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レイチェルを探して

 ——◆◇◆◇——


「せいっち! 待ってよ!」

「瞳子? ……来たのか」


 あいつらのところから離れた時は俺一人だったけど、どうやらこっちについてくることにしたようでホテルを出る辺りで瞳子が合流してきた。


「ったり前じゃん。あっちに残っても空気地獄だったし」

「それは……悪いな」


 こんな状況になって混乱しているところで仲間であるはずのレイチェルを追い出した。それだけでも不信感が湧くだろうに、それに加えて、自分達も狙われている可能性があると理解したところで、最高戦力である俺まで消えたんだ。しかも、自分たちの行いのせいで。そうなったら、誰が悪いのか責任の追及……いや、押し付け合いが始まるだろうな。

 控えめに言って最悪の空気だろうな。


「いーってば。冗談じゃん。それよりも……せいっちの方が心配だったし」


 そう言いながら俺の顔を確認する様にのぞき込んできた瞳子の表情は、本人が言ったように本当に俺のことを心配しているのであろうものだった。


 あんな奴らだけじゃなく、こうして心配してくれる人がいるってことを理解して、少しだけ心が救われる。


「俺なら大丈夫だって。敵が襲ってきても問題なく対処できるよ」

「そっちは心配してないって。うちより強いのに心配して追いかけるとかないっしょ。だからそっちじゃなくってさ……さっき言われた事の方」

「……まあ、あの手の話はいつものことだからな。国のお偉いさんたちからも同じようなことを言われてきたから、今更だ」


 今までだって同じようなことはあった。スキルを生み出すために協力を求められた時も、『祝福者』としての能力を確認するために魔物の生息地に放り込まれたときも、緊急時だからとこちらの意見を聞かずに強引に魔物の群れの前に立たされた時も、『祝福者』だからと酒を飲みながら椅子にふんぞり返っているお偉いさんと話すことになった時も、いつもいつも同じようなことを言われてきた。

 だから、今更だ。今更あの程度言われたところで、何の問題もない。今回叫んでしまったのは、多分同じ部活の仲間だと思っていた相手から言われたせいだろう。


「いまさらって……そうやって言われながら助けてきたわけ?」

「契約だからな。国から命令されたらやるしかないだろ」


 俺はそういう契約を国と結んでいるんだから仕方ない。『祝福者』として、国に危機が及んだ際は助けるために戦わなくてはならない。

 他にも、上層部の命令があればそれに従う必要がある。

 だから、どんなに命の危険があろうとも、俺達はそれをこなすしかなかった。


 その代わり、祈のことに関して手を貸してもらえたし、望めば大体のものは手に入る生活だった。金だってたくさんもらったな。


 もっとも、〝普通〟に行きたい俺としてはそんな特権なんていらなかったけど。


「何それ。酷くない?」

「自分でも破棄したいとは思ってるけど、そういう契約を結んだんだから仕方ないさ」

「破棄できないわけ? 普通はできるでしょ。何かしらのペナルティあるかもしんないけど」

「できないだろうな。法律がどうのってわけじゃなく、そんなことを国が認めないって意味でさ。何かにつけていいわけをして不備を作って時間を稼いで、そうして結局契約の破棄を却下されるんだ」


 実際、そうされたことがある。国も裁判所も警察も、全部が敵なんだ。破棄なんてできるわけがなかった。

 その時に理解した。あいつらは俺達を利用するだけするつもりなんだってな。

 それ以来、いろいろと諦めたもんだ。たとえば、誰かに期待することとかな。


「まあ今は多少マシになったし、かなり自由にさせてもらってるんだ。最悪、本当に嫌になったら国を出ていけばそれでおしまいなんだから気にする必要なんてないさ」


 先輩に出会って以来、ただ利用されるだけの子供だった俺の生活は少しずつ変わった。今にして思えば、先輩が何かしてくれたんだろう。あの人、絵を描くこと以外に興味はないって言ってるし、基本的に怠け者で役立たずだけど、情に厚いところもあるってことは知っているからな。


 後は、神在月も何かしたかもしれない。天満と最初にあった時に不愉快そうな表情をしてたし。


 ただまあ、今はそんな昔のことを思い出して懐かしんでいる場合じゃない。


「それよりも、今は聖女様を探さないとな」

「……どっか探す当てとかあるわけ?」

「ないこともないけど、あてずっぽうだな」


 レイチェルに発信機でもついてるんだったら別だろうけど、そんなものはないし走り回って探すしかない。

 当てがあるとしたら、人がたくさんいる場所で治療をしているか、人気のない場所に行ってこれ以上被害を出さないようにしているか。あるいは宮殿に行って保護してもらうか。


 色々あるけど、多分宮殿だろうな。


「さっき誰かが言ってたけど、宮殿に行くんじゃないか? このあたりだとあそこが一番安全だろ」

「あー、たしかに。王女様だもんね。でも宮殿なんていってもうちらが会えるの?」


 普通は無理だろうけど、今は状況が状況だ。レイチェルの同級生だから手を貸しに来たと『祝福者』である俺が言えば、多少の無茶は通すことができると思う。


「『祝福者』で同級生だっていえば何とかなるんじゃないか? ならなくても、それはそれでいいさ。保護してもらったんだったら安全は確保できたってことなんだから」


 とにかく、いってみなければ状況なんて何もわからないし、手の打ちようもないんだ。今はできる限り早くレイチェルに合流できるように必死になって足を動かすしかない。


 ——◆◇◆◇——


「––––クソッ」


 レイチェルを探すために走り続けるが、ロンドンの街中を駆け抜けていくと嫌でも見たくないものが目に映ってしまう。

 それだけでも嫌な気持になるっていうのに、それを助けることができない状況も相まってつい舌打ちをしてしまった。


「せいっち、どうかしたの?」

「……いや、何でもない。ただちょっと、かなり被害が出てると思っただけだ」

「……そうかもね。こんなことがあっちこっちで起こってるんだから、被害も相当でてるんじゃないかな」


 走りながら周囲に視線を巡らせれば、今のロンドンの街の状況が嫌でも理解できる。

 建物は崩れ、火災が起き、人々が逃げまどっている。

 それはまるで〝あの時〟の光景のようで、それを助けずにいることに苛立ちや焦りが生まれてくる。


「やっぱり、せいっちは助けたい?」

「……助けたくない、わけじゃないけど、今はこっちの方が先だ。レイチェルを助けることで将来的にはもっと多くの人を救えるはずだし、それに、知らない他人よりも知ってる奴を助けたいと思うもんだろ。『英雄』としては間違ってるかもしれないけどな」


 心境的には今からでも瓦礫をどかし、人々を助けたいと思っている。だって俺の〝願い〟はそれで、俺の能力はそうするためにあるんだから。


 でも、そうするわけにはいかない。今俺が助けに行けば目の前の人たちはたすけることができるかもしれない。でも、レイチェルは助けられない。

 人の命に優劣はない。けど、その人の立場に優劣はある。

 目の前の数人を助けるよりも、レイチェルが生き残ることの方が結果的により多くの人を助けることができる。

 だから、今は助けずに進むのが正しい事なんだ。たとえそれが『英雄』らしからぬ行動だとしても。


「いいんじゃない? べつにさ。せいっちは『英雄』なんてものになったつもりないんでしょ? 周りがそう呼んでるだけなんだったら、好きにすればいいじゃん」

「……そうかもな」


 助けないと決めたのは自分だ。この行動は誰かから非難されようと変えるつもりはない。

 でも、いいんだと言ってもらえるたことで心が軽くなったのは確かだ。


「––––ん! 騒いでる声が聞こえる!」


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