イギリスに到着して
突然聞きたくもない呼び方をされ、眉をピクリと動かしてレイチェルのことを見つめる。
少なくともその呼び方はこの学校では誰にも教えていないはずなのに……
そんな疑問を感じながら見た彼女の表情は申し訳なさそうに眉尻を下げていた。
その様子を見て察することができた。
「……調べたのか」
「申し訳ありません。ですが、知ってしまった以上は調べないわけにはいかなかった者ですから」
「まあ、そうだろうな。お姫様に関わる人物に『祝福者』なんてのがいたら、どうしたって調べるよな」
大々的に発表はしていないけど、あれだけ人がいる状況で能力を使ったら遅かれ早かれバレてしまう。その為、隠すようにと言っておいた国にはもう無理して隠さなくていいって伝えておいたし、そうなれば国としては、聞かれたら普通に教えるだろう。まあ、腐っても『祝福者』の情報だ。タダで渡したなんてことはないだろうけど。
でも、知られたのは事実だ。そして、これからは俺の経歴について知る者が増えてくることだろうな。
「そんな大層なもんじゃねえの。ただ、少し特殊なだけだ」
経歴なんて言ってもそんな大したことをしたわけではないし、そんな『英雄』だなんて呼ばれるほどの事でもない。それに、『英雄』だなんて呼ばれたくもない。
「一つお聞かせいただきたいのですが、なぜ『神に愛された英雄』なのですか? 失礼ですが、あなたの能力は愛されたと評するには……」
「凡庸だって? まあそりゃあ間違いじゃないな。でも、悪いな。これでも日本の所属なんでな。そう簡単に教えることはできないんだ」
「あ……いえ、そうですよね。私の方こそ考えなしに尋ねてしまって申し訳ありませんでした」
レイチェルは言葉を濁したけど、言わんとしていることは理解できた。だって、俺の能力は『手』を伸ばすだけなのだから。
確かにその『手』は便利だし、物を運んだり人手が必要な作業では活躍するだろう。戦闘においてもそれなりに役立つかもしれない。
けど、他にもっとすごい能力を持った『祝福者』はいるのだ。神に愛された、なんて大層な呼び方をするんだったらそっちの方が相応しいと誰だって思うだろう。俺も思う。
ならなんでそんな呼ばれ方をされることがあるのかと言ったら、まあそれにも事情があるわけだが、それを今ここで言うつもりはない。というか、一生いうつもりはない。今の状態はまだマシだ。でも、〝あちら〟を知られてしまえば、俺は今度こそ本当に『普通』ではいられなくなるから。
「まあ、そういう踏み込んだ話はしないし、聞くつもりもないけど、一応部活でのペアなんだ。ほどほどに気楽にやろうぜ」
「はい、よろしくお願いします」
そういうわけで、俺は不本意ながらレイチェルと共に彼女の故郷であるイギリスの観光旅行をすることとなった。
——◆◇◆◇——
「––––で、じっさいにイギリスに来ることになったわけだけど……」
旅行クラブの新学期最初の集会から時間が経ち、二週間後。俺達旅行クラブは全員無事に転移装置を利用してイギリス、ロンドンまでやってくることができた。
今回は最初の頃と違って日帰りだなんてみみっちいことは言わず、ちゃんと一泊しての旅行だ。
せっかくイギリスに来たんだから一泊じゃなくて二泊、三泊としたいところだけど、明後日には普通に学校があるので大人しく帰るしかないのだ。
ただ、それでもできる限り精いっぱい楽しもうと思っていたのだが……どうやらそういうわけにもいかないらしい。
「……申し訳ありません」
俺の反応を見たからか、それともレイチェル自身今の自身の状況を理解しているからか、申し訳なさそうに頭を下げてきている。
「いや、まあ、仕方ないだろ。以前襲撃があったんだし、安全を考えればこうなるよな。レイチェルの責任ではない、と思う」
思うんだけど……
「なんだ、何か不満でもあるのか?」
仏頂面をしながらそう言ったのは俺の視線の先にいた女子生徒で、彼女は前回も俺に食って掛かってきたレイチェルの護衛だ。
まあそれ自体は問題ないのだ。先ほども言ったように、安全面を考えれば仕方ないのだから。だから自由行動となっても護衛がいること自体は問題ないのだ。
問題があるとしたら、それは––––護衛の人数があまりにも多すぎることだ。
「あるよ。なんだって旅行なのにこんな大人数で回りを囲まれて、監視されるみたいにあるかなきゃならないんだよ。俺達は犯罪者か何かで護送でもされてるのか?」
今の俺達の状況は、まず俺とレイチェルのペア。それを囲うようにじ護衛の女子生徒を含めたレイチェルの取り巻き五組のペア。それから、レイチェルを守るために呼んだのだろう。地元の警察たちまでもが集まっている。……これでどう観光しろと?
