部活中の異常事態再び
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「おー、おかえり」
部屋に戻ると、既に俺と同室になった部員の一人––––日下が戻っていたようで挨拶をしてきたが、そう言ってきた当の本人はこちらを見ずに窓の外に向けてケータイを構えていた。たぶん夜景でも取っているんだろう。
ただ、それは良いのだが、この部屋は三人部屋だ。もう一人の相馬はどこに行ったのだろうか?
「ああ、ただいま。もう一人はどうしたんだ?」
「あー、あいつ? あいつは彼女と夜のデートだよ。まあデートっつってもホテルの中で適当にぶらついてるだけみたいだけどな」
なるほど。確かに、これだけのホテルとなると建物内だけだったとしても立派なデートになるか。外に出ていった方が楽しいは楽しいのかもしれないけど、このホテル内でだって恋人と一緒にデートとなったら十分楽しいだろうな。そもそも俺達みたいな一般人からしたら、こんなホテルなんて来ることもないわけだし。
「それでも独り身からすると羨ましいもんだろ」
「だなー。ってか、そんなこといっても佐原なら彼女の十人や二十人くらいすぐにできんだろ」
写真を撮り終わったのか、日下は近くのソファに乱暴に座りながらそんなことを言ってきた。
まったく何言ってるんだかこいつは。失礼じゃないか?
「なんだよそれ、人をろくでなしみたいに言うなっての」
一人二人、って言うんだったら分かるけど、十人二十人ってなんだよ。本当にそんなに彼女を作ってるんだったら、かなりのろくでなしだぞ。
「つっても事実だろ? 『祝福者』様の恋人になれるってんなら、何又されても怒らねえんじゃねえの?」
「それで怒らないような相手とは付き合いたくねえなぁ。それ絶対に金目当てだろ」
確かにそれだけ複数の人と付き合っていても文句は言われないかもしれないが、そんな人と付き合いたいとは思わない。
「だろうなぁ。ああでも、そういうのは抜きにしてもよお。聖女様はどうなんだ? 今回は同じペアなんだろ?」
楽し気にこっちを見ながら問いかけてくる日下だが、他人の恋バナが好きなのは女だけじゃなくて男も同じか。
でも、残念だったな。生憎と俺達はそんな関係ではないし、今後も絶対にならないんだ。
「あー、無理だな。あれはもうなんていうか、決定的に合わないタイプだ」
「そうなのか? 聖女様ってそんな人と仲違いっていうか、決定的に合わない、なんて人がいるようなタイプには見えねえんだけど」
「まあ、元々のものなのかは知らないけど、性格がいいのは認めるさ。考え方が立派だってのもな。でも天使と悪魔が付き合えると思うか?」
人が善いのは認めるし、知人や友人程度なら接していられるだろう。流石は『聖女様』なんて呼ばれるような奴だ。人に優しく自分に厳しく、傷ついている人がいたらわが身をなげうってでも助けに行く。そんな人物は素晴らしい人だろう。
だけど、本当にそんな奴と付き合ってられるか? たぶん、普通の感性をしている奴は無理だろうなと思うんだが。
それに、俺の場合はレイチェルとは考え方も目指すところも違い過ぎる。どうあがいたって喧嘩するに決まってる。
「そりゃあ無理だろうな。ってか天使は聖女様だろ? じゃあお前は悪魔なのか? 自分の事悪魔っていうか普通」
「天使よりは名乗るのもマシだろ?」
「そりゃあ確かに。でもそっか、何もねえのか。それはそれでつまんねえな」
そう言いながらケータイを取り出していじりだした日下を見て、俺はこの後どうするか考えだす。
特にやらなくちゃいけないことはないんだけど……三人もいるんだし、後で被らないように先に風呂に入っておくか?
「風呂入るわ」
「おー」
そんな適当な返事を聞きながら、俺は部屋に備え付けられていた風呂に入ることにした。
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「……能力がバレたらどうなることかと思ったけど、意外と普通をやれてるじゃん」
まあ能力自体はしょぼいものなんだ。他の派手に炎を操ったりするやつに比べれば、いかに『祝福者』と言えども優先度は低いもんだろう。
「この調子で〝普通〟に過ごしていければいい……いや、絶対にそうするんだ」
だからこそ、あちらの秘密は隠さなくちゃいけない。バレたらきっと、その時こそ普通の生活なんて送れなくなるだろうから。
「? なんだ、花火でも上がってんのか?」
シャワーの音にかき消されないほどの音と振動が聞こえてきた。だが、そんなものがあるなんて話は聞いていない。
とはいえ、聞いていないといっても俺達はこの国の住民じゃないんだ。何かイベントがあったとしてもそれを知らない可能性は普通に考えられる。
「––––っ! なんだ!?」
なんて思ったのだがその直後、建物全体が揺れるような轟音が聞こえてきた。これは明らかに花火の音ではない。あまりにも近すぎる。ここまでの音と衝撃となったら、それこそホテル内で爆発したような……いや、待て。あり得るのか?
