ワイバーン迎撃のために
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「兄さん。聖女様と逢引きでもしてたの?」
外にいても面倒な奴に絡まれるんだし、だったらいっそ会場に戻って適当にクラスメイトの輪に入ってる方が楽かと考えて部屋に戻ったのだが、戻るなり俺のことを待っていた祈にふざけたことを言われた。
「馬鹿か? そんなことするわけないだろ。それにそもそも、できるとも思ってないっての」
「いやー、兄さんは『祝福者』なんだし、付き合おうと思えばできるんじゃない?」
「だとしてもお断りだって。もし付き合うことになってみろ。絶対に面倒なことになるぞ。〝普通〟とはかけ離れてるじゃんか」
たしかに、どこの国だって『祝福者』は欲している。特に、俺みたいな特殊な存在はどこの国だって欲しがるだろうし、王族との婚姻だってできるかもしれない。それくらい『祝福者』っていうのは貴重な存在なんだから。
俺は国と契約をしているが、他国が本気でほしがったのならそんなものはどうとでもできるだろう。
結婚まで行かなくても、付き合う程度だったら学園にいるうちなら自由にできる。
けど、そんなのはどう考えても〝普通〟じゃない。後々絶対に面倒に巻き込まれることが分かっているのに、自分から首を突っ込むなんてばかばかしいだろ。
「でもさー。普通、って言うんだったら、そもそもこの状況自体が普通からかけ離れてるよね」
「それを言うなよ。でもまあ、この程度なら許容範囲内だろ。これはあくまでもクラスメイト同士の懇親会みたいなものなんだから」
「クラスメイト同士ってわりには、余分な大人がうじゃうじゃといるけどねー」
なんて言いながら辺りを見回す祈につられて俺も視線を動かすが、こればかりは仕方ないだろう。お偉方ともなればそれなりに柵もあるだろうし、親睦会とはいえ参加したがらない奴もいただろうからこういう餌を用意する必要だってあるんだろう。
「まあいいや。それよりご飯ちゃんと食べた? 結構おいしいし、ちゃんと食べないとだめだよ」
「軽くつまんでるけど……もう少し食べとくかな」
「じゃあ私が適当にとってくるからちょっと待ってて!」
「あ……ったく。それくらい自分でやるってのに」
そういいながら祈は近くにあったテーブルに向かっていった。
ありがたいんだけど、もっと自分の好きにしてくれていいのにと思う。
けどまあ、いろんな料理を前にして楽しそうにしてるし、あれはあれでいいか。
「それにしても、こんなパーティーのどこが楽しいんだか。自分ちでゆっくりしてる方がよっぽどいいだろうに––––ん? 電話か。誰からだ?」
こういうパーティーの楽しさについて考えていると、不意にマナーモードにしていたケータイに着信が入った。
こういう場でケータイを取り出すのはマナー違反かもしれないが、俺に電話をかけてくる存在は少ない。その数少ない存在がこんな時間に電話をかけてきたんだから、きっとそれなりに重要な話があるんだろうと思い、画面を見た。
「先輩? こんな時間になんで……」
普段は昼か夕方くらいに電話をかけてくることの多い先輩だが、今日は随分と遅い時間の電話だ。何かあったんだろうか?
「もしもし」
「夜分に失礼します。佐原さん」
「あれ? その声は百地さんですか?」
先輩からの電話ということで出てみたのだが、どうしたことか。電話先から聞こえてきたのは先輩の付き人である百地さんからだった。
「はい。緊急事態でしたので、アホから電話をかけさせていただきました」
「アホ……」
この人もだいぶ容赦なくなってきたな。それでもいいけどさ。というか、それくらいしないと先輩ってこっちの言うことを聞いてくれないことがあるし。
「ああいや、それよりも緊急事態ですか?」
先輩なら珍しいな、で終わる話だけど、わざわざ国からではなく先輩の電話から百地さんが電話をしてくるなんて初めてだ。それだけ重要な話、あるいは内密な話ということだろうか?
