英雄なんかじゃない
「俺は『英雄』なんかじゃねえっ!!」
突然俺が叫んだことで、その場にいた生徒全員が驚いたように目を丸くしている。
だが、そうだ。俺は『英雄』なんかじゃない。『英雄』になりたかったわけじゃないし、そう名乗ったこともない。ただ押し付けられた役割をこなしていたら周りが勝手に呼んだだけだ。
そんな俺にすべてを任せようと……いや、押し付けようとする生徒達に、感情が抑えられなかった。
だから、本来なら言わなくてもいいことを言ってしまった。
「それに、喜んでいるところ悪いけど、今回の件はお前達だって標的になってる可能性が高いんだぞ」
そう。今回の襲撃だが、レイチェルが狙いなのは確かだろうけど、それ以外にもここにいる生徒達全員が標的の可能性だって十分考えられることだ。
実際、これまでクリフォトの連中は将来の敵候補を事前に潰しておこう、ってことで学生たちも狙ってきたんだから。この機に乗じて狙ってくることもあり得るだろう。
でも、やっぱり本来ならこんなことは言う必要はなかったことだし、俺だっていうつもりはなかった。それでも言ってしまったのは、俺がこの場を離れるから危機感を持ってもらいたかったのと、何よりもレイチェル一人を追い出したことで自分たちは安全圏にいるんだと笑っているこいつらがムカついたから。
「は……? いや、でも聖女様を狙ってたんだろ? じゃあ俺達関係ないじゃないか!」
「こういう大きな作戦をするときは一つのメインとなる目標といくつかのサブの目標があるもんだ。聖女を殺すのがメインの目標だとしたら……」
努力目標というか、できたらやっておきましょうってやつ。せっかく大事にするんだから、できる限り自分たちにとって都合のいい状況を作ろうとするのは当然の事だろ。
「その周りにいる学生を殺すのがもう一つの目標だろうよ」
「な、なんでだよ! 俺達何も特別なことなんてないだろ!」
「何言ってんだよ。特別なことはあるだろ。なあ、悪者と戦うことができる能力の持ち主達」
特別なんかじゃない、なんてことはない。あの学園に通ってスキルを使えるようになっている時点で十分特別だよ。
「いまは学生なんだとしても、いつか自分たちの邪魔になるかもしれない英雄の卵だ。なんだったら今の時点でもそれなりに戦うことができるし、場合によっては邪魔になる。そんな奴ら、殺せるときに殺しておいた方がいいだろ?」
俺達が学園で教わっているのは、人間の住む領域を奪った魔物を退治する方法と、スキルや祝福を使って悪さをする魔人を退治する方法だ。魔物はともかく、魔人を退治する戦力が増えると当然ながら魔人たちは困ることになる。犯罪者たちにとって警察が増えるようなもんだからな。
だから、そうなる前に早いうちから芽を摘んでおこうと考えるのは当たり前のことだ。
というか、今までだって教わってきたことだろ。魔人を倒す存在である以上、魔人たちから狙われることもあるのだからよく備えておけ、ってさ。それは何も学園を卒業した後の話しだけじゃないんだぞ。
「聖女がいれば怪我をしても治してもらえたから襲われても生き残りやすかっただろうし、時間が経てばこの国の警備だって集まって自分たちのことを守ってくれたかもしれないのにな」
俺達の最適解は、レイチェルを追い出したりなんてしないで全員で合流してまとまっていることだった。
その後はゲートを目指して帰還するか、それとも警察や軍を頼って保護してもらうか、あるいは王宮に向かうなんて方法もあったけど、最後の王宮に関することはレイチェルがいないとどうしようもない。
王宮に行かなかったとしても、レイチェルというお姫様がいることで、この国の戦力はレイチェルと、彼女の仲間であるこいつらを守るために戦っただろう。
けど、それはもうなくなった。だって、もうここにはレイチェルはいないんだから。
こいつらは、自分たちの安全のための選択肢を自分たちで減らしたのだ。
「そ、そんな……」
「俺はあいつを追う。もう部長の部屋も目の前だろ。後は勝手にしろ」
ここまで来たことで、一応旅行クラブのメンツはだいたいが合流することができたことになる。
中にはホテル内をうろついてたりして合流できていない生徒もいるだろうけど、大半が集まっているんだから、今後の行動を決めることはできるはずだ。
だから、俺が手を貸すのもここまででいいだろう。
それに、助けるんだったらレイチェルを助ける。感情的にもだが、戦力的な話でもあいつの方を助けるべきだからな。
だって、ここにはスキルを使える戦力が何十人といるんだぞ? それに対してレイチェルの方はたった数人しかいない。ほら、どっちを助けるかなんてかんたんなことだろ?
「なっ! そ、そんなの無責任だろ! お前の指示でここまで来たんだぞ! それに『祝福者』なんだったら俺達を守る義務があるだろ!」
先ほど俺は『英雄』なんかじゃないんだって教えてやったばかりなのに、それなのにまだ言い募ってきた。
こんな状況で、さっき教えてやったのにまだそんなふざけたことを口にしている阿呆共に苛立ちが限界を超えた。
先程の比じゃない。あれは本当にほんの少しだけ感情が漏れただけだったけど、今回は違う。本当にキレた。
「うるせえよ! 俺はなっ……俺はお前らみたいなろくでなしを助けたくてあの時必死になってたわけじゃないんだよ! 自分を守るための力があるにもかかわらず、なんで何もできなかったガキよりもみっともなく騒いでるんだよ。そんなに危険な目にあいたくないんだったら、なんで学園なんて入ったんだよ。自分たちは特別な存在だって勘違いでもしてたのか? 自分なら戦える、怖いことなんて何もない、危険な目に遭うはずがないんだなんてくだらないことでも考えてたのか? バカがっ。そんなわけねえだろ!」
––––やっぱり、人助けなんてくだらないよ。だってそうだろ? こんな奴らを守らなくちゃいけないんだぞ? そりゃあ人間全員がこいつらみたいなのじゃないとわかってるし、人助けが美しい行いだってのは理解してるさ。
でも、その助ける対象がこんな奴らなんだと思うと、人助けという行為の全てが途端にくだらないもの、ろくでもないものに思えてくる。
しかも、その助ける人物が俺みたいな強迫観念で助けている奴なんだから、そこには美しさなんてかけらもない。助ける側も助けられる側も、どちらもろくでもないんだったらその人助けという行為もくだらない作業でしかない。
あの学園は入学する前に危険なことがあることも、その危険に立ち向かうこともあると明言されていたし、それによって死傷する可能性もちゃんと伝えてあった。
それでもこいつらはみんな入学してきたんだ。だったら、今更になって文句なんて言うなよ。覚悟ができていないなんてふざけたこと抜かしてんじゃねえよ。
「なあ先輩達よお。あんたらみっともなくねえのかよ。俺は学園に入ったばっかの一年だぞ? それなのに、そんな奴に頼って、縋って……あんたたちは学園でなに学んできたんだよ」
「でも……お前は『祝福者』じゃないか。俺達みたいな普通の奴とは違うだろ!」
「そうかもな。ああ、そうだろうよ。俺だって、あんたらみたいな臆病者と同じだとは思いたくねえよ! 力があるくせに、自分の命が大事で他人を蹴落として生き残ろうとするみじめな奴にはなりたくねえからな!」
吐き捨てるようにそれだけ言うと、俺はそれ以降かけられた声をすべて無視してレイチェルを追いかけるために走り出した。