九条桜の想い
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「本日より新たに修行に加わる仲間が増える! 皆多少は顔を見たり話したりと交流したことがある者もいるだろうが、これを機に尚の事仲良くするように」
色々あった初日を終え、いざ二日目。
今日は昨日のようにいきなり天満との個人訓練ではなく、他のみんなと同じように訓練場に集まっていた。これから修行が始まるんだな。……俺達は最初が同じだけで後は別行動だけど。
一週間だけではあるが修行を頑張ろう。じゃないとせっかく来た意味がないし、天満のしごきに耐える意味もない。
だがそうして意気込んでいたのだが……
「……なんであなた達がいるわけ?」
「そっくりそのまま聞き返したいんだけど?」
どうしたことか、その参加する人物というのは九条だった。後一応付き人である藤堂もいるが、どちらも俺達のことを見てわずかにではあったが顔を顰めている。
どうやら天満が言ったように新しい修行生としてここに来たようなのだが、なんでこいつもここにいるんだろう? 自分の家で鍛えられるはずだし、そもそもいろいろと忙しかったりするんじゃないのか?
天満からの紹介がおわったことで修行生たちは全員自身の修行をするために移動し、その場に残ったのは俺と祈と天満、それから九条だけとなった。
だが、なんとも気まずいな。せめて藤堂が一緒ならよかったんだが、あいつは『祝福者』じゃないからな。俺達とは違ってみんなと一緒のメニューで修行が行われるようだ。
「……俺達は昔ここで稽古をつけてもらった縁があるのと、桐谷に誘われたからだ」
「私は……少し鍛えようかと思ったのよ」
「そうか」
「そうよ」
「「……」」
こんな状態でこれから修行をしていくのか?
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夏休みに入る前日。九条桜は学校ではなく日本の本土にある自宅に戻っていた。他の生徒達も夏休みなので申請をすれば帰省することができるが、それでも一日くらいはゆっくりして、夏休みに入ってから行くのが普通である。
桜がそうしないで終業式を終えた直後に戻ったのは、それは夏休みと言えど翌日から予定が詰まっているためである。
他の生徒たちはもう少し余裕のある日程が組まれているが、流石は天皇の血族といったところだろうか。
明日から夏休みを控えている桜はそんな状態に不平不満がないのかと言ったら、もちろんある。
だが、今まで『いい子』として育ってきた桜はわがままを言うこともなく、ただ親の言うことに粛々と従ってきた。
今回もそう。逆らいたい気持ちはある。すべてをひっくり返してやりたいとも思っている。
でも、それは今じゃない。今やったところで何の成果も出すことができず、余計に縛られる日々となってしまう。
それを理解しているからこそ、桜は逆らわない。そして、そんな状況をどうにかするために準備をしているのだが……これがなかなかうまくいかない。
いや、準備そのものはうまくいっているのだ。このままいけば、完全なものではないかもしれないが十年もすれば桜は自由になれる。
最初はそれでいいと思っていた。だが、自身の想定にない『力』を見つけてしまい、欲が出た。
その『力』とは、佐原誠司と佐原祈の兄妹の事。あの二人が自身に協力をしてくれれば、予定を何年も繰り上げることができると桜は確信している。だから行動に移したのだが……今のところ色よい返事はもらえていない。
ゆっくり距離を詰めて話を進めるしかないだろうと考えを新たにしてからため息を吐き出すが、それによって余計に誠司のことを考えてしまう。
『祝福者』。桜自身もそうである上、他者の祝福を見たのが初めてというわけでもないのだが、どうしてか桜の脳裏からは誠司が祝福を使う姿が色濃く残っていた。
桜の願いは『魔物を倒してみんなを守る』だ。だが、その願いを果たすことはできていなかった。
状況が悪かった。タイミングが悪かった。そういったいろいろな事情はあっただろう。
だが、神から認められた〝願い〟とはそれほど簡単に割り切ることができるものではない。
そして、自分にはできなかったことをやってのけたことによる敗北感から、桜はあの時の誠司の姿が忘れられないでいた。
