九条対誠司
「……まあ、訓練として決まったから戦うけど、俺は考えを変えるつもりはないぞ」
こいつがこんな状況で俺と戦おうとしているのは、俺に勝つことで自分の傘下に入れるつもりなんじゃないだろうか。
だが、俺はこんな訓練なんかで自身の所属や将来を変えるつもりはない。そのことだけははっきり言っておかないと。
「ええ、私も本日はその要件でここに立っているわけではありません。ただ純粋に、あなたと力比べがしたかっただけです。あの時、私ではできなかったことを成し遂げたあなたと」
「あの時って……試験の時のことか? あれはお前が疲れていたこともあるだろ。それに対して俺は能力を隠して隠れてたんだ。どっちがどうだとか話すような状況じゃなかっただろ」
「だとしても、世の中は結果が全てだとは思いませんか? いくら努力しようとも、敵を倒せなければ死ぬだけですし、守るべき人々を死なせるだけです。あの時、私はみんなを救うことはできなかった。それが全てです」
まあ確かに、結果だけで論じればそうなるのかもしれないけど、でもなぁ……
とはいえ、こいつのこの考えは、祝福に由来するものだ。祝福を得た際の〝願い〟に縛られているからこそ、こんなふうな考えをしている。この考えは他人である俺が言ったところで何も変わらないだろうし、これ以上何かを言うのは無駄というものだろう。
「……それは個人の考え方だから好きにしろって言いたいところだけど、だからってどうして俺と戦いたいなんてことになるんだ?」
「戦いたいと言うよりも、そもそもこれは神在月家による修行で行われていることで、私の意思ではありません」
「それは、まあ……」
言葉自体は正しいんだけど、なんかなぁ。なんというか、ただ訓練だから修行だから俺と戦うんじゃなくて、まず俺と戦いたい理由があって、今回のことはちょうどいいからダシに使ってる、って感じがしてならない。
「それに、『祝福者』といってももう一人の祈さんとは戦ったことがありますから。お互いに全力ではありませんでしたし、不本意な流れではありましたけど、戦ったことは事実です。であれば、新たな経験を積むためにも戦ったことのない佐原くんと戦おうと思うのは普通のことではありませんか?」
「……そうだな」
それも間違いではないんだろうけど、やっぱり何だか言い訳がましい気がする。
「——ただ、せっかくの機会が巡って来たのですから、その機会に私欲を混ざっていることは事実です」
そんな俺の視線を感じ取ったのだろうか。九条はじっと俺のことを見つめた後、おもむろに口を開き、話し始めた。
「私は強くなりたい。強くならなくてはならないんです。だから、どうか本日はよろしくお願いします」
その言葉で、どうして九条がここまで俺と戦いたがるのか、理解することができた。
先ほどと同じだ。九条はあの試験の時に敵を倒せなかったことを悔いているが、それは祝福による〝願い〟のせい。
そして、俺と戦おうとしているのも〝願い〟のせいだ。
俺と戦うことで強くなる。あるいは、俺に勝つことで、もし万全の状態だったらあの時自分はみんなを助けられていたはずだ、と納得したいのかもしれない。
もしかしたら他の理由かもしれないが、何にしてもやっぱり自身の意思を捻じ曲げられてしまう『祝福者』なんてろくなものじゃないな。
「……やっぱ、祝福なんて碌なもんじゃないだろ?」
「ええ、それは理解しています。嫌と言うほどに」
以前はそう言っても同意してもらえなかったが、今は理解してもらえるところがあるのか九条は小さく苦笑を浮かべ、俺もそれに合わせるように苦笑した。
「それで、戦うことはわかったがその四人がお前のチームか? 藤堂はやっぱり同じチームなんだな」
九条のチームは、九条本人は当然のこととして、他に護衛である藤堂が参加している。後は少し話したことがある程度の奴だ。
そいつらがどんな能力を持っているのかも知らないが、多少交流があった中で目立つ奴は知ってるので、知らないということは大したことない奴らだろう。
なんでそんな奴ら……悪く言えば雑魚をえらんだのかわからない。俺に勝ちたいのならできる限り強いメンバーをそろえるべきだろうに。そうしないのは全体のバランスを考えたからか、あるいは〝自分が俺に勝つため〟だろうか。だから他の戦力は、こういったらなんだけど、大して役に立たない普通の奴を選んだとも考えられる。
まあ、実際のところなんてわからないけど。
「私としては経験という意味でも違うチームでも良かったのですが……」
「そんなことするわけないでしょ。仕方ない状況ならともかく、今は一緒にいるんだから。それに、普段から一緒にいるんだし、こういう機会に連携を高めるのは普通じゃない? いざ何かあった時だって、多分一緒にいると思うし」
「確かにそうね」
「なんだか、姉離れできない妹みたいな感じだな」
血は繋がっていないのかもしれないが、幼いころから一緒に育ってきたというだけあって本当に姉妹みたいに仲がいいな。
「誰が妹よ。……それよりも、あんたの方は準備できてるわけ?」
「ああ。いつでも始めていいよ」
そもそも、何か準備するなんてないんだ。祝福だって試合が始まってから使うことになってるし、今の時点でできることなんて何もない。
「それでは、これより対練を始める! 他の者達は下がれ!」
そうしれ俺と九条達五人が向かい合い、試合が始まるのを待つ。
「あとは好きに始めろ。開始の合図なぞせんぞ」
これも実戦なら合図なんてないから、とかそんな理由なのか?
