変わってしまった願い
レイチェルの言葉にオズボーンはわずかに眉を顰め考え込む様子を見せた。
「迷いは……ええ、あるでしょう。ですが、そうだとしても私は止まるつもりはありません。すくなくとも、復讐を果たすまでは」
だが、考え始めてからすぐに頭を左右に振った。それはまるで自身の迷いを振り払うかのようにも見えた。
そしてオズボーンは一度深呼吸をすると、その直後に何かに気づいたようにフッと小さく笑みを浮かべた。
「ああ、きっと私は知ってほしいんでしょう。あなた方王族に、自身の行った結果を」
そうして、自分が無駄に時間を使ってまで話をした理由を語った。
「そのために、このようなことをしたのですか?」
「あなたの苦しみを理解できるとは言いません。私達が原因というのも本当なのかもしれません。ですが、そのために多くの国民を巻き込んで騒動を起こすのが、あなたのやり方なのですか?」
レイチェルに言われたことで、オズボーンはわずかに悲し気に表情を歪めて彼女の問いかけに答える。
「私としても、このようなことをするのは心苦しく思います。ですが、最終的にこうしたほうが被害は減ると判断したから彼らの手を取ったまでです」
「彼ら……?」
「クリフォトですよ。ご存じでしょう?」
クリフォト。それはスキルや祝福を用いて犯罪行為を行う魔人たちの集まり。
彼らの目的は、魔物が溢れ、人類が滅ぶことが神の意思なのだから人間は素直に死んでおけ、というものだ。
もっとも、中には人類を滅ぼすことではなく、ただ犯罪行為をするのにちょうどいい後ろ盾だから所属している、という者もいるが。
だがそれでも、元はこの国の騎士であり、手段は到底認められるものではないが、この国を想っている気持ちはそのままであるはずのオズボーンがそんな犯罪者集団と手を組んでいるだなんて思いもしなかったレイチェルは、驚きに目を丸くした。
「まさかっ! ……一人ではないとは分かっていましたが、まさかクリフォトと手を組むだなんて……それがどういう結果を齎すのか理解しているのですか?」
仮にオズボーンの願いが叶って王族と上層部を皆殺しにしたとしよう。その場合、手を貸したクリフォトは必ずこの国に手を出してくるだろう。その先に待っているのはクリフォトによる混乱か、あるいは彼らの拠点としていいように使われることになるのか……
どちらにしても、この国のため、とは言えない状況になるだろう。
「ええ。確かに、今は多くの国民が傷つくことになるでしょう。ですが、私はクリフォトとのつながりを作ることができました。この国の敵である王族を排除した後、クリフォトの手綱を握ることができていれば、野放しにしておくよりもよほどこの国の被害は減ることになるはずです」
そんな考えも、まるっきり間違っているというわけではないのだろう。
確かに何をするのかわからない犯罪者たちよりも、ある程度でも方向性を決めることができている状況の方が管理をする上では楽だろう。昔の海賊と私掠船のようなものだ。
「彼らは犯罪者です。そう簡単に操ることができるとは思えません」
だが、それでもレイチェルはオズボーンの考えを否定する。
「それならそれで構いません。その時は、彼らは〝この国の敵〟になるのですから。敵は倒す。その為に私は命を懸けて戦いましょう。簡単な話ではありませんか?」
「あなたはっ……! それほどまでに、変わってしまったのですね」
祖国の敵を倒す。確かにその願いだけは変わっていない。だが決定的に変わってしまっているのだと改めて理解し、レイチェルは悲し気に眉を寄せた。
「変わってなどいませんよ。変わるわけがない。私は『祝福者』なのです。私の〝願い〟は生涯変わることなく私の中心に存在し続けるのですから。もし変わっていると感じたのであれば、それはあなた方の行いのせいだ」
そう。『祝福者』であるオズボーンの願いは変わらない。変わるはずがない。神にそうあれと定められてしまったのだから。そういう人生しか歩めないように変えられてしまったのだから。
だから、変わったのだとしたらその願いの方向性。
祖国を守るために国に忠誠を誓った騎士ではなく、祖国を守るために害をもたらす全てを殺す化け物。彼はそう変わってしまった。
