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レイチェルと騎士

「––––ん! 騒いでる声が聞こえる!」

「騒いでるって、そこらへんで聞こえてる奴じゃなくて……」

「戦ってる感じのやつ」


 しばらく街の中を走っていると、瞳子が突然そう言いだした。俺には聞こえないが、俺よりも圧倒的に聴力の良い瞳子には聞こえたのだろう。


 聞こえたってことはこっちで合っているってことかと安堵すると同時に、少しだけ後悔や不安もある。


「結局間に合わなかったのか」


 そう。戦ってる音が聞こえてくるってことは、すでにレイチェルが敵に襲われてしまっているってことなんだから。


「とにかく急がないと!」


 もう何かが起きているのは確実だが、せめて最悪の事態になる前にたどり着けるようにと、レイチェルと合流すべく全力で走りだした。


 ——◆◇◆◇——

「これでおしまいです、姫様」


 レイチェルは部活動の皆と分かれた後、王族としての立場を使って保護してもらおうと、護衛の生徒達と共に王宮へと向かっていた。


 その道中で瓦礫や火災から逃げ惑う市民たちを見て手を伸ばしたくなったが、今自分が寄り添ったところで何か役に立てるのかと言ったらそんなことはないのだと思い返し、唇を嚙みながらも王宮へと走り続けた。


 そうしてようやく王宮についたレイチェルだったが、そこに待っていたのは門を守っている衛士ではなく、一人の騎士だった。


 だがその騎士はどういうわけか、倒れている衛士たちを見降ろしながらも助ける様子を見せず、それどころかレイチェルに攻撃を仕掛けだした。


 その攻撃によってレイチェルを守るべく動いた護衛の生徒達は騎士の攻撃をまともに受けてしまい、血まみれになりながら倒れ伏すことになった。


 残っているのは騎士とレイチェルの二人だけ。

 そんな二人は目を逸らすことなく向かい合っている。片や暗く冷たい目をし、片や悔しさと困惑の混ざった眼差しを向けながら。


「なぜですか……なぜこの国の騎士だったあなたがこのようなことをっ」


 レイチェルの前に立っている騎士の男は、オズボーン。以前はこの国の騎士に叙勲されており、レイチェルとも面識のあった『祝福者』だ。

 だからこそ、レイチェルにはわからなかった。どうして彼がこのようなことをしでかしたのか。どうして今自分と敵対しているのかが。


 だがオズボーンはレイチェルの問いかけを聞いて一度鼻で笑ってから話し始めた。


「それは、本気で聞いているのですか? 『祝福者』だからと国に縛り、家族を人質にとった挙句にその家族すらも見殺しにしたあなた方が! なぜと、本気でそう聞いているのですか!」

「人質……?」


 なんのことだかレイチェルにはまったくもって理解できない。だが、少なくともオズボーンは本気で言っていることは理解できたため、余計に何があったのかわからず混乱することとなった。


 その様子を見て、オズボーンはどこか安心するような表情を浮かべてから答えた。


「……ああ、その様子だとあなたはご存じないようですね。ですが、そうだとしても私は止まるつもりはありません。いえ、もう既に私一人が止まったところで何も変わらないでしょう」

「待ってください! 人質とは何ですか? 見殺しとはいったい……」

「……いいでしょう。せっかくです。知らずに死んでいくのは納得できないでしょうから話して差し上げます」


 どんな気まぐれなのか、テロを起こしている最中であるはずのオズボーンは急ぐことなく話し始めた。


「とはいえ、簡単な話です。私は『祝福者』となってもなお国に仕えるつもりでした。むしろ、そのために『祝福者』となったとさえ言えます。祖国の敵を倒す。それが私の願いでしたから。ですが、私が『祝福者』となったことを知った国は、私が国を裏切ることができないように家族を人質に取り、強引に契約を結ばせました。それでも、『祝福者』という戦力を野放しにしておくことはできない、安全を考えれば仕方のないことだと納得することはできました」


『祝福者』を手元に置いておくために強引に契約を迫る国は少なくはない。誠司だってそうして契約を結ぶことになったのだから。オズボーンも数いるうちの一人というだけのことだ。