でも、それならそれで気楽でいい。開始の合図がないってことはもう既に始まってるってことで、だったらやるべきことは––––
「「開演」」
「「「「上演!」」」」
まず俺と九条がほぼ同時といってもいいタイミングで祝福を使用し、それに一拍遅れて九条の仲間たちがスキルを使用すべく詠唱を始めた。
「やっぱり、最初は俺達の牽制合戦だよな」
詠唱が終わるまでそれほど時間はかからないだろう。けど、そう簡単に終わらせはしない。
祝福とスキルはその効果が大きく違うけど、もう一つ違うことがある。それは、詠唱を最後まで言わなくとも能力が使えるということだ。
当然ながらまっとうに詠唱した場合と比べると威力は落ちるけど、それでもスキルと同程度の効果くらいは期待できる。それは俺が普段から実証済みだ。なにせ、俺は普段から詠唱なんてしてないで使ってたんだからな。
「やらせないっ!」
他の仲間をサポートするためなのか、九条が俺と同じように省略した詠唱で能力を使い、俺に向かって矢を射かけてきた。
だが、その攻撃は以前見たものと比べるとなんとも頼りないものでしかなく、その矢を避けながら、のんびりと詠唱をしている九条の仲間に向かって『手』を伸ばした。
九条達へと伸びた二本の『手』は九条に射抜かれてその動きを止めた。そして、射抜かれたことで実際の俺の腕にも痛みが走る。だが……
「きゃあっ!」
「なんっ!?」
生憎と、『手』は二本だけじゃないんだ。
俺がまともに詠唱をしないで使える腕の数は四本。そのうち二本をこれ見よがしに敵へと向かわせ、残っている二本を雑草に紛れて地面を這わせる。元々が半透明だったが、この『手』は多少なら色を変えられることもあって意識していなければ見つけづらかっただろう。実際九条は上から向かわせた二本だけを警戒していた。
そして相手のメンバーを混乱させたこの隙に……
「〈誰かが悲しんでいるのは嫌だ〉」
『手』を操り、相手の詠唱を遮りつつ九条の意識をそちらへと向けさせている間に俺は俺で詠唱の続きを口にしていく。
「〈誰かが泣いているのは嫌だ。泣かないでほしい。笑っていてほしい〉」
最初は四本だけだった腕が、六、八、十と言葉を重ねるたびに腕が増えていく。
こんな詠唱なんて口にしたくないんだ。だって恥ずかしいだろ。詠唱なんてものを口にすることもだけど、こんな〝願い〟を言いふらすような真似をして恥ずかしくないはずがない。しかも、これが自分のうちから出てきた本当の願いであればよかった。でも俺のこれは、単なる事故。あの時限りの一時的なものだ。
それをあたかも俺の本質だとでも言うかのように後生大事に抱え続けなくちゃいけないんだ。だからこんなふうにそのことを再認識させられるのも、〝願い〟を言いふらすのも、ほんとうにクソッタレで大っ嫌いだ。
「〈僕がその暗闇から助けてあげる。だからまた一緒に笑おう。––––この手は誰かの手を掴むために〉」
そして、全ての詠唱を終えた俺の体から無数の腕が生えたことで、準備は整った。
だがそれと同時に……
「〈この世に蔓延る魔性を赦さない。私の苦痛も人生も、全ては人々を守るために––––私は魔を退けなくてはならない〉
向こうの準備も整ってしまったようだ。




