一対多数で潰せばいい
「だが安心しろ。今日この場にいる者の中にはこの二人を倒せる者などおらん」
ニヤリと笑いながら天満が言うと、その言葉が受け入れられなかったのか、修行生たちの何人かがむっと顔を顰めて俺達のことを睨みつけている。でも、文句は天満に行ってほしい。
ただ、天満がそんなことを言ったのにも理由があるんだよな。
その理由とは、単純にそれだけ祝福とスキルの間には明確な力の差があるということ。
スキルは祝福から生まれたものだが、所詮は祝福のかけらでしかない。つまり、劣化した能力でしかないのだ。力の強さも、能力の幅も、全てが劣っている。
だからスキルではよほどうまくやらないと祝福には勝てない。
これが天満のような達人が相手となれば俺達だって負けただろう。だけど、相手は俺達と同じ子供。修行中の者だ。
確かに向こうの方が長い間修行をしてきたかもしれないけど、逆に言えばその程度の違いしかない。その程度の違いで覆せるほど、祝福とスキルの差は小さくはないのだ。
「それではどこが安心なのかとお前達が騒ぎたくなるのも理解できる。だが、もう一度言うぞ。安心しろ。確かにお前達ではこの二人に勝つことはできんが、勝つことができる状況を用意してやろう」
ただ、それも真っ向からまともに戦った場合の話だ。
そんな俺達の勝ちが決まっているような戦いを、いくら『祝福者』との戦いを経験させるためとはいえ天満がさせるわけがない。
「スキルしか使えないお前達が『祝福者』に勝つためには二つ方法がある。一つ。能力そのものは劣っているのだから、それ以外の計略や戦術、経験や知恵で上回れば良い」
これに当てはまる一人が天満だな。これまでの経験と技術で、能力が劣っているはずなのに俺達を相手にしてもまともに攻撃を喰らうことなくやり過ごすことができる。それどころか、俺達を圧倒して倒しに来る。
「だが計略や経験など、そう容易く身につくことでもない。そのため、今回はこの方法で勝てとは言わぬ。はどうするのかと言ったら、こちらは簡単な話だ」
そう、本当に簡単な話だ。これ以上ないくらい単純で、誰でも思いつく方法。
「——囲んで潰せ。実に簡単な話であろう? 個人の武勇で叶わぬのなら、個人で挑まなければ良い。戦場では一対一で戦わねばならんなどといった制限もないのだからな。むしろ、多数で一人を潰すことができる状況を作り出した者こそを称賛すべきだ」
ある意味真っ当で当たり前の意見だ。
自分だけで足りないのなら、仲間を呼べばいい。数はそれだけで力だ。たとえ象と蟻ほどの力の差があっても、数をそろえれば蟻だって象を殺すこともできる。それと同じだ。
でも、向こうは仲間を集めてワイワイしながら強敵に挑み、俺達は一人でそれを迎撃するって……俺達は物語の魔王か何かか?
「今回はワシが場所も状況も整えてやった。お前達は複数人で班を組み、こいつらの内一人と戦ってもらう」
「おいっ! いや、あの、天満先生?」
そんな天満の説明に、思わず声を出して止めてしまったが、しかたないだろう?
俺達は「他の修行生たちとお前たち二人で戦ってほしい」と言われていたが、それは〝俺達〟と他の者が戦う二対多数でやるんだと思っていた。〝俺〟と〝祈〟を分けて戦わせるなんて聞いてない。
「なんだ。お前とて、多数の敵が本気で襲いかかってくる状況を経験しておいた方がよかろうに。むしろ、これからのことを考えればそうすべきだ」
「それはそうかもですけど……でも流石に一人で複数をってのはちょっと無理じゃないですか?」
これから何者かに襲われる可能性を考えるのなら、確かに複数戦は経験しておいても損はないだろう。
でも、何の準備もなしにいきなりと言われても、流石に勝てるとは思えない。祝福とスキルという差はあるが、それは一対一で戦った場合の話なんだから。
「それならばそれで構わんだろ。存分に負ければ良い」
「へ……?」
天満から帰ってきた予想外の言葉に、間抜けな声を返してしまった。
でもそうなるだろう。だって負けないようにするために鍛えてきたはずなのに、負けてもいいなんて言われたんだから。
「勝てるのであればそれでいい。だが、ここにいる半端者どもを相手に戦って勝てないのであれば、あるいは辛勝しかできないのであれば、お前は自分が複数を相手にすることはできないと理解することができる。それは実際の戦場において生きてくる考えだ。下手に自分は『祝福者』なのだから複数を相手取っても勝つことができるのだ、などと考えて死んでいくより、今ここで負けておいた方がよほど有益だとは思わんか? 負けから学べ、若人」
それは……まあ……納得できる話ではあるか?
