新学期の旅行クラブ
「––––えー、それでは今回の旅行クラブの活動先は『ロンドン』となります。各自そのつもりで準備をしておくように」
友達の家に行ったり、友達と山に行ったり、クラスメイトと集まって騒いだりと、割と普通といってもいいのではないだろうかという夏休みが終わった。
となれば学校が始まるわけだが、学校が始まったということは部活も始まるということだ。
そんなわけで、今日は新学期最初の部活動のためにいつも通り部室に集まっていたのだが、どうやら次の旅行先はロンドン––––イギリスのようだ。
イギリスかぁ……行ったことないから少し楽しみだ。まあ、イギリスに限らず外国なんて行ったことなかったから、これまでの部活での旅行はどこも楽しみだったけど。
……あ。そういえばイギリスってあの聖女様の……っと。レイチェルの出身だったよな? あいつと一緒のペアになれば観光案内と化してくれるんだろうか? 地元だし。
でも、あいつ単体なら案内してもらったりとかもできるかもしれないけど、多分周りにお付きの護衛とかいるだろうな。実際今までもいたっぽいし。そうなると、案内なんてさせられないふどころか、まともに観光することもできないんじゃないだろうか?
そう考えると、レイチェルと同じペアになるのは嫌だな。一番いいのは瞳子か? あいつなら知り合いだし一緒にいて楽だし……ああ、藤堂でもいいかもな。後はこれまでの活動で多少なりとも話すようになった男子か。女子はまだ得意じゃないというか、男子よりも気を遣わないといけないからめんどくさい。すでに知ってる相手だったらいいんだけどな。
ただまあ、ここでこうして考えても、結局はくじを引いて決めるんだからどうなるかなんてわからない。出たとこ勝負で考えるしかないのだ。
「さて、それではみんなお待ちかねの活動ペアの組み合わせについてだけど、まあいつも通りくじを引いていこうか」
そんなわけでメンバー達が順番にくじを引いていくが……十番か。
「俺のペアは……」
自分と同じ番号を引いたペアの相手は自分で探さないといけない。
これだけの数から同じ数字を持った人物を探すなんてかなり面倒で時間がかかる。
くじの結果なんて後でわかるんだし、どうせならくじを引いた時点でその番号をみんなに知らせるとか、黒板に名前を書いておくとか、何番から何番はこっちのほうに集まれ、とか何かしらの対策をしてもいいと思うんだけど、そういうことは一切しないつもりのようだ。
なんでそんな非合理的なことをしているのかと言ったら、くじの相手を探すのも一つの楽しみ、だからだそうだ。
まあ確かにこういうのは相手が決まるまで楽しいとは思う。小学校の頃の席替えみたいなもんだ。
さて、そんな楽しい楽しい相手探しだが、誰なんだろうな。いろいろと話しかけてみても違うし、もう結構な数のペアが決まってるみたいだから残ってる奴はあまりいない。
そしてその残ってる奴らの中にいるはずなんだけど……
そう思って周りを見回していると、とある集団が目に付いた。
「申し訳ありません。レイチェル様。我々の中には同じ数字の者がいないようです」
「くじですから仕方ありません。それに、これは部活動の一環なのですから、皆さんも自由に動いてくださって構いませんよ?」
「それはできません。私達はあなたの護衛のために入学したのですから」
「……そうですか。では、今回もよろしくお願いいたします」
「はいっ」
「ただし、一つだけ言っておきますが、私のペアとなった方に迷惑はかけないようにしてください。あなた方は仕事かもしれませんが、ペアの方は普通に学生として部活動を行っているだけです。それをこちらの事情で台無しにしたり不愉快な目に合わせてしまうのは間違っていますから」
「承知いたしました」
どうやらレイチェルとその取り巻き、というか護衛達のようだが、どうやらレイチェルはまだペアが見つかっていないようだ。……んん?
