出て〝願い〟が邪魔になったかもしれないけど、それは後になってから状況が変わったからだろ? そんな状況の変化で人の心境が変わることや自身の置かれている立場や状況の変化なんてのはだれにだってあるふつうのことだ。そんなの、不幸でもなんでもない。ごくごく当たり前のことでしかないんだ。
「……あなたは違うと? 祝福を得たのに?」
「まあな。でも……」
どんな能力であれ、どんな結果であれ、どんな変化が訪れたのであれ、最初に願いを叶えてもらった事実は変わらない。
でも、俺は願いが叶わなかった。叶えてもらうことができなかった。
ほら、俺に比べればだいぶ幸せだろ?
「そんなことは他人に話すことでもないだろ。敵同士となれば、猶更な」
「それもそうですね。ですが、最後にもう一度お聞きします。本当に退いてくださらないのですか?」
「悪いけど、呪いがあるんでな」
誰かを助けたい、なんて願いがあるんだ。それに、自分の意思でここまで来たんだし、今更ここから逃げ出すなんてことをするわけがない。