百歩譲って取り巻きの生徒達はいいけど、警官まで動員するのは明らかにおかしいだろ。この状況で不満を持たないわけがない。
「なんだと!?」
ただでさえこの状況に頭が痛くなってくるのに、それを実行した相手がこんなふうにどなってくるような奴じゃ余計に頭が頭痛で痛くなるし、気分が悪い。
「しかもその護送してくる相手が、以前助けて命を救ってやったのにその恩を忘れて怒鳴りかかってくる奴となれば、不満を持って当たり前だと思うんだが、どう思う?」
「そ、それは……」
「やめなさい。私の言葉を忘れたのですか?」
俺と口論していた女子生徒が言葉に詰まったその一瞬を狙ってか、レイチェルが俺達の間に割り込んできて、女子生徒を咎めた。
「申し訳ありません、佐原さん」
「いや、こっちこそ立場を分かってるんだったら口にするべきじゃなかったな。悪い、つい漏れた」
以前もレイチェルを相手に失言をしたことがあって、口から出す言葉には気を付けようと考えたことがあった。
それなのにまた不用意な言葉で騒ぎを大きくするところだったのだから、もっと真剣に気に留めておいた方がいいだろうと内心で反省をする。
「いえ、そう思ってしまうのも仕方のないことだと思います」
レイチェルはそう言いながら首を横に振ると、何かを考えこむような表情を浮かべ、その後何を思ったのか覚悟を決めたような表情で護衛や取り巻きの女子生徒達へと振り向いた。
「皆さん。これよりしばらくの間は私達から離れていてください」
「なっ!」
護衛達はレイチェルの言葉を聞いた瞬間に目を見開いて言葉を失った。
でもそうだろう。護衛として存在しているのに護衛をするなだなんて、何を言い出しているんだって、俺だって驚いている。
「これは部活動の一環です。あなた達に仕事があるのだとしても、他の生徒まで迷惑をかけるわけにはいきません。それは理解できますよね? 離れたところからついてくる程度であれば、それはそれで私達とは別行動をしている他のペアの方々ということもできますが、流石にこれはやりすぎです。このような状態になるのであれば、護衛などいなくともかまいません」
女子生徒達が何かを言い出す前にレイチェルは言葉を重ねた。
たぶん、この言葉は冗談や脅しなどではなく、本気のものなのだろう。
その言葉には驚いたが、でもそう言いたくなる気持ちも理解はできる。
確かにレイチェルは王女で守るべき重要人物だ。そして彼女の護衛である女子生徒達は、護衛なのだから当然彼女のことを守らなければならない。
でも、そうだとしても近寄ってくる人物全てを威嚇、排除することも、今みたいに大人数で囲って部活動での活動に支障をきたすようなことも、守られている方にとっては快いことかと言うと、そんなわけがない。追い返す相手には申し訳ないと思うかもしれないし、部活動を通しての交流を潰されているのだから部活動としてこの場にいる意味も意義もない。
レイチェルの言うとおり数人だけ……五組のペアだけだったらまだ認められたのだろう。だが、警察まで呼ぶのは流石にやり過ぎだと俺も思う。
だが、それが事実なのだとしても、だからと言って護衛がその程度で引くわけがない。
「ですがっ! 以前のことをお忘れですか! また何者かに襲われることになったらどうされるのです!」
「ですから、何かあった時に守りに入れる程度の距離でついてくることは認めています。それで我慢してください。これ以上の問答は『英雄』に失礼ですよ」
『英雄』って……もしかしなくても俺の事だよな? ……この野郎。自身の要求を通すために俺のことを利用したな。
俺としてもこんな状況では観光もクソもないため、集まった警察を解散させて、他の取り巻き達のペアも離すことができるなら喜ばしいことではあるのだけど、何だかダシに使われたような気がしてもやもやする。
ただ、これでようやく俺達はロンドンの観光を始めることができるようになった。