身近な大人
——◆◇◆◇——
「——悪い。少しトイレ」
「おう」
部屋に戻り適当に過ごした後は、夕食の時間ということで修行に来ていたみんなと共に大広間で食事をとることになった。
これも交流の一種なんだろう。みんな初対面だってのに積極的に俺たちへ話しかけてきた。
その際に、言うか言うまいか悩んだけど、結局俺たちが『祝福者』であることを話すことにした。どうせもう俺の名前とか居場所とか立場とか、お偉方の家にはバレているだろうし、ここで隠してもあまり意味はないだろうと考えたのだ。
だがその考えは間違いだったと思わずにはいられない。
確かに、家そのものには俺の情報はあっただろう。だがその子供達には完全に情報が流れていたわけではなかったようで、俺たちの事に驚いた者もいれば、自分達のところに取り込もうとする者もいた。
そんな周りの態度が少し鬱陶しくて、俺は笑顔を浮かべながら断りを入れると席を立って廊下を進んでいく。別にどこにいくわけでもない。そもそもどこに何があるのかもあまり覚えていないし。
ただ、あの賑やか鬱陶しい空間から少し離れたかっただけだ。
「……はあ」
「どうした、そんなため息をついて。存外〝普通〟に暮らしているように見えたが何ぞ悩みでもあるのか?」
「先生? どうしたんですか急に」
ノロノロと廊下を歩きながら息を吐き出していると、天満が姿を見せた。
けど、さっきまで気配もなければ視界に移ってなかったのに、いったいこの人はどこからやってきたんだろうか? 聞いたところで修行不足だ、とか言われてまた何か始まるかもしれないから聞かないけど。
「先ほど桐谷の小倅と話しているのを見てな。それ以外にも、他の子供達と話していただろう? 思ったよりも馴染んでいたではないか」
「まあ、普通に話すくらいなら。ただ、やっぱり『祝福者』ってことがバレてることもあって、桐谷以外は態度が違いますね。壁があるというか、打算的な対応というか。まあ人間なんてそんなものだとは思いますけどね」
賑やかなのが嫌いなわけじゃない。だって、そんな場所は俺が求めていた〝普通〟の一部なんだろうから。
……ただ、普通の賑やかさだったらいいんだけど、ここでの賑やかさは少し普通とは違っている気がする。
桐谷も言っていたが、所詮は交流のための会話で、打算ありきの笑顔なのだ。
そりゃあもちろん普通の人間関係でも打算や笑顔の裏の感情とか色々あるだろうってのは理解している。
けどここではそれが露骨というか、みんなそれを承知の上で上辺だけの話をしているようにしか感じられなかった。貼り付けた笑顔と、テンプレート化した台詞。
なんというか……それが受け入れられない。
社会に出たら必要なことだろうし、普通の交友関係でもそういったものはあるだろう。
けど、俺は普通に普通の友達が欲しいのだ。
……我ながら、なんとも拗らせてるとは思うけどな。
「……先日の件はすまなかったな」
「どうしたんですか、いきなり。らしくもない」
なんてことを考えていると、天満がガラにもなく突然謝罪を口にした。なんのための謝罪なのかわからないし、そもそもこの人が謝るなんて滅多にないことだ。少なくとも俺はこの人がここまで真剣に謝っている姿を見たことがなかった。
「こいつ、言うではないか。……襲撃の件だ」
「襲撃って、それでどうして天満先生が謝るんです?」
「あれは色々と事情があったとはいえ、学園や国の考えのせいでお前達に迷惑をかけたからな。お前も、隠そうとしていた能力まで使う羽目になったのだから思うところの一つや二つくらいはあるだろう?」
「まあ、ないといえば嘘になりますけど、そんな気にするほどのことでもないですよ。あのくらい、自分で何とかできますから。これからだって、まあ何かあるんでしょうけど、その時も自分達で何とかしますよ。その為に今日だって鍛えてもらったわけですし」
そもそもあの襲撃は、クリフォトの連中のせいであって天満のせいではない。防げなかった方が悪いんじゃなく、防がないといけないようなことをした馬鹿どもが悪いに決まっている。
だから、天満が謝るようなことなんて何もない。
むしろ、いくら俺たちが『祝福者』だとはいえ、前当主に直接稽古をつけてもらっているんだし、そのことを感謝すべきだ。謝ってもらうことなんて何もない。
今後も俺達が『祝福者』だとバレたことで何かしらが起こるんだろうけど、それはそれで仕方ないことだ。
起こるであろう何かは、仕方ないけど自分達で対処すればいい。そのための力はあるんだし、自分達で対処する他ない。
だって——誰かが助けてくれるなんてことはないんだから。
「……お前は、もう少し他者を頼れ」
そんな俺の言葉に何を思ったのか、天満は少し不愉快そうに眉を寄せてそう語りかけてきた。
けど、本当に珍しいな。この人がこんな態度をするなんて。天晴さんと話した時も似たようなことを言われたけど、そんなに言われるほど今の俺と祈の状況はまずいんだろうか?