「……もしかしてあれか?」
もう既に残っている者はほとんどいないし、今回はレイチェルに話しかけていないから番号も分かっていない。
何だか今回のペアは彼女な気がしてきたけど……あそこに近づくのは勇気がいるな。
行ったら目立つとかそういうんじゃない。目立つのなんて今更だしな。
だから何に勇気がいるのかって言うと、何だか騒がしそうというか、面倒なことが起こりそうな気がするからだ。
だって、なあ? 今までは護衛の者達と共に部活動での旅行をこなしてきたのかもしれないが、今回はそうではなくなるのだ。番号を交換しろとか言い出しそうな気がする。
ただ、そう思いはしても話しかけないわけにはいかない。まあ、面倒くさそうとは言っても赤の他人というわけではないし、同じクラスメイトなんだからそれほど大事にはならないだろ。
そんな感じで努めて気を楽にしつつレイチェルへと近づいていく。
「あー、レイチェル。ちょっといいか?」
「何の用だ?」
だが、レイチェルに話しかけた瞬間護衛の女子生徒が割り込んで俺のことを睨んできた。
護衛という仕事をしているみたいだからその行動も理解できるけど、同じ学校の生徒相手にその反応はどうなんだ?
「こほん。私の言葉を忘れたのですか?」
だが、そんな女子生徒の行動を咎めるようにレイチェルは咳払いをしてからその肩を叩いた。
「ですが、まだペアなのかは分かっておりません。以前も学生の中に裏切者がいたように、接触してくる相手は警戒しなくては」
同じ学校の生徒の中にテロリストもいたわけだし、警戒していても仕方ないってのは確かに理解できることではあるんだけど、過敏すぎる気がする。
レイチェルも同じように思ったのだろう。首を横に振りながら言葉を返した。
「ですが、だからといって誰彼構わず敵意を向けるのは間違っています。続けるようであれば、あなたを護衛から外すことも考えなければなりません」
「申し訳ありませんでした」
レイチェルにそう言われたことで護衛の女子生徒は俺に頭を下げてから一歩下がっていった。
けど……すっげー睨まれてるし、今からでもこの場を離れたいところなんだけど、そういうわけにはいかないよなぁ。残ってるペアが判明していない生徒って俺達しかいないみたいだし。
「一つ聞きたいんだけど……俺のペアってお前でいいのか?」
自分が引いたくじの紙を見せながらレイチェルに問いかけると、レイチェルも同じようにくじの紙を見せて頷いた。
「あなたでしたか。ええ、今回はどうぞよろしくお願いします」
「ああ、そうだな。……ふぅ」
できれば違っていてほしいと思ったが、どうやら今回のペアはレイチェルのようだ。
その事実が確定してしまったことで、思わず小さいながらもため息がこぼれてしまった。
「おい、なんだそのため息は!」
確かにため息を漏らした俺の方が悪いんだけどさ、でもそういう態度をしてるから溜息を吐かれるんだぞ。
レイチェル自身に悪いところは……まあ、あんまりない。人の事情を考えないところや、こちらの言い分を聞かないところ。後はその思想や考えが俺とは相容れないなということくらいで、その人間性自体は善性だ。溜息を吐かれるような人間ではないだろう。
ただ、その付属品が問題なのだ。今みたいにな。
レイチェルが大事で、彼女を守ろうとする心は大事だろうけど、ずっとそんな振舞をしているとそのせいでレイチェルの周りから人がいなくなっていくぞ。
レイチェルに睨まれたことで黙ったその少女はまだ俺のことを睨んでいるが、他の仲間に抑えられてそれ以上は言葉を発することなく下がっていった。
そんな様子を見てひとまずは問題ないと判断したようで、レイチェルは小さく息を吐き出すとこちらに向き直ってきた。
「申し訳ありません。部活動の活動中ではあるのですが、私には立場がありますのでこのように騒がしくなってしまっています」
「まあ、仕方ないだろ。なにせ本物のお姫様なんだ。護衛がついてるのは当然だと思うぞ」
「ですが、それは私の事情です。それによって他人に迷惑をかけるというのは、仕方ないで済ませていいことではありません」
うーん、まあそれでも仕方ないと思うけどな。護衛がいい加減にやっていて何か問題が起きたらそれこそ迷惑だし。
「それに、姫といっても、世界的な重要度で言えばあなたの方が上ではありませんか。なんといっても、あなたは『神様から愛された英雄』なのですから」
突然聞きたくもない呼び方をされ、眉をピクリと動かしてレイチェルのことを見つめる。
少なくともその呼び方はこの学校では誰にも教えていないはずなのに……