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〝俺達を助けてくれ〟

 

「ですから、皆さんにはご迷惑をおかけして申し訳ありません」


 レイチェルはそう言って謝罪を口にしたが、そんな必要なんてどこにもないはずだ。


「そんな謝罪は後でしてくれよ。今みたいな状況ですることじゃないだろ」

「ってか、謝る必要なくない? 襲ってくる方が悪いんだし、襲われる側が謝ることじゃないじゃん」

「ありがとうございます。ですが、事が終わった際には必ず皆さんに相応の謝罪とお礼をさせていただきます」


 まったく、本当にまじめだよな。お礼なんてもらうようなことしてるわけじゃないし、謝罪も期待してるわけじゃない。

 そもそもの話、多分だけどレイチェルだけが狙いってわけでもないだろうしな。


 ただまあ、そんなことを言っても、この国で事が起こったのは事実なんだし、この国の王族であるレイチェルが事件を防げなかったことに対する申し訳なさを感じるのは仕方ないことなのかもしれない。


 だから謝りたいって言うんだったらすきにすればいいし、他の生徒はどうするか分からないけど、少なくとも俺はその謝罪を受け取るつもりだ。


 ただし、それは今すべきことじゃない。


「そこらへんは隙にしたらいいさ。終わった後ならな。それよりも、この後はどうする? というよりも、どう来ると思う?」

「おそらくは、今起こっている騒動はそのほとんどが陽動ではないかと思います」

「陽動? それじゃあ、もう少ししたら敵が襲い掛かってくるってことか?」

「おそらくはそうなる確率が高いのではないかと思っています」


 やっぱり、そうなるか……。

 レイチェルを狙うだけだったら、街中で騒ぎを起こす必要なんてない。だって街を爆破したところでレイチェルは殺せないんだから。

 にもかかわらず街中を爆破して回ってるってことは、その行動にも意味があるってことだ。その意味を考えると、可能性として一番高いのは陽動だろうな。


 そして、もし本当に陽動なんだとしたら、その後には本命の襲撃が待っているはずで––––


「な、なあ。今の話本当なのかよ! これから誰かが襲ってくるって……しかもそれが聖女様のせいだって!」


 と考えながら歩いていると、ちょうど階下––––部長たちがいる階にたどり着いたところで俺達の後ろをついてきていた生徒の一人がそう叫んだ。


 その叫びを聞くなり振り返って叫んだ生徒を睨んだが、そんなことをしても遅い。

 この襲撃が聖女––––レイチェルが原因である可能性を生徒達が知ってしまったことで、生徒達は徐々にざわめきだし、その声は少しずつ大きくなっていった。


「誰かを襲ってくるのは、その襲ってくる奴のせいであって襲われるやつに責任なんてないだろ」

「でも、襲われるのは事実なんだろ!? だったら別行動をするべきなんじゃないのか!」


 そんなふざけた騒ぎを静めるために反論したが、多分誰が犯人とかレイチェルが悪いとか、もう関係ないんだろう。この叫んでいる生徒は、ただなんでもいいから、今の状況に対する理解や安心できる要素が欲しいだけなんだと思う。


 仕方ないといえば仕方ないのかもしれない。楽しい旅行がこんな非常事態になってしまったのだから。でも……


「なあ、佐原。お前は『祝福者』なんだろ? しかも〝誰かを助ける〟なんて願って『祝福者』になったんだ。だったら俺達を助けろよ! 聖女様と別行動すればお前がいれば俺達は大丈夫だよな!?」


 そんなふざけた言葉を吐きつけられたことで、それまでは単なる痛み止まりだった心に、明確に傷が入ったのが理解できた。


 心なんて目には見えないはずなのに、こうもはっきり自覚できるなんて不思議だな。


 不思議とそんなふうに思う余裕さえあったが、きっとこれは余裕なんてものじゃないんだろうな。多分これは、今の俺の状態は、余裕なんかじゃなくて諦めやそれに類する感情によるものなんだと思う。


「……は。どこに行っても言われることは同じなんだな。やっぱり、人間って〝こう〟だよな」


 助けて。助けて。だってあなたは『祝福者』なんだから。『英雄』なんだから。


 俺が『祝福者』となって国の施設に行ったとき、何度も何度も何度も同じような言葉を聞かされ続けた。


 人助けのために。誰かを救うために。これは誇らしい事なんだ。素晴らしい事なんだ。


 だから俺を、私達を––––『助けてくれ』。


 そんな呪いのような言葉を吐きつけられ続けた。その裏で、『祝福者』という道具が増えてよかったと醜悪に笑いながら。


 こいつらだってあいつらと同じだ。自分のために、『祝福者』という道具に頼り、縋りつく。そして、自分のために他人を切り捨て、踏みにじる。


 俺は確かに人を助けたかったし、助けたいと思っている。

 けど、俺が助けたいと思っている人間は〝これ〟なのか? 本当に〝これ〟は人間なのか?


