聖女様の問いかけ
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「……あの」
「ん?」
俺は俺でクラスメイト達と話をし、祈は祈で他のクラスメイト達と話していたのだが、途中で少し疲れたので部屋を抜け出してトイレに向かった。そして近くにあった椅子で少し休んでいたのだが、スッと人がやってきて話しかけてきた。
誰だろうと声をかけてきた人物の顔を確認すると、そこにいたのは何と先ほど瞳子とも話をし、話題に上がった聖女様––––レイチェルだった。
なぜ彼女がこんなところに? そう思ったけど、近くにトイレがあるわけだし、彼女もそちらに用があったのだろう。
いや、でもそれならそれで構わないけど、わざわざ俺に声をかける必要なんてなくないか? なにせレイチェルは俺のことを嫌っているし、俺だって彼女のことはあまり好きではないのだ。いくら親睦会のためにここにきているとはいえ、初めから合わないと分かっている相手なのだ。必要な場面ではほどほどに話して、今みたいにそれ以外の状況では無視していればいいだけなのに。
ただ、そんな疑問の答えをレイチェルが話すでもなく、彼女はただ俺のことをじっと見つめているだけだ。……何がしたいんだろうか?
「……あの、あなたはなぜあの時、あのようなことを言ったのですか?」
数秒ほど俺のことを見つめていたレイチェルだが、わずかに視線を逸らしたのちに深呼吸をし、再び俺に視線を合わせて話し始めた。
でも……その言葉の指すところが今ひとつわからない。あの時ってどの時だ?
「あの時?」
「初回のクラブ活動にて、私が襲撃を受けた時のことです」
「あー……そういえばそんなこともありましたね。けど、申し訳ありません。その時に何か言いましたか? あまりよく覚えていないのですが……」
嘘だ。あの時の内容は、一言一句とまではいわないけど、何を話したのかくらいは覚えている。
ただ、彼女は何が目的でそんなことを聞いてきたのかはわからないけど、それを蒸し返したところでいい結果にはならないだろうということは分かりきっているのでとぼけることにした。
だが、そんな俺の態度が気に入らなかったのか、レイチェルはむっと眉を寄せて軽くにらみつけるようにしてきた。
だが、そんな態度が悪いものだと気づいたのだろう。小さく息を吐き出すと表情を戻し、再び問いかけてきた。
「その話し方もそうですが、そう話すようになったきっかけを覚えていませんか? あなたは『人を助けることはくだらない』と、そうおっしゃっていましたよね?」
「……そんなことも言いましたね」
「なぜですか。なぜあなたがそんなことを言ったのですか」
なぜ? なぜって……そう思っていたからに決まっている。人助けなんてくだらない。どうせ助けたところでろくな結果にならないんだ。
人助け自体は善いことだ。誰かを助けるのは善い行いで、尊く、素晴らしいことだろう。
––––けど、それをするのが『俺』となると話は別だ。
だからあの時言った「人助けはくだらない」というのは、レイチェルに対して言った言葉ではなく、俺自身に……俺が誰かを助ける行いがくだらないと言ったのだ。
だって、行為そのものは正しかったとしても、そこにこもっている願いは何もない空っぽなんだから。
祝福を得た際に心の中心に植え付けられた〝願い〟。なにをしても、なにを見ても、この願いだけは変わることなく居座り続ける。
そんな植え付けられた願いで行う施しなんて、偽物でしかない。そんなもの、偽善どころの話ではない〝くだらない〟としか言いようがないものだろ?
