神在月天満
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「さて、それではこれより体術の修行を始めていくが……久しぶりだ。全力でかかってこい」
天満に攫われて、おそらくは神在月家の敷地内なのだろうがどこかの山の真っただ中へと放り出された俺と、天満の後をついてきた祈。
そんな俺達に、天満は早速とばかりに腕を組みながら堂々と告げた。
天満は隙だらけの恰好に見えるが、すでにスキルを使用しているために隙などない。俺達が襲い掛かれば、すぐにでも動き出すことはできるだろう。
事ここに至っては逃げることもできず、戦わないという選択肢もない。となれば戦うしかなく、俺と祈は一瞬だけ視線を交わすと、すぐさま祝福を発動して天満へと襲い掛かった。
だが……
「そらどうした! お前達は学園で何を習った! 武器術も習ったのだろう? であれば使ってこい!」
俺も祈も、全力ではないとはいえ祝福を使っているというのに天満にまともに攻撃を通すこともできていない。祈の攻撃は流され、俺の腕は踏みつぶされる。
そのたびに腕が潰れる痛みが襲ってくるが、それを堪えて腕を操り天満を狙う。だがそれでも、精々が服をかするくらいで、肌を撫でる事すらもできないでいる。
確かに俺達は学園でそれぞれ武器の使い方を学んだ。俺の場合は一般的な両刃剣とナイフの扱いだな。あくまでも素人よりはマシってだけで、専門的に鍛えた人と比べればまだまだだ。
けど、このまま素手で戦い続けるよりはマシというのは間違っていない。
ただ一つ問題があるとすれば……
「そう言っていただけるのは、ありがたいんですけどっ! 俺達武器なんて、持ってきてないですよ!」
今の俺は剣どころかナイフの一本も持っていないのだから、使う使わない以前の問題だ。
「なに? それはいかんな。お前達弛んでおるぞ! 武器を持たずしてどうする!」
「友達に誘われた旅行に武器を持っていく奴がどこにいるんですか!」
旅行といっても最初から修行のためにこの場所に来るってのは分かってた。けど、だからと言って常に武装しているわけではないのだ。修行が開始したら武器を持つだろうけど、それまでは持つ必要なんてないんだから。
「何をやるとも何をもってこいとも聞かされてないのに、武器なんて持ってくるわけないでしょ!」
「なるほどのぉ。確かにそう言われれば理解はできよう。だが、それでも弛んでいるのは事実だな。敵に狙われている可能性はお前とて理解していたはずだ。であるならば、いつ襲われても良いように武器の一つ二つは常に持ち歩くべきではないか?」
「次からはそうしますよ!」
「仕方あるまい。では武器は明日からで、今日はこのまま体術のみとするか」
そうしていったん会話は終わり、それと同時に天満がわずかに腰を落とした。直後、天満の足下の地面が砕け、天満が姿を消した。
どこに消えた。そう考える間もなく横から何かが激しくぶつかり合う音と衝撃がやってきた。見れば祈が天満の拳を真っ向から受け止めていた。
「くっ——! 『祝福者』二人がかりでも倒せないなんて、本当はこいつも『祝福者』なんじゃないの!?」
そういいながら天満に向かってボディブローを放つ祈だが、その拳は軽い音とともに流され、代わりに天満の肘打ちが祈の方に命中した。
「師に向かってこいつとはなんだ。言葉がなっていないぞ」
それによって再び天満と俺達の距離が開くが、天満の言葉を聞くや否や今度は祈から走り出した。
「じゃあその化け物じみた動きを止めてよね! 素直にやられるんだったら普通の人間として対応してあげるからさあ!」
「何を。この程度、熟練の戦士であれば誰だってできるわ」
楽し気に笑みを浮かべながら祈の攻撃をさばいていく天満。そんな化け物の邪魔を少しでもできれば、と俺は祈の邪魔にならないように気を付けながら腕を伸ばしていく。
だが、何本も腕を伸ばしても、その一つ足りとて天満を捉えることはできない。
こんな芸当が誰にだってできるなんて絶対に嘘だろ!