「そんなに言われるほど何かありますか? 天晴さんにも言われたんですけど」
「そうか? まあ、あいつは言うか。打算で動くくせに、子供が相手だと甘っちょろい考えを持ち出すやつだからな。そういう意味では、おまえと少し似ているかもしれんな。他の誰かを助けたいなんて思うところが」
あの人ってそんな人だったんだ。でも、似てるというのは少し不服だ。あの人に似ていることが、ではなく、あの人が俺に似ていることが、だ。
天満は俺の本質は人助けをするのにふさわしいものだって言ったけど、俺はそうは思えない。
だからもし本当に天晴さんが誰かを思いやって助ける人なら、俺みたいに祝福で誰かを助けたいと思っている人と同じ扱いをするのは失礼だから。
そんな俺の反応を見てか、天満は緩く首を横に振ると再び話を戻した。
「ただまあ、お前達の場合は頼るのが難しいのも理解している。最も身近なはずの大人はお前達の身近であることを捨てて消えた。次に身近な大人は……まあ、〝あれ〟だからな。頼り甲斐なんてなかろうさ」
〝あれ〟っていうのは……ああ、先輩の事か。確かに、俺達にとって一番身近な大人って言うとあの人になるのか。なんか大人って感じはしないけど、でも頼りになるところがあるのも知っている。
「……意外と有能な部分があることは確かですけどね」
「そこはわしも否定はせん。だが、能力云々以前の問題であろう、奴は。どうしようもなく悩んだ時に頼りたいと思うか?」
そう言われるとなぁ……。
頭の中に先輩の姿を思い浮かべてみるけど、そうして出てくるのはだらけながらお菓子を食べているところか、狂ったように集中して絵を描いている姿だけだ。
どっちにしても、助けを求める相手に相応しいかって言われると、答えに悩む。
「……本当に打つ手がなくなった時は、多分頼るんじゃないですか?」
きっと本当に必要になったら頼るはずだ。実際、この間の学校襲撃犯を探すときだって先輩のところに行った。……結局役に立たなかったけど。でもそれは国の事情があったからで、頼ること自体はしてたんだ。
だからきっと、次も何かあったらあの人のことだって頼るはずだと思う。
「そこまで行っても頼ると断言できない時点で答えは出ているようなものだろう」
天満は嘆息しながら言ったけど、俺はそれに対して視線を逸らすしかできなかった。
「まあ奴のことはいい。問題なのはお前達に身近な大人がいなかったという事だ。やつの次に身近な大人は国の連中で、利益や打算でお前達に近づく者ばかり。ワシらに頼っても構わんが、お前が頼るにはワシらの距離は遠すぎた。だから頼ることができなかったのも理解はできる。だが、『英雄』と呼ばれていたとしてもお前達だけでなんでもできるわけではないのだということを覚えておけ。それを忘れて我を通せば、いずれ〝砕ける〟ことになるぞ」
修行していた時に比べて随分と情けない表情をしながらそう言った天満は、最後に俺のことをじっと見つめるとそのまま何も言わずに立ち去って行った。
「……一度砕けたんだから、もう一回砕けたところで大差ないですよ」
そう呟いて息を吐き出すが、今度は誰にも聞かれることなく空気にとけていった。