元々調子に乗るつもりはないけど、知らずのうちに調子に乗ってやらかすことはあるかもしれない。それを考えると、ここでの結果を今後の指標とするのがいいかもしれない。
「他に文句はあるか?」
そういいながら天満はこの場にいる修行生たちを見回したけど、誰も何も言わず、天満は納得したようにうなずいた。
「ないようだな。ああそれと、祈。お前には一つ注意しておくことがあるが、間違っても殺すでないぞ。今回はお前の力を制御する能力を鍛えるための戦いでもある。苦戦し、負けたとしても何があるわけでもない。故に、勝つことよりも相手に重傷を負わせんように制圧することを優先して考えよ」
「はい。承知いたしました」
ああ、まあ祈はな。祝福のおかげではあるんだけど、ちょっと強すぎるからな。
魔物相手だったら頼りになる力だけど、『祝福者』ではない相手との模擬戦となると少し心配なところもある。
一応一般人を殺さずに制圧することができるけど、それだって複数を相手にした状態だとどうなるか分からないし、気を付けておくに越したことはないだろう。
「一組あたり五人だが、各員の能力は均一ではない。人数があぶれることはないが、残った者と組むと戦術を考えるのが大変になるぞ。……急げよ? それでは各自班を組め! 班を組み、作戦の決まった者達から始める!」
言い終えるなりパンッと手をたたいた天満だが、修行生たちの動きはまばらだ。素早く動いたものもいれば、様子をうかがっている者もいる。
「ほらほら、急げ急げ! おお? なんだもう決まったやつがいるのか? これはもしかしたら早々に班が決まることになるやもしれんなあ!」
チーム決めが始まってまだざわついているだけの段階だし、絶対にまだ決まっていない。だが、ニヤつきながらそう急かされたことで、修行生たちは慌てて辺りを見回しだした。
「性格悪……」
「何を言う。これも訓練よ。こういった突発的な状況であっても冷静に素早く考えて対応することができるかを確認しているだけだ」
「モノは言いようですね」
確かに天満の言っていることも間違いではないのかもしれないが、それでもこの人の性格を知っている俺達としては、ただ単に楽しんでいるだけだとしか思えなかった。
「さて、そろそろ本当に決まった頃合いか?」
チーム決めが始まってから五分ほど経っただろうか。まだ五分なのかもう五分なのかはわからないが、もう既に大体のチームが決まったのかある程度のまとまりができてきている。
「噂をすれば、か……だが、ふむ。そう来たか」
そして、すでにチームメンバーが決まったのだろう。とある五人組が俺達の方へとやってきたのだが……
「一番手はお前か、桜」
班員の四人を従えて俺達の前にやってきたのは、九条桜だった。
「はい。よろしくお願いいたします」
「その言葉はワシではなくこいつにかけるべきではないか?」
天満に示されたことで、九条は天満から俺へと視線を変更した。
「九条……」
こいつ、俺達の側にいないと思ったら敵側としていたのかよ。
というか、それでいいのか? こいつも『祝福者』なんだから、俺達側に入れるべきなんじゃないのか?
そう思って天満のことを見るが、天満は俺の視線に気づきながらもフッと鼻で笑うだけだった。
この野郎、と思ったが、だからと言ってどうすることもできないので、気持ちを落ち着けるために一度静かに息を吐き出してから再び九条へと視線を戻した。
「佐原くん。今日はよろしくお願いしますね」
こいつの本性を知ってしまったせいで、こうして丁寧に笑いかけられるとなんとも微妙な気持ちになる。
しかし、何だってこいつは俺達と戦うことになってるんだ? 俺達側として修行生たちと戦わないのは何か理由があるんだろうか?