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魔を祓う理由

 

「あ––––これが、天宮様の見てる視界なんですね」


 どうやら無事に視界の共有をすることができたようで、九条は光の玉を重ねた方の目を片手で押さえながら逆の手を前に伸ばして動かしている。

 若干足がふらついているような気がするのは視界を共有してすぐだから、まだなれていないからだろう。

 視界がどこにつながっているのかわからないけど、上空につながっているんだったらそんな景色をいきなり見せられたら空中に放り出されたように感じるだろうし、転んだりしていないだけすごいことだろう。


「そそー。楽しいでしょ~?」

「今は楽しさよりも敵の処理をお願いしますよ」


 楽しさを共有するのは良いけど、今は仕事が優先だ。


「でも~、実際に処理するのって私じゃないし~」

「あっ! すみません。今準備します」


 九条はハッと気づいたようで慌てて祝福の準備をし始めた。

 そして、準備が終えると九条の手には白く光る和弓が握られていた。


「それじゃあ、後はよろしく~。敵の姿だけは外さないからね~。……あっ! 間違っても私のおめめは撃っちゃいやよ? そんなことになったらすっごーく怒るんだから」

「は、はい。承知いたしました」


 確か、先輩の目は痛覚を共有してるんだっけ? どういうことかというと、光の玉は攻撃を受けると実際に自分の眼を攻撃されたように痛みが走るらしい。しかも、その後眼の損傷度合いによって能力がしばらくの間使えなくなるとか。


 そんな能力の副作用までは知らないだろうけど、九条は神妙に返事をして頷いた。


「ふう……」


 弓を構え、息を吐き出す九条。

 もう先ほどまでの動揺や緊張はないようで、真剣な様子で魔物がいるらしい方向だけを見据えている。


「––––『私は魔性を祓わなくてはならない』」


 再び自身の〝願い〟を口にし、番えていた光の矢から指を離した。

 直後、光の矢は高速で放たれ、まるで流れ星かのように夜空をかけていった。


 だが、俺に見えたのはそこまでだ。後は結果がどうなったのかは先輩と、先輩の視界を共有している九条にしかわからない。


 慌てた様子がないことから察するに多分命中したんだろうが、さてどうなったのか……


「終わりました」

「うんうん。お疲れ様~。しっかりいなくなってるね~。後の報告とか処理とかはこっちでもっちーがやっておくから、せいじーちゃんとじょーちゃんはパーティーにもどっていいからね~。バイバ~イ」


 どうやら先ほどの一射で六頭の飛竜を倒すことができたようだ。途中で分裂したのか、一頭を倒した後そのまま連続で貫いたのかはわからないけど、とにかく何とかなったようだ。


 先輩は面倒ごとが終わって嬉しいのか、楽しげな様子で電話を切った。

 確かに終わったのなら電話を切ってもいいし、向こうだって電話以外にもやることがあったのかもしれないけど、でももう少し別れの挨拶とか言葉を交わしてから電話を切っても良かったんじゃないだろうか?


「……じょーちゃんというのは、私の事なのかしら?」

「文脈からするとそうなんだろうな」


 俺だって『せいじーちゃん』だし、『くじょう』だから『じょーちゃん』なんだろうな、きっと。


 そんなふざけた呼び方をされたことはなかったのだろう。九条はどこか呆れた様子を見せながら呟いていた。


「それにしても、倒せてよかったな」

「ええ、そうね」


 俺の言葉に、九条が安堵したように息を吐き出したのを見た。

 おそらくだけど、〝今回は守れてよかった〟とか〝何とか守れた〟とでも思っているんじゃないだろうか?


 でも、すぐに硬い表情に戻ってしまったことから察するに、油断してはいけない、今回はたまたま上手くいっただけだ、なんて思っているのかもしれない。


 反省をすることも慢心をしないことも大事だとは思う。でも、こいつのは行き過ぎだ。お前はそんなことを考える必要なんてないんだ。


「九条。お前はさ、自分が弱いとか敵を倒せないとか、みんなを守れないとかそんなこと言ってたけど、そんなことないだろ。現に今、お前はみんなを守ったんだから。俺でもなく祈でもない。お前が倒して、みんなを守ったんだ。自分は弱いだなんて卑下する必要、どこにもないだろ」


 突然俺が声をかけたからか、九条は驚いたように目を丸くしている。俺自身、こんな言葉をかけるなんてがらじゃないと思ってる。でも、これはれっきとした俺の本心だ。


「どうしたの、急に優しい言葉なんて。もしかして私の事を口説こうとしてるのかしら?」

「そんなわけあるか、バカ。真面目な話だよ」

「……私だって、卑下するつもりがあるわけじゃないわ。ただ、守れなかったものを……守れなかったかもしれないものを思うと、どうしても苦しくなるのよ。きっと、これはあなたの言うところの『呪い』なんでしょうね」


 肩をすくめて冗談を口にする九条に対して正面から見つめ返して言うと、九条はどこか呆れた様子でフっと息を吐いてから話した。


『魔性を祓わなくてはならない』なんて願いがあるんだ。そう思っても仕方ないだろう。それに、家の事情やら何やらを考えればそうなるのも当然と言えるかもしれない。

 でも……


「なら、守れたものを見ればいいだろ」


 たとえ守れなかった者がいたんだとしても、逆に守れた者だっていたはずだ。

 九条が戦うことで守れた者がいたのなら、それは十分に誇っていいことのはずだ。


 守れなかったかもしれないものは、実際にはまだ起こっていない未来なんだから気にする必要はない。そんなくだらないことについて考えて落ち込むくらいだったら、みんなを守ることができた未来を思い描いた方がよっぽど楽しいだろ。


「この間の戦いで、お前は守れなかったって言ったけど、そんなことないだろ。お前が必死になって戦わなければ、そもそも俺が覚悟決めるまで保たなかったはずだ。そんで、誰かしらが死んでからようやくのろまなマヌケが動き出しただろうな。だから、お前は弱くないし、あの戦いは無駄じゃなかった。お前はちゃんと誰かを守ってたんだよ」


 俺に負けたとか、みんなを完璧に守ることができなかったとか、そんなくだらないこと言ってるなよ。最後に敵を片付けたのは俺だけど、それまでみんなを守ってたのは九条だっているのは確かなんだから。


「今だって、見てみろよ。もしお前が魔物を倒さなければ、この光景はなかったかもしれない。倒せたとしても、もし街に墜落でもしてたらこんな静かな夜じゃなかったかもしれない。この間のことをどう思うかはお前次第だけど、少なくとも今この瞬間は、お前がみんなを守ったんだよ」


「うつむいてないで胸を張って誇れよ。守れなかった過去を見て嘆くんじゃなくて、守れた今を見て笑え。そうすることが、お前の願いだろ」

「……違うわ。私の〝願い〟は、そんな大層なものじゃないわ」


 家の事情で強要された願いだとしても、そんな環境で誰かに復讐するのではなく、誰かを助けたいと願えること自体九条が優しい奴だってことの証明だ。

 だって、もともとそういう願いを持てるような人物でなければ、その願いが祝福として認められることはないんだから。


「……でも、そうね。私が守ったんだって、少しくらいは思ってもいいのかもしれないわね」


 そうして笑って見せた九条の笑顔は、今まで見たことがないほど自然で柔らかいものだった。



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