「できるわけないだろ! そんなんが誰にでもできるんだったら、『祝福者』がここまで有り難がられることなんてないだろ!」
もしこんなことが誰にでもできるようなら、俺みたいなガキを特別扱いしないでもっと才能があるやつを育てた方がいいに決まってる。
「『祝福者』の価値とは、その強さではなくスキルを生み出すことができるという事と、鍛えればワシらのようなスキル保有者よりもはるかに強くなれる事だ。初めから強いなど誰もいってはおらんぞ。悔しくば鍛えい! そも、お前達は自身のことを『祝福者』などとほざいておるくせに、祝福本来の力を出しておらんではないか! 何を躊躇っておる!」
少しだけ怒りが込められた天満の怒声に、祈が動きを止め、俺もそれに合わせて動きを止めた。
「だってこれ、体術の修行なんでしょ? そっちもスキル使ってるからスキルの範囲程度に能力は使ってるけど、本気でやったら修行にならないじゃない」
ここまでいいようにやられて負け惜しみを言うようだけど、事実俺も祈も、天満が言ったように全力ではなかった。
もちろん本気ではあった。ただ、こっちは二人がかりだし、最初に体術を鍛えるといっていたこともあって、能力の使用は加減していた。精々がスキルでできる最大値程度の能力だった。
「なんだ、そのようなことを思っておったのか? なんとも舐められたものだ……」
天満が不機嫌そうに呟いた直後、俺達は今までにないほどの圧力を感じることとなった。
「「っ!」」
「初めに伝えたであろう? 全力で来い、と」
物理的な力ではない。ただ、天満からあふれ出している気が強すぎて物理的に影響を及ぼしているだけだ。
こんなすさまじい圧なんて感じたことがない。これ、下手をすれば『祝福者』なんかよりも強いんじゃ……
「そら! 全力で防がねば死ぬぞ!」
そう口にしながら天満は一歩前へと踏み出した。
「「開演!」」
天満の言葉に危機感を得た俺達は、天満が何かをする前に反射的に祝福の文言を口にしていた。
今度は半端なものではなく、完全に自分が使える全ての能力を引き出すために。
「そうだ! そうでなくてはな! これでようやくワシの修行になるというものだ!」
俺達の様子を見て、天満は心の底から楽しそうに笑みを浮かべ、直後その笑みは獰猛な獣の如きものへと変貌した。
これは……やばそうだな。
「俺たちの修行のはずじゃないんですか?」
少しでも相手の気勢をそぐために口にした問いかけだが、疑問自体は本当に感じていることだ。ワシの修行ってどういうことだよ。
「ぬ? もちろんお前達の修行でもある。だが、お前達だけ得をしてワシには何もなしと言うのも非道い話ではないか? ワシにも何か利するものがあってもよかろう?」
「利益になる前に死んじゃわないようにね!」
言葉を口にしながら突然走り出し、正面からの奇襲を仕掛ける祈だが、当然のようにその攻撃は流される。
だが、今回はさきほどまでのように天満からのカウンターは許さない。そのまま祈は連続して攻撃を繰り出し続けた。
「老人を相手に死ぬなどと不吉なことを言うものではないぞ」
「殺しても死なないような人が何言ってるんだか!」
凄い戦いだな……場所自体はそれほど移動していないけど、二人の動きが速すぎてついていけない。これじゃあ腕を増やしたところで天満を捕まえることなんてできやしないだろう。
「そら、誠司。お前は来んのか?」
「今いきますよ」
祈の邪魔にならないようにするのは難しいが、周りを囲んで逃げ場を減らすことくらいはできるか。破壊して逃げるかもしれないが、こっちも損傷を覚悟で止めにかかれば動きを鈍らせることくらいはできるはずだ。
腕を破壊されれば痛みがあるって言っても、実際に腕が傷つくわけじゃないんだから我慢すればいい。せっかくやるんだ。だったら全力でやってやる!
「前に似たような魔物と遭遇したことがあったが……それよりも楽しませてもらえると良いのだがな」
数百に及ぶ腕と怪力の『化け物』を前に、天満は楽しげに笑って拳を構えた。