確かにこのホテルにはいろんな国のお偉いさんが集まっているだろう。俺達だけでもかなりの立場がある家柄の子供たちがいる。それに何より、レイチェルがいる。襲う理由としては十分すぎるほどだ。
なら本当にこのホテルが襲撃を受けたのか? ……分からない。とにかく今は一刻も早く状況を確認しないと。
そう判断するなり全身についた水を乱暴に拭い、手早く着替えていった。
「おい、何があったんだ!?」
「わ、わかんねえ!」
浴室から出るなり部屋の中でうろたえていた日下に問いかけたが、日下もまだ何があったのか分かっていないようだ。
部屋の中を見た感じだと実際にこの部屋が襲撃されたわけじゃないみたいだし、仕方ないか。
とりあえず何が起きたのか確認しようとして廊下へと歩き出したが、その途中でふと足を止めた。
何が起きているのか確認しないといけないけど、廊下に出ていきなり襲われる、なんてことにならないか?
そんな不安がよぎり、廊下に出る以外にも何が起きたのかを確認する方法があることに気が付いて廊下ではなく窓へと近づいていった。
これでは〝何かが起きている〟ことしか確認できないが、何かがあることが確認できるのならそれはそれで十分だ。
そうかんがえて窓から都市の様子を確認してみたのだが……
「燃えてる……」
昼間歩き回り、つい先ほどまでは何の問題もなく光り輝いていた都市は、今では夜の闇の中に炎の光に照らされていた。
「な、なあ、どうする? みんなと集まった方がいいのか?」
「……部長に電話してみたらどうだ?」
「あ。そ、そうだな!」
ここが日本だったら祈や先輩に連絡したり合流したりするんだが、今はそういうわけにもいかない。こ子で俺達がとるべき行動は、学生として部活の一環でここにいるのだからその活動の責任者––––部長の指示を仰ぐべきだ。
「だめだ、でねえ!」
通信設備がやられたのか妨害されてるのか……なんにしても連絡ができないんだったら直接聞きに行くしかないな。
「部長の部屋ってどこだった?」
「え……あー、確か二つ下の階だった気がする」
「じゃあ、他の部屋の奴らを集めて部長の部屋に行った方がいい、と思う。待機するにしても逃げるにしても、意見を纏めないとだろ」
ばらけているよりも集まっていた方が安全だというのもあって、俺は部長の部屋に行くことを提案した。
所詮は同じホテル内にいるんだ。ホテルから出て警察に行くってわけでもないんだし、大した危険はないだろう。
「分かった。じゃあそうしよう! ……な、なあ、佐原は付いてきてくれんだよな?」
日下は不安そうにしながら問いかけてきたが、その真意はこれ以上ないほど分かりやすかった。
俺が『祝福者』だから、こんな状況でも大丈夫だろう、頼りになるだろう、なんてことを考えているんだと思う。
その考えにほんの些細な気持ち悪さを感じつつも、助けること自体に否はないので頷きを返した。
「俺だって部活の一環でここにいるんだ。誰かに何か頼まれたわけでもないし、一緒に行動するさ」
「そうだよな! よかった……」
「ただ、俺だって対処できないこともあるから自分達で守るつもりでいろよ」
「あ、ああ。分かってる。俺だって学園の生徒なんだし、大丈夫だ」
そうして話を終えた俺達は能力を発動させて警戒しながら廊下に出、同じ階にいる生徒達を集めて回ることにした。
そして、現在同じ階にいる生徒達を全員集め終わった後は階段を使って階下へと降りていき、一つ下の階にいた生徒達も集めることに成功した。
そのさいにレイチェルとも合流することができたが、ホッとすると同時にいぶかしむこととなった。
敵の狙いはレイチェルじゃないのか? それともまだ襲ってきていないだけで、これから襲ってくるんだろうか?
どうなるのかは分からないけど、今はとりあえず襲われるかもしれないという前提で考えておいた方がいいだろうな。




