修行最終日
——◆◇◆◇——
「——あ〜、疲れたあ!」
「珍しいな。お前がそんなに疲れるなんて。そりゃあ修行だからだろうけど、普通に鍛える程度じゃ大して疲れないだろ?」
「そうだけどさぁ、今回は祝福を封じた上で全身に重りをつけてたし、他の子達と違って他のことしてる最中でも攻撃が飛んで来るんだもん。当たったところで怪我するほどじゃないけど、痛いことは痛いから避けないわけにはいかないし、そのせいで無駄に疲れたの」
「お疲れさん。まあ、一週間だけだし頑張れよ」
「兄さんの方は何やってたの?」
「俺は基礎体力をつけた後は祝福を使った状態での……マラソン?」
「なんで疑問系なわけ?」
「いや、マラソンみたいに走る以外にも崖登ったりしたし……まあ『手』を使っての行動に慣れることがメインだったな。あとは対人戦」
「あ、それは私の方もやってた。っていうかどっちかっていうとそれがメインだったし」
九条が来るなんて思いもしていなかったが、それでも特に何かがあるというわけでもなく修行は順調に行われていった。
最初は『祝福者』だけで修行をすることになるのかと思っていたのだが、どうやらそういうわけでもないらしく、今日なんかは他の人たちの中に混じっての修行となっていた。
ちなみに、今日やった内容は祝福を使いながら山の中を走り回ることだ。
祝福の持続時間と操作能力の強化と、それから基礎体力の強化が狙いのようで、他にも似たようなことをしている者たちがいた。
これで一人だけが能力を使って走ってるんだと疎外感を感じたかもしれないけど、他にも使っている者がいるということで少しだけホッとしたものだ。
色々と以前行った修業とは違っている個所もあるが、まあこれが役に立つだろうなというのは理解できる。……理解できても、きついことは変わらないけど。
「そうだ。それから、九条さんもこっちにいたよ」
九条は遠距離攻撃を行う祝福であるため、修行するときには俺達と分かれて修行することがあるようで、今日は一緒ではなかった。それから、祈も。
まあ祈は他の人たちと違うからな。祝福を使っていなかったとしても、他の人たちにとってきつい修行も祈なら軽々こなすことができてしまうだろう。
そのため、祈が違うメニューをこなすのは理解できるけど、どうやら九条も一緒にいたようだ。
さっき祈から聞いた修行内容からすると、祈が何かやっている最中に九条が矢を放つのか?
想像するだけできつい修行だってのが理解できるな。
「あー、あとついでにあの子ね。藤堂光里。なんか言いたいことがあるのか知らないけど、好きあらばこっちを見てきたんだよね。何か知ってる?」
「藤堂か。特に何があるとは聞いてないけど……喧嘩しなかったか?」
藤堂は九条の護衛を兼ねてるだろうし、そばにいることはおかしくない。だからそれ自体は良いんだけど、でもなぁ……
もうすでに解決したことではあるけど、祈と諍いを起こしたことがある。祈の方は何の蟠りもない……本当になんとも思っていないんだけど、向こうはそうではないようで学校にいる間もあまり話してこない。というか、一言も話さないんじゃないか? 必要最低限の連絡事項や頷きが必要な場面では返してくるけど、それだけだ。
そんな普段の二人の様子を知っているだけに、こんなある種の閉鎖環境で一緒に過ごすこととなって問題が起こらないか少し心配なのだ。
「しないってば。私ってそんなに子供だと思う?」
「まだまだ子供だろ。少なくとも、言うほど大人ってわけではないと思うぞ、俺もお前も」
俺達は肉体的にも精神的にも、まだまだ子供だ。特に、祈はな。
経験の濃さという意味では俺や祈はそれなりだろうし、他の子供たちよりも大人に近い考えをできるだろう。知能に関してもそうだ。
でも、精神面の成熟度合いに関して言えば、俺もそうだが、祈はまだまだ子供だ。間違っても大人だなんて言えない。
「知力や身体能力だけで言ったらもう大人を超えてるはずなんだけどなぁ」
「人間ってのは能力の強弱だけじゃないからな。人間を人間たらしめるのに一番大事なのは心だ。それが育たない限りいつまで経っても子供だよ」
たとえ人形やロボットであろうとも、そこに感情が宿って自我をもって行動しているのであれば、それは〝人〟だと思うし、肉体が人間で大人であっても、心が未熟であればそれは子供……ガキだと思う。
だから要は、心の在り方が大事なんだ。
「心ねー」