「はい。現在佐原さんは都内のホテルにいるのですよね?」
「伝えた記憶はないんですけど、よくご存じで」
「流石に佐原さんのクラスメイトを集めてのパーティーとなると隠しようがありませんから。それよりも、現在そちらに九条桜さんはいらっしゃいますか?」
「え、どうだろう? さっき話はしたから出席自体はしてますけど……」
今どこにいるかって言われるとわからないな。
でも、こうして電話をかけてきたってことは、九条に用事があるんだろうし、とりあえず探してみるかと会場を見回してみる。だが、その途中で百地さんがとんでもないことを言いだした。
「でしたら、至急彼女を探して代わっていただけませんか? 都内上空に魔物が出現しました。対空兵器での迎撃を行えば墜落等市民や街に被害が出ます。彼女の攻撃によって消滅させる必要があります」
「っ! 分かりました。少し待ってください」
魔物が襲ってくる。その言葉を聞いてケータイを握る手に力が籠り、電源を切りそうになってしまったが、そうなるのも仕方ないことだろう。だって、もし魔物が東京で暴れるとなったら、また俺と同じような状況に陥る人が出てきてしまうことになるのだから。
あの時は魔人だったけど、起こる結果は同じだ。
そうなった未来が頭に浮かび、ぐっと奥歯を噛みしめると百地さんの言ったように急いで九条を探し始めた。
「九条!」
「佐原くん? どうかしましたか?」
「話してるところ悪いんだけど、ちょっと来てくれ」
パーティー会場といっても同じ部屋の中で遮るものも対してない状況では視線がよく通る。今日既に一度面と向かって話していたこともあり、九条のこともすぐに見つかった。
「皆さん、少し失礼しますね」
多少強引ではあったし説明不足だったからついてきてくれるか心配だったけど、俺が普段取らないような行動をとったことでおかしいと思ってくれたのか、九条は何も聞くことなく素直についてきてくれた。
「それでどういった用件なの?」
会場から廊下に出て少し進むと、九条はそれまでの笑みを消して言葉遣いも素に戻し、問いかけてきた。
だが、正直なところ俺だって状況はよくわかっていないのだ。だからここは、俺が説明するよりも直接話してもらったほうがいいだろうと、先ほどからずっと通話状態を続けてあった電話を九条へと差し出した。
「『天眼』の天宮さんの付き人から電話だ。九条に変わってほしいって」
「っ!? 天宮様の付き人……。付き人とはいえ、あの方はあまり他者に関わらないと聞いていますが……」
「急ぎの電話だ。魔物が出たらしい」
「っ! それは本当ですか?」
「知らん。電話でそう言われただけだ。あとは自分で聞いてくれ」
そういいながら押し付けるように九条へと電話を差し出し、九条は難しい顔をしながらも躊躇うことなくケータイを受け取り、電話に出た。
「……お待たせしてしまい申し訳ありません。九条桜と申します」
「天宮透香の護衛である百地と申します。早速で申し訳ありませんが、現在都内上空にて魔物が飛行中です。現代兵器や半端な攻撃で撃墜すれば町や市民に被害が出てしまいます。ですので、九条さんの祝福にて仕留めていただきたいのです」
「……承知しました。屋上に移動します」
「お願いします。対象は現在も移動中ですが、都庁より西の上空を六体の飛竜種が飛行中です」
「六っ! ……分かりました」
スピーカーにしているわけではないけど、これだけ近くにいると会話も漏れ聞こえてくる。
その内容からすると、飛竜種––––ワイバーンや、あるいはそれと同格の存在が六体もいるようだ。
劣化竜と呼ばれることもあるワイバーンだが、竜––––『ドラゴン』であることに変わりはない。ミサイルを撃ち込んでようやくダメージを与えることができる存在。撃ち落とすのではなく、ただダメージを与えられるだけだ。そんな化け物が六体も来ているのだと考えれば、今の状況のまずさも理解してもらえるだろう。
「それにしても、魔物の残骸を出さずに倒せなんて、そんなことできるのか?」
九条が遠距離からの攻撃を得意としていることは知っているけど、それだけなら現代兵器と結果は変わらない。まあ、誤射の心配がないし威力もあるから一撃で仕留められるかもしれないが、どうしたって魔物の死体は残るものなんじゃないだろうか?
「私の祝福は魔性を祓うためにあるの。殺すんじゃなくて、祓うのよ。ただ殺すよりも力を使うし、魔物の素材も資源になるから普段はやらないけれど、その気でやれば残骸を残すことなく消せるわ」
「そりゃあ凄い」
これは本当にすごいと思ってる。つまり、魔物特攻ってことで、本当に魔物を祓うことができるってことだろ。
遠距離から攻撃で来て、その攻撃でかけらも残さずに祓うことができるんだってんなら、確かに九条は今の状況に最適な人材だ。