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神在月の前当主

「父上。こちらに来られたのですか? 他の子供たちはどうされたんです?」


 突然の乱入者であるにもかかわらず天晴さんは驚いた様子もなく姿を見せた人物へと話しかけた。

 それもそのはず、乱入者と言ってもそれは俺達も知っている人物であり、天晴さんの父親である神在月家前当主だったのだから。言葉からしても、あらかじめこうなる予定だったのだろう。


「そのようなものとっくに見終えたわ。故にこちらに来たのだ。師との再会を拒む可愛げのない奴がいなかったのでな」


 神在月天満てんま。それがこの筋肉の塊の名前だ。そして、できることならばもう二度と会いたくなかった人物でもある。

 この人のせいで何度死にかけたことか……小学生だった俺にとってはトラウマものの人物だ。


 できることなら関わりたくない。今すぐにでも逃げ出したい。

 でもそれは礼儀的に問題があるし、なによりも俺が逃げ出そうとしたところで捕まるに決まっている。


「……ご無沙汰しております、天満先生」

「おひさしぶりです」


 仕方なしに挨拶をする俺に続いて祈も挨拶をしたが、俺とは違って祈は特にこの人に思うところはないようだ。けど、まあそれはそうだろう。なにせ祈にとっては必要な技能を教えてくれた相手、というだけでしかないのだから。

 祈としても以前の修行はきつかっただろうけど、それでも必要な事だったと理解しているから愚痴の一つも溢すことなく淡々とこなしていた。そこに恨みや恐れなどあるわけがない。


「うむ。お前たちは二人とも元気そうで何よりだ。まさか再びこの家でま見えることになるとは思いもよらなんだが、これも天の導きというものだろう」


 こんな状況が天の導きだって言うんだったら、そんな天はクソッタレだ。ああいや、元からクソ野郎だったか。なにせ、俺達に呪いを押し付けたような奴なんだし。


「それで、話は終わっているのか?」

「ええ。元々話と言っても大したことはありませんでしたし、ただ挨拶と今後の予定について話していただけですから」

「では連れて行くぞ」


 そういいながら天満はズン、ズンと一歩一歩力強く威圧するかのように近づいてきた。

 そんな姿を見ていると、やはりどうしても臆してしまう。


「あの、先生。やはりというか、俺達の修行相手って……」


 どうか違っていてほしいと、この期に及んでも考えてしまう。だが……


「無論、ワシだ」

「ああ……」


 当然と言えば当然な答えに、俺は諦めたように声を吐き出した。


「あの。あの頃のように必死になって強くなる必要があるというわけでもないのですから、別に今回は先生でなくとも良いのではないでしょうか?」


 そんな俺を見て何を思ったのか、祈は天満へと問いかけた。

 それ自体はありがたい。言うだけならただなんだし、これで修行が緩くなるなら願ってもない。でも……それはきっと無理だろう。


「なんだ。お前たちはそれほどまでにワシと鍛えるのは嫌なのか?」


 嫌だ。

 だが辛かったとはいえ以前の修行が役に立っているのは事実であり、恩人である天満にそんなことを正直に言うわけにもいかず、迷いながらも言葉を濁して自分の考えを伝えていく。


「いえ、嫌というか、せっかくの夏休みなんですし、もう少し他の人との交流をしたいかなと思ったりしただけで……」

「そうか? だが交流ならあとで好きなだけさせてやる。どうせ寝食は共にするのだ。違うのは修行内容だけで、修行中は全員無駄話に興じる余裕などないのだから別の場所で鍛えたところで大差あるまいよ」


 だが、無理だった。まあそうだよな。はっきり言ったところでこの人なら強引に話を進めるだろうし、こんなはっきりとしないような濁し方では意味なんてあるわけがない。


「それに、祈は鍛える必要がないといったが、本当にそう思っているのか? クリフォトなぞというおかしな奴らが活発に動き出し、先日も学園が襲われた状況で、それでも鍛える必要はないと?」


