レイチェルとの部活動
「べつに、そんな無理やり離れなくてもよかったんだけどな」
警察はやりすぎだが、護衛の女子生徒たちまでいなくなるとは思わなかった。
それに、レイチェルがこれほど強引に話を進めていくというのも珍しい。事情が事情なんだし、あまり無理してなければいいんだけどな。
「そうですか? しかしながら、迷惑だと思っていたのは事実ですよね?」
「まあ、息苦しいとは思ってたけど、そっちの事情も理解できるから何とも言えないな」
「気にされなくて構いません。それよりも、せっかくなのですからしっかりと観光をしませんか」
なんでもないかのようにレイチェルはそう話しながら歩き出した。
まだもう少ししっかりと説明をしてほしいところではあったが、話を逸らしたということはこれ以上はまともに答えるつもりはないんだろう。
そう判断した俺は、はあ、と一つため息を履いてから、歩き出したレイチェルの後を追いかけて俺も歩き出しつつ、部活で観光するペアらしい話をすることにした。
「……まあ、そうだな。けど、この辺りって地元だろ? 今更観光なんてして楽しいのか?」
「確かに私はこの地で育ちましたが、だからといってこの街の全てをしっているわけではありません。むしろ、知らないことばかりでしょう。あなたも、自身の街の全てを知っているわけではないのではありませんか?」
「まあ、そうだな。普段使わない道とかだと、何があるか分からないか」
俺達は今でこそ学園のあるあの人工島に住んでいるが、以前は普通に日本の本土に住んでいた。
けど、今も昔も、自分が住んでいる町とはいえど何がどこにあるのか全てを理解していたわけではない。普段通らない道なら何があるのか知らないし、おいしいパン屋なんかがあっても知らずに生活し続けている。それはレイチェルも同じというわけだ。
「それに、私の場合は一人で自由に街を歩く、という経験がありませんから」
「ああ……それはさっきのを見てれば理解できるな」
いつもは、あるいは以前は今日ほどではなかったかもしれないが、レイチェルは普段から護衛を侍らせて生活している。外に出る時だって、学生ではないもっとちゃんとした護衛もいることだろう。
それを考えると、自分の住んでいる場所と言えどレイチェルが観光案内なんてできるほど知っているわけがないか。
「ですから、今回は少しうれしいのです。あまり知ることができなかった自分の故郷のことを、今回の件ですこしでもしることができますから」
「お姫様なんてのも大変なんだな」
これは本当にそう思う。俺も俺で大変だが、姫というのも相応に大変なんだろう。
「その分生活に心配はありませんから。スラムのような場所で暮らしている方々と比べればどちらが良いのか分かりませんが。そこは本人の主観によって判断されるでしょう」
「隣の芝生は、か。まあ、そうだよな。人生なんてそんなもんだ」
そうして雑談をしながら歩いていると、ふと自然と話すことができているな、ということに気が付いた。
「ところで、俺はお前の『友達』に相応しいのか?」
相応しくなければ話さない、縁を切る、というようなことを言っていた気がするが、こうして話しているということは俺のことを認めたのだろうか?