「なぜって言われましても……それが本心だからとしか——」
「嘘です。その言葉が真実であるとはとても思えません。他に、何か理由があったのではありませんか?」
問いかけながら真剣な表情で俺のことを見据えているレイチェル。何か覚悟をもって俺との会話に臨んでいるようで、そんな彼女のことを無碍に扱うことはできなかった。
「……なんでそう思うのですか? 心の内なんて、誰にもわからないでしょう?」
この女はなんで一度は敵意さえ持ったはずの俺を相手にこんなことを言っているのだろうか? 何が理由で俺に理由があって暴言を吐いたと思ったのか……分からない。
「貴方の心の内は分からずとも、あなたの祝福の文言を聞けばわかります。少なくとも、あなたがどのような思いで祝福者となったのかは」
文言……確かに、おれの祝福の詠唱を聞けば、どんな願いからあの祝福を手に入れたのかわかるだろう。こいつには〝あちら〟を見せていないけど、それでも『手』の方を聞けばそれだけでも人となりは予想できたのだろう。
でも、そうだとしてもなんでこいつがそれを知っている? 俺はレイチェルの前で祝福の詠唱なんてしたことなんてなかったはずだ。
「レイチェル様には文言を口にしたところを聞かせたことはなかったはずですが?」
「そうですね。ですが、その言葉を聞いた人から教えてもらうことはできました。『誰かを助けたい』と、そう口にしていたそうですね」
……チッ。くそ……確かにあの時はいろんな生徒がいた。みんな必死だったから全文は覚えていないかもしれないけど、それでも一節や単語くらいなら十分に拾えただろう。
そして、レイチェルから……『聖女』で『王女』な彼女から問われれば、隠すことはしないだろう。なにせ、自分が聞いたことを話すだけで彼女との繋がりができるんだから。王女に恩を売れるとなれば、そりゃあ誰だって話すさ。それが誰かの重大な秘密というわけではないのであればなおさらだ。
だが、それでもこいつに俺の〝願い〟がばれてもいいことなんてない。むしろ面倒なことになるかもしれないと判断し、とぼけてみせることにした。
「俺が? そんなことを? ……本当に口にすると思ってるんですか、そんな言葉。そんなの、間違って聞こえただけですよ。あんな状況だったんですから、正確に覚えている方が無理というものでしょうし、大方直前までの話していた内容や助けてほしいという自身の願望が記憶を歪ませたかもしれませんよ」
これで誤魔化されてくれるといいんだけど……
「私が話を伺った相手が、藤堂さんだとしても同じことを言うのですか?」
「藤堂?」
……チッ。あのバカ。人のことを勝手に話すなよな。クラスメイトで他国の王族が相手だとはいえ、『祝福者』の情報を漏らすなんて、場合によっては捕まるぞ。
まあ、文言なんて教えたところで実際に捕まることはないだろうけどさ。なにせ『祝福者』が魔物と戦う時には絶対にバレるものだし。
でも、他の人たちにとっては大したことのないものであったとしても、俺にとっては自分の祝福の文言は隠しておきたかった。
仕方ないことではあるけど、やるせなさもある。
一旦視線を逸らしてからため息を吐き出し、再び『聖女』に視線を戻して問いかけた。
「……それで、もし藤堂の言葉が本当だったとして、あなたは何が言いたいのですか?」
「私が知りたいのは、どうしてあなたがあんなことを言ったのかです。誰かを助けることは、助けるために頑張ることはくだらないことだなんて、どうして言ったのですか? あなたは誰よりも……それこそ、自身の願いで『祝福者』になることができなかった私なんかよりも、よっぽど誰かを助けることを尊いと思っているはずなのにっ」
……まあ、そうだろうな。あんなスキルを覚えるような奴で、『聖女』なんて呼ばれるような奴だ。人助けは素晴らしいことだと思っているのはある意味当然だろう。
ただスキルを覚えた者より、自力で人を助けるための祝福を得た人の方がすごい、っていう考えも一般的なものだ。
だからきっと、この『聖女』の言っていることは間違っていないのだろう。
さっきも考えたように、そのこと自体は否定しないさ。ただ、俺は俺を認めていないだけで。
とはいえだ、そんなことを事細かに話す必要はないし、話したところで理解してもらえないだろう。理解を得られたところで困らせるだけだ。
だったら、このまま何も話さないで適度に突き放して誤魔化した方がいいに決まっている。
「……王族っていうのは、随分と傲慢ですよね。まあその立場や普段の生活を考えれば仕方ないのかもしれないですけど」
「え」