 まあ、それを言われるとな……。

 確かに、先輩たちの予想でもこれから戦う機会が増えてくるとのことだし、鍛えておくべきだという考えは決して間違っているものではない。


「今までのように能力を隠しているつもりなら鍛えずとも問題なかっただろうさ。だが、これからは違う。一度お前が『祝福者』と判明した以上、奴らはお前も狙うぞ。仮にお前を狙わなかったとしても、学園の生徒達は狙っていくだろう。その時に、お前は黙って見逃すことができるのか? 今回とて『祝福者』としての身分を隠して学園に通っていたにもかかわらず、他の者達が危険な目に合ったら〝普通〟でいることを捨てて皆を助けた。今後もそのようなことが起こらないと言えるのか?」

「それは……」


 クリフォトの連中は今の社会構造を壊すために『祝福者』をよく狙う。あるいは戦況を維持する力を持っている治癒系の能力者とかな。だから、きっと俺のことは狙ってくるだろう。


 仮に俺自身を狙わなかったとしても、周りの人が攻撃されていればそれはそれで問題だ。

 今までは『祝福者』であることを隠すために、力を使ったほうがいい場面であっても自制をしてきた。でも、もうすでにバレており、隠す必要はない。ある意味、ストッパーが外れている状態なのだ。


 そんな状況で誰かが目の前で襲われたら? この間のようにみんなが危険に陥ったら? 俺は果たして黙っていることができるだろうか?

 誰もかれもを助けたいわけじゃないし、助けられるとも思っていない。……でも、きっと俺はめのまえで誰かが苦しんでいたらそれを助けるために動くだろう。だってそれが俺に与えられた祝福のろいなんだから。


「どうだ。断言できないだろう? だがワシは断言できるぞ。お前は堪えることなぞできんよ。他者が目の前で傷つき、助けを求めていたのであれば、お前は迷いはしたとしても最後には結局〝手を伸ばす〟に決まっている。それがお前という人間なのだからな」

「『祝福者』としての呪いのせいで、ですか」


 まったく、なんとも厄介なことだ。これだから『祝福者』なんてなるもんじゃないんだ。自分の意思を捻じ曲げられて行動を縛られるなんて、そんなのはふざけているとしか言いようがない。


 だが、そう考えていた俺に対して、天満は眉を寄せて真剣な表情をしながら首を横に振った。


「違う。お前はそもそもが『そういう人間』なのだ。お前は祝福の副作用を呪いと言っているが、そも〝そういう願い〟を持つような人物でなければ祝福なぞ発現したりはせん。逆なのだ。祝福があるから呪いがあるのではない。祝福に至るような心があるからこそ祝福が発現する。祝福なぞというものが存在しなかったとしても、お前は無関係の他人を助けるために手を伸ばしただろうさ」


 それは……でも! ……でも、あんな状況じゃ誰だって同じように願うだろ。

 化け物共の殺し合いで地獄と化した街の中。一刻も早く逃げなければ自分もまきこまれて死んでしまう。そんな状況だったとしても、たった一人の妹なんだぞ。そんな妹が瓦礫の下に挟まれて死にかけているのを見たら、たとえ死が目の前に迫っていたとしても助けるだろ。助けるために手を伸ばすのが普通のはずだ。

 助けられないと分かりきっていても、自分だけでも逃げた方がいいと理解していても、手を取ってやりたいと、涙をぬぐってやりたいと思うのはあたりまえのことだろ。


 あの時の俺の願いも行動も、特別なことなんて何一つない。俺の願いは、ただ〝運が悪かった〟だけの産物だ。


 だが、そんな思いを言葉にする前に、いつの間にか俺の隣に移動していた天満のわきに抱えらえることとなった。


「そういうわけだ。どうせ今後は危険にさらされることも多くなるとわかっているのだから、今のうちに鍛えておいて損はなかろう? ほれ、ゆくぞ!」

「あ、ちょっ……!」


 そして、天満は俺の言葉なんて聞く間もなく部屋を出ていき、祈がその後ろをトコトコと歩き出した。


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