「……まだ分かりません。ただ、少なくとも悪い人ではないと思っています」
「なら、そりゃあ誤解してるよ。俺は『善い人』なんかじゃないんだからさ。そもそも、善い悪いで人を判断してる時点でおかしいんだ。相手を評価するなら、『自分の感性に合うか合わないか』で考えるべきだろ」
「そうかもしれませんが……少なくとも今のところは保留とさせていただいています」
保留ね……でも、そりゃあそうか。相応しいかどうか云々の話を聞いてからまだ二か月もたってないんだ。誰かのことを見極めるにはまだ接してきた時間が足りないか。
「まあ、今は同じ部活のペアとしてそれなりにやってこうか」
「はい。よろしくお願いします」
そうして俺達は観光らしくロンドンの街をぶらぶらと歩いていくことにした。
——◆◇◆◇——
後ろから尾けてくる護衛の女子生徒達をできる限り意識の外において無視しながら、俺とレイチェルはロンドンの街を歩いていく。
後ろの護衛達の監視はしつこいし、隣を歩いているのはこの国の王女様だけど、それ以外に特別なことなんて何もない。
ただ普通に街を歩いて、ネットやレイチェルでも聞いたことのある店に寄って時間を潰していっただけ。イギリス特有のお土産を見たり、こんなところにも日本式の店があるんだと話したり、おやつの時間になったらからとデートのごとく喫茶店に入ってスコーンやらケーキやらを食べて紅茶を楽しんだりと、そうしていろいろと楽しんでいった。
レイチェルとの間には確執はあるが、本来のレイチェルはそれほど付き合いづらい相手ではないのだということは理解している。ただなんというか、お互いの状況が悪かっただけだ。
俺が『祝福者』じゃない、あるいはレイチェルが治癒のスキルを持っていなければきっともっと親しくすることもできただろう。
ただまあ、今回は特に口論をすることもなく仲良く観光をすることができたわけだが、そうこうしているうちに自由行動時間の終わりが近づき、他の部員達と合流する時間が来た。
「そろそろ時間だな。ホテルに向かうか」
「そうですね。少し早い気もしますが、皆さんを待たせるよりはいいでしょう」
そうして俺達二人は合流地点であるホテルの前にやってきたのだが、どうやら他の部員たちはまだ到着していないようだった。
仕方ないから少し待つしかないか。
「他の皆さんはまだ来ていませんね」
「みたいだな。まあ適当に待っていればそのうち来るだろ」
そう話しながらどこか別の場所に居たりするんだろうか? どこか座る場所とかないかな、なんて周囲を見回していた俺は、はたから見れば浮いていたことだろうが、俺の内心はそれどころではなかった。
ひっろ……なんていうか、もうすでに高そうな雰囲気がある。お城ってこんな感じなんじゃないかって装飾とか柱にしてあるし。
ちゃんと中を見たわけではないけど、ホテルの造りはかなり高そうだと思えるものだった。
そりゃあ王女様やいいとこの子供たちが止まるんだから、最高級って呼ばれるような場所だろうし、これくらいは当然か。
でも、頭では理解してもなんだか格差を感じるな。いやまあ、俺も泊まろうとすれば泊まれるんだけど、なんて言うかおじけづいちゃうよな。感性は一般人のままだし。
……そういえば城には泊まらないんだな。お姫様いるのに。
レイチェルがいるんだから、もしかして、と思ったがそんなことはなかった。俺達は普通にホテルだし、レイチェルも同じくホテルだ。
レイチェルくらいは宮殿に帰ってもいいと思ったけど、そうしないのはなんでだろうか?
俺達に関しても、宮殿に泊まるとまではいかなくても中を見学させてもらうことはあってもいいと思ったんだが、そういうこともないし、身元が分かっている学生と言ってもそう簡単には入れられないってことだろうか?
……まあ、みんなが集まるまで暇だし聞いてみるか。
「そういえば、普段は城で暮らしてるんだよな? その割にはホテルに泊まるんだな」
「今回は部活動の一環として来ていますから。それに、一人だけ実家に泊まるというのも心苦しくありますし」
やっぱりまじめだな。近くに来たんだから顔を見せるくらいしてもいいだろうに。……って、レイチェルくらいになると〝顔を見せる〟だけでは終わらないのか?
それに、先日夏休みが終わったばかりだし、無理して顔を見せに帰る必要がないってのもある家もな。
「皆さんを実家にお呼びすることができればよかったのですが、流石に立場的な問題がありましてお呼びすることは叶いませんでした」
「そりゃあそうだろうな。俺みたいな一般人も交じってるのに城に全員を呼ぶなんて無理だろ」
やっぱり身分的な問題か、と思いながらも、納得して頷いた。
旅行クラブにはAクラスだけではなく学校全体の生徒が参加している。そのため、金はあっても家柄がそれほど良くない一般家庭の者もいる。
そんな奴らを王族が暮らす場所に招くなんて難しいのは理解できるし、それをわがままで通すなんてことをレイチェルはしないだろうな。