「それでも、前よりはずっと成長してると思うけどな」
そうだ。祈も最初のころに比べれば随分と成長している。それこそ、人間社会に一人で放り込んでも問題なく暮らしていけるくらいにはな。
そう考えると、なんとも感慨深いものがあるな。
「——兄さん」
なんて、これまでのことを思い返していると、突然祈が俺のことを呼んだ。だが、その様子はどこかおかしく、普段とは違っていた。
「私は、兄さんの妹をうまくやれていますか?」
妹が兄に問いかけるにしてはおかしなセリフだろう。
だが、そこに込められた意味を俺は知っている。知っているうえで答える。迷うことなんてない。俺の答えなんて、最初から一つしかないんだから。
「……妹なんて、うまくやるようなもんじゃないだろ。お前はお前でいいんだよ。下手なことを考えずに、好きに生きてくれればそれでいいんだ」
誰が何と言おうと、〝佐原祈〟は俺の妹だ。
たとえ国が認めなくても、両親が認めなくても、それだけは間違いない。
——◆◇◆◇——
それからおよそ一週間。初日以外は他の修行生たちと一緒に山の中を走り回ったり崖を登ったり、時折天満に誘拐されたりして過ごしてきたわけだが、そんな日々も今日で最終日となった。
これまでの一週間で、友達とまではいかなくとも会ったら挨拶を交わす程度の間柄の人はそれなりにできたので、これで終わりかと思うと少し寂しい気もする。九条とかとはこれからも会うことになるけど、ここ程頻繁に話すこともないだろう。
とはいえ、寂しいといっても元々それほどかかわりのある関係ではないんだ。会わなくなったところでがいがあるわけでもなし、いつも通りの日常に戻るだけだ。もっとも、今日は最後の日だから俺達に話しかけてこようとする奴は多い気もするけどな。
ただ、少し気になるのが今日の修行内容なんだよな。今日は最終日だっていうのに、あの天満がいつも通りの修行で終わらせるとは思えない。最後は最後らしく何か特殊な試験のようなものを用意しているんじゃないかと思えてならない。
そんな俺の考えを肯定する様に、朝食を取り終えて訓練服に着替えていると、どこか楽しそうな表情をしている天満が俺の許へとやってきた。そして、厄介な事を言いつけられることとなったのだが……マジかよ。
その頼みのあまりのめんどくささに断ろうと思ったのだが、押しの強い天満に負け、結局は了承することになった。
俺達と天満の間で話が付いたことで、俺達は意気揚々と進む天満の後をついてとぼとぼとあるいていく。
向かう先は訓練場。普段よりも集まる時間が遅いが、それは天満に呼び止められたのだから仕方ない。
若干憂鬱になりながら進んでいると、すでに話を通したのか途中で俺達のことを待っていた祈と合流して訓練場へと向かう。
訓練場にはすでに全ての生徒が集まっていたようで、いつも通り綺麗に整列して俺達のことを……いや、天満のことを待っていた。
天満がこうしてみんなの前に出てきて話をするのは珍しいことではないが、その後ろに俺達が付いていることが気になったのか、集まっていた皆はいつもより集中しているように感じられる。
「皆これまでよくやってきた。今日は普段とは違い少し特別なことをするとしよう!」
突然の天満からの言葉に、修行生たちは困惑したように近くにいた者達と顔を見合わせたりしてザワザワと騒がしくなった。
だがそんな修行生たちのことを無視して、天満は俺達に視線を向けると肩を掴んでみんなの前に押し出すようにしながら声をかけてきた。
「おい、誠司。それに祈も、お前たちの出番だぞ」
「……本当にやるんだな。はぁ」
「九条さんは呼ばれないんでしょうか?」
「さあな」
言われてみれば今回のイベントに九条がいないのは少し気になる。なにせあいつも俺達と同じ『祝福者』なんだ。天満の考えたイベントにはいてもおかしくない人材だろうに。
だが、そんなことを気にする暇もなく、天満がみんなに向かって説明をし始めた。
「さて、今日までの修行で皆この二人の能力を目の当たりにしただろう。これぞ『祝福者』。自分達のようなスキルとは違う本物の奇跡。そう納得した者もいれば、その価値を理解できんかった者も居よう。それも仕方ないことではある。その真価は実際に対峙してみなければわからんものだからな。故に、今日はこの二人とそれぞれ戦ってもらう」
そう。それが今回天満から頼まれたイベントの内容だ。
簡単に言えば、俺達対他の修行生たちというもの。