「だって、レイチェル様がねらわれているんでしょ? だったら、ここで分かれてレイチェル様は……ほら、お城で保護してもらうとかすれば大丈夫なはずでしょ! そっちの方が合理的じゃない!」


 叫んだ男子生徒とは別に、その生徒の意見に同意した女子生徒が叫ぶ。そして、そこからはもう止まらない。

 突然廊下が騒がしくなったからだろう。この階に存在している部屋のいくつかから、ドアを開けて顔を出している者が出てきた。


「……これ以上は無理ですね」


 護衛の女子生徒達が騒ぐ者達を宥めようとしているが、それでもなお騒ぎ続けている生徒達を見てレイチェルは小さく息を吐き出した。


 そして、覚悟を決めたような凛々しさを感じる表情で俺のことを見つめ、口を開いた。


「私はこの辺りで別行動をとらせていただきます。ここまでありがとうございました」

「は? あ、おい!」

「お待ちください!」


 軽く頭を下げてそういうなり、レイチェルは護衛達さえも置き去りにしてその場を去っていった。

 護衛の生徒達は去っていったレイチェルのことを慌てて追いかけていったが、そんな様子を見て他の生徒達は「これで大丈夫だ」なんてふざけたことをぬかしながら喜んだ姿を見せた。


 その光景が、なんとも気持ち悪い。


 みんなを助けるために自身の危険を顧みず離れていったレイチェル。

 そんな彼女は普段から「人間は善いもの」だ、というようなことを言っていた。

 でも……なあ。〝これ〟は本当に善いものなのか?


「あいつ……」

「どーすんの?」


 喜んでいる存在とは違い、瞳子だけはレイチェルのことを心配して焦った様子を見せている。

 そんな瞳子の姿を見て、まだ何とか冷静でいられた俺は一つ息を吐き出すと、今の状況やこれからのことを考えていく。


「なあ、佐原。そろそろ先に進まないか? 部長と合流すればもう安全––––」


 そして、考えた末に答えが出た。

 少し迷いもした。レイチェルは自分が原因だと言っていたし、俺もメインはそれで間違いないだろうと思っている。けど、本当にそれだけか? ただレイチェルを狙うだけだったらもっと別の方法だってあったはずだ。それなのにこんな騒ぎを起こしたってことは、ただレイチェルを狙っての陽動って理由以外にも何かあるはずだ。


 そこら辺のことを考えると俺達が分かれるというのはマズい気がする。


 けど、もう別れてしまったのだ。生徒達はレイチェルのことを邪魔者のように思い、レイチェルはその意を汲んで自分達だけで行動することにした。


 どちらも守りたくはあるが俺は一人しかおらず、どちらかを守らなくてはならないとなったら俺が選ぶ方なんて決まっている。


「……追いかける」


 そうだ。たしかに俺はレイチェルのことはあまり好きではない。でもそれは、その行動原理が俺の望んでいる生き方とは相容れないからだ。

 普通に生きたい。誰かを癒していくことに意味なんてない。そんな人生はくだらない。そう思っている俺からすると、レイチェルの生き方は受け入れられないものでしかない。


 でも、言ってしまえばそれだけのことで、むしろその生き方を貫こうとしている姿勢自体は尊敬さえしている。俺はできないしやるつもりもないけど、その道を進むために努力している人を馬鹿にするほど性根が曲がっているわけではない。


 だから、〝こんな奴ら〟よりも俺は誰かのために全力になることができるレイチェルの方を助けたい。


「は……おい! ちょっと待てよ! そしたら俺達はどうするんだよ! なあ、助けろよ!」 お前は『英雄』なんだろ!」


 そう思って歩き出したところで、生徒達の一人……レイチェルを追い出すために最初に声を荒らげた男子生徒が俺の肩を掴みながら叫んだ。


 だが、もう限界だ。その一言で、これまで我慢していた思いが爆発した。


「俺は『英雄』なんかじゃねえっ!!」



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