負けた。役に立たなかった。あれだけの力があれば。私は……
「はあ……。いえ、ダメよ。しっかりしないと」
だんだんと思考がマイナス方面へと向いてしまう桜だったが、意識して思考を切り替えるために呟いた。
だが、自室にいる桜だが、そんな桜の呟きを聞いている者がいた。
「桜? どうかした?」
幼馴染でもあり桜の護衛でもある藤堂光里は、桜と同じように終業式が終えるとすぐに準備を終わらせて桜と共に帰ってきた。
もっとも、光里の場合は帰ってきたといっても自宅に戻ったわけではないのだが。
「いいえ、なんでもないわ」
「そう? んあー……でもなんか悩んでる風じゃない?」
「本当になんでもないわ」
「ならいいんだけど……なんかあったら言ってよね。手伝えることがあったら手伝うし、なくってもなんかするからさ!」
「ええ、ありがとう。光里」
桜としては誰か他人に話すようなことではないし、話して心配をかける必要もないと判断して誤魔化したのだが、そんな桜の様子を光里は桜の考えとは裏腹に桜のことを心配して眉を寄せた。
自身の言葉のせいでそんな顔をさせてしまったことで、桜はやはり少しくらいは話すべきかと考え直して口を開いた。
「……光里。あなたはこの間の佐原さんの能力を——祝福を見たわよね?」
「え? あーっと、佐原って兄の方だよね? うん。あのすっごいいっぱい手が出てきたやつっしょ? 見たけどどうかした?」
「どう思った?」
「どうって……んー。まあ、あいつ祝福者だったんだー、って感じ?」
「そう……」
『祝福者』となるほどの〝願い〟もなく、ただ生き残るためだけに戦っていた光里にとってはそれくらいにしか思わないのだろう。
だが桜は違う。魔物を倒すという〝願い〟があった。自分が助けるという願いもあった。
それなのに自分は結局みんなを助けることはできなかった。
だが、そんなことを言ったところで、桜がどうしてそのことで悩んでいるのかなんて光里には理解できないだろう。
光里は桜にとって唯一といってもいいほどの親しい存在で、友人だ。けれど、桜にとって本当の意味での理解者ではない。だって、光里は『祝福者』ではないのだから。『祝福者』となった者の苦悩など分かるはずもない。
それを理解しているからこそ、桜はそれ以上言うことなく、話を逸らすことにした。
「ねえ、あなたは祝福が欲しいって思ったことはある?」
「ううん。ないよ。だって、桜に対する仕打ちを知ってればそんなこと思うわけないじゃん」
「そう、よね……」
「そう考えると、あの二人って結構大変っていうか、すごいわねー」
自身にとって唯一の親しい存在が、自分にはできなかったことをした存在について褒めたことで、桜の胸の奥にじくりと鈍い痛みが生じた。
「しかも、あの詠唱もね。全部は覚えてるわけじゃないけど、誰かを助けたい~、とかそんなんだったでしょ? そんな〝願い〟で祝福を得るだなんて、なんていうか、すっごいお人好しじゃない」
「……そうね。私とは大違いだわ」
桜は『祝福者』ではあるが、純粋に自分の願いによって成ったわけではない。九条家は家の都合によって『祝福者』が欲しかった。だから九条家は血縁の子供たち全員に厳しい修行と洗脳とも呼べるほどの教育を施した。
その結果が『九条桜』だ。誠司のように誰かを助けたいと自発的に願って手に入れたのではなく、誰かを助けなければならないと、魔性の存在を倒さなければならないと、さながら強迫観念のように思いこまされ続けながら鍛えてきた。
『祝福者』となった桜だが、その願いは純粋なものではなく、始まりからして歪んでいるものだと理解しているために、他の『祝福者』に壁を感じていた。
壁––––言い換えるならば劣等感だ。
これが他の『祝福者』であれば桜もそれほどまで意識することはなかったのだろう。あるいは活動範囲が離れていれば、接することもないのだから問題とはならなかったかもしれない。
だが、誠司も祈も桜と同い年であり、同じ学校に通っている。
その二人は真っ当に『祝福者』となったのに自分は……。と桜は思ってしまっていた。だからこそ、つい自分と比べてしまい言葉が漏れてしまった。
「え……なんか言った?」
「いいえ。なんでもないわ」
だがそれをはっきりと言葉にして話してしまえば余計に心配させてしまうと分かりきっているため、桜は笑顔を浮かべながら誤魔化した。