「あなた方、と言っても姫様ご自身はかかわっておられないのでしょう。ですが、申し訳ありませんが死んでいただきます」
ただ、いくら化け物に変わったとしても、レイチェルが何の罪もないことは理解している。自分の家族を殺した謀にはかかわっておらず、彼女自身はむしろ家族の死を悲しんでさえいた。普段の行いも、彼女に与えられた『聖女』という名前に相応しいほどに献身的に国民を救ってきた。
でも、王族である。今のオズボーンにとってはそれだけで彼女のことを殺す理由になり得た。
故に、オズボーンは話は終わりだとでも言うかのようにレイチェルへと一歩足を踏み出した。彼女を殺すために。
だが、やはり今まで長々と話をしていたのがいけなかったのだろう。いつの間にやら駆けつけていた陸軍がレイチェルとオズボーンの間に割り込み、オズボーンの歩みを止めた。
「……あなた方は私の標的ではありません。元は共に国を守っていた仲間ですから、できることならば殺したくはないのです。退いてはいただけませんか?」
「黙れ裏切者! 王族の方々を狙うのであれば、お前は騎士ではなくただの賊だ!」
「そうですか……残念ではありますが、仕方ありませんね」
陸軍は道を開けるつもりはなく、オズボーンは投降する気がないとなれば、その後に起こることなど決まっている。
最初に動いたのは陸軍だった。将官の男性の合図と同時にその場にいた全員がオズボーンに向かって銃を撃った。
単発ではなく絶え間なく吐き出される銃弾の雨を受ければ、大抵の者は抵抗する間もなく死んでしまうだろう。そしてそれは、能力次第では『祝福者』とて同じだ。実際、誠司が同じような攻撃を喰らったら、いくら『手』で防いだとしても良くて満身創痍といったものだろう。
だが、この場合は相性が悪すぎた。
オズボーンは元騎士であり、願いは国を守ること。つまり、戦いのための能力を得ているのだ。誠司のような戦闘にも使える能力ではなく、本当に戦うためだけの能力を。
その結果は、御覧の通りだ。
銃弾はまるでオズボーンの体の表面を滑るかのように進路を変えて後ろに流れていっている。今はオズボーンの後ろには誰もいないからいいが、もし誰かいたのならそちらに被害が出ていただろう。
だが、効かないと理解したのだろう。上官の合図によって銃撃は止み、代わりに剣や槍という原始的な武器を持った軍人たちがオズボーンへとめがけて走り出した。
彼らは『祝福者』ではないが、スキルは持っている。銃弾が効かないのであれば、スキルを使って戦うしかない。そう判断した結果だ。
「レイチェル様! 今のうちです。お逃げください!」
「待ってください。私も力になれます。私の癒しがあれば……!」
確かに、レイチェルの『治癒』のスキルがあれば長い時間戦うことができるだろう。即死さえしなければ延々と治り続け、戦い続けることができる不死身の軍隊。
だが……
「元より勝てるとは思っておりません。我々全員が束になったところで、時間を稼ぐのがせいぜいでしょう。ですから、その間にレイチェル様は他の者達と合流してください!」
戦闘に特化した『祝福者』というのはそれほど厄介な存在なのだ。スキルを使えるからと戦ったところで勝ち目はなく、集団で襲い掛かったとしても結果は変わらない。できることと言ったら、精々時間稼ぎくらいなものだろう。そして、そのことは戦闘の専門家である軍人はよく知っている。
だからこそ、レイチェルだけは逃がすことにした。
「できません! そんなことをしたらあなた方はっ––––」
だが、誰かを救いたいという願いをもってスキルを得たレイチェルからすれば、助けられるかもしれない人を我が身可愛さで見捨てるなんてことは認められないことだ。
だから反論しようとしたのだが、その言葉を最後まで紡ぐことはできなかった。
「ぐおっ!」
「切迫した状況での問答は、自身の勝率を下げる行いでしかありませんよ、姫様」
「サー・オズボーンッ……」
見れば、さきほどまでオズボーンと戦っていた軍人たちは皆地面に倒れ伏し、レイチェルのそばでレイチェルのことを逃がそうとしている者達が残っているだけとなった。