 ただ、オズボーンの場合はその願いが自身の国のためというのもあって、国と契約して国に縛られるというのは大した問題ではなかったのが幸いか。


「ただし私は、その契約結ぶ対価として、家族だけは守ってほしい。贅沢な暮らしは望まないから、今まで通り普通に暮らさせてほしい。そして、私が任務で戦場に赴くときは家族を保護してほしいと、それだけを願ったのです。その願いは受け入れられました。国にとって、『祝福者』という戦力を引き留めることができるのなら大した手間でもないのですから当然でしょう。ですが……」


 だが、状況は一転した。


「とある戦場から帰った後、私の家族は……妻と娘は、死んでいました。EUに恨みを持っている者達によるテロが原因でした」


『祝福者』として活動しているオズボーンは国から求められればどんな戦場にでも向かわなくてはならないし、実際に向かっていた。事はその最中、オズボーンが家を離れている時に起こった。


「保護してくれると、そう約束したはずだ。そう陛下に問いました。ですが……はっ。その時の釈明は、それは素晴らしいものでしたよ。素晴らしすぎて、言葉も出なかったほどに」


 素晴らしい、などと口にしているが、それが皮肉であることは誰からも分かる。話を聞いていたレイチェルも、その皮肉に対して疑念と不快さを混ぜた表情を浮かべている。


「その後に知ったことですが、あれは単なるテロではなく陛下もかかわっていた計画的な事だったようです」

「そん、な……いえ、ですがなぜ陛下がそのようなことを!」


 陛下……つまりは自身の親が暴挙を行ったと言われ、レイチェルは驚くしかない。思わず声を

 荒らげてしまった。


「それは分かりません。ただ、私にとってはその理由などどうでもいいことです。裏切られたという結果は変わらないのですから」


 この国の王としても、何か理由はあったのだろう。そしてそれは国を守るために必要な事だったのかもしれない。そんなことはオズボーンとて理解している。

 だが、理解していたとしても、それを納得できるのかは別問題だ。そして、オズボーンはそんな行動に納得することはできなかった。


「私の願いは変わらない。これは祝福ではなく呪いですから。この願いだけは変わることはありません」


 オズボーンの願いは〝祖国を守る〟だ。だから、国を潰すような、国に敵対するようなことはできない。


 しかしそれでは今の状況に説明がつかない。なにせ、彼は今まさに、この国に敵対し、この国の王女の前に立ちはだかっているのだから。


「私は変わらずにこの国を愛している。この国のために敵を倒すという願い、それ自体は変わりません。ですが、その〝敵〟とは誰を差すのでしょうか? 魔物? それとも魔人ですか? 私の考えたこの国の敵とは、国のために尽くした者を裏切り、大事な者ごと殺すことを容認した上層部であり––––王族です」


 レイチェルの記憶の中にある彼の姿と今の姿は全く同じである。だが、その口から吐き出される言葉は真逆と言っていいほど違っていて、レイチェルにとってはそれが不気味で、悲しかった。


「––––と、ここまで話しましたが、なぜこのような無駄なことをしたのでしょうね。結局殺すというのに」


 確かに、それはレイチェルも不思議に思った。今の話は自分から聞き始めたことではあるが、オズボーンは別に答える必要などなかったのだ。むしろ、答えない方が良かったとさえ言える。

 なにせ今の彼はテロの最中だ。こんなところで悠長に話をしているよりも、レイチェルが目的なのであれば手早く殺せばいいだけの話だ。

 仮に殺すのではなく攫うのだとしても、攫ってから話をすればそれでよかった。


 にもかかわらず、オズボーンはレイチェルを攻撃するでも拘束するでもなく、ただ向かい合って話をしていた。その理由が、まったくもって分からない。


 だが、確実ではないけれど、それでも可能性として思い浮かんだことがレイチェルにはあった。それは……


「……未だ自身の行いに迷いや後悔があるのではありませんか?」


 その言葉はオズボーンがわざわざ話をした理由の説明としては十分可能性があるものだ。

 だがそれ以上に、そうであってほしいというレイチェルの願いがこもっているものだった。


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