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神在月家の当主

 ——◆◇◆◇——


「––––なんでこんな山奥に来ることになったんだろうな」


 桐谷の家に行ってから一週間が経過した今日。俺と祈は、桐谷と共に車に揺られながら山奥の道を走っていた。


「そりゃあ、お前が修行するからだろ」

「いや、べつに俺は修行しなくてもよかったんだけど……」


 この俺達の乗っている車は、当然ながら俺たち自身が運転しているわけではなく、桐谷の家が出してくれている。


 だが、なんでそんなことになっているのかと言ったら、この間桐谷の家に行った時にあった電話のせいだ。

 あの時、一緒にいた俺達も修行に参加することになった。


 一緒に修行に参加しないか。桐谷からそう言われた俺ははじめは断ったのだが、どうせ何もやることはないんだし、夏休み中に友人とともに過ごしたのがたった一日だけとはなんとも寂しい思い出ではないかと思ったのだ。思ってしまった……


 そんな迷いを見抜かれたのか、桐谷の説得によって俺は神在月家で行う夏休みの修行に参加することになった。

 けど……今から郵つだなぁ。参加を決めてから思ったんだけど、俺って今回も一人でしゅぎょうするはめになるんじゃないのか? だって、俺は『祝福者』だし他のスキルを使ってる人たちの中には混ざれないだろ。


 いや、本気で嫌なら断ればよかったんだから、そこで他人のせいにするべきではない。とは思うんだけどなぁ……


 それに、今回は前回とは状況が違って、もう俺が『祝福者』だってことは判明している。だったら隠す必要なんてないんだし、意外と楽しくみんなで修行、なんてことになるかもしれないしな。

 なるといいなぁ……


「師範に話したら是非ってなったからな。誠司だってなんか言われてんだろ?」

「まあ、先輩から参加する様にって言われたな。だからこそここにいるんだけどさ」


 俺が参加すると伝えた後、どこから話を聞きつけたのか先輩から電話がかかってきた。先輩というよりも、その護衛であり付き人でもある百地さんからだけど。電話の内容としては、もう『祝福者』としてバレたんだし、これから狙われる頻度も上がるかもしれないからここらで一度真面目に修行してはどうか、とのことだった。


「まあまあ、こういうのもたまにはいいんじゃない? なんだかキャンプみたいで少し楽しそうだし」

「キャンプなんて上等なもんじゃねえけどな」


 なんて桐谷が答えているけど、やっぱり野営をするんだろうか?

 以前神在月で修行をしたときに、魔物の領域で活動することになったと起用に野営の訓練を行ったことがある。多分俺達だけじゃなくて他の修行生たちも同じようにやっているんだろう。


「祈にとっては修行なんてお遊びみたいなもんだろうし、実際にキャンプと変わんないんだろうな」


 祈だったらどんな環境であろうと問題なく生きていくことができるはずだ。なんだったらマグマの中や深海でも生きていけると思う。そんな祈にとって他の者達がやるような野営なんて、楽しいキャンプと変わらないと思う。まあ、俺も祈もみんなでキャンプなんてやったことないから、キャンプというものが楽しいのかどうかわからないけど。


「かーっ! 『祝福者』って羨ましいぜ!」

「『祝福者』も種類によるだろ。俺は祈みたいに乗り気になれるほどの能力じゃねえぞ」


 腕が伸びるだけで本体はあまり恩恵ない雑魚のままだし。身体能力はほぼ一般人だぞ?


「それでも『祝福者』であることに変わりはねえだろ。修行するってんならそれ専用のメニューでも組まれるんじゃねえのか?」

「そういう特別扱いもなんだかな。絶対に辛いやつだろ」

「修行なんだから辛くて当然じゃね?」

「間違ってないんだろうけど、俺としてはもう少しお手軽な体験修行みたいなのでいいんだけどな」

「ま、どんなふうになるかは行ってみてのお楽しみだろ」


 そんなお楽しみはいらない。普通でいいんだ。普通が一番いい。なんだったら普通と違っていてもいいから少し軽めのメニューでもいいとさえ思っている。それでは修行にならないかもしれないが、こちらは修行ガチ勢じゃないんだ。雰囲気を楽しめればそれで十分だと思ってる。

 まあ、そんなことになるとは思わないけど。


「これより先は私有地に着き……って、ここから先全部か? ……広くね?」

「そりゃあこの国で最大の武門の家系だからな。これくらいは当然だって。まあ、土地が広いってだけでなにがあるんだって言うと何にもねえんだけどよ」


 車で移動していると、山の真っただ中であるにもかかわらず、フェンスと看板が立っていた。

 だが、この先が私有地、というには看板に示されている範囲がだいぶ広い気がする。山一つ分じゃ足りないくらいの広さがあるだろこれ。


 前回来たことがあるけど、その時は小学生だったこともありよくみてなかったし、理解もできていなかった。

 けど、改めてくるとやっぱり広いと感じる。


 何にもないんだとしても、これだけ広ければそれはそれで凄いと思う。それだけ神在月が力を持ってるってことなんだろうな。修行する分には広くて邪魔が入らない方がいいんだろうけど。


「お待ちしておりました。桐谷大吾様。並びに、佐原誠司様、佐原祈様。御当主様がお待ちです。こちらへどうぞ」


 しばらく車に揺られて修行先である神在月にたどり着いた俺達は、待ってましたと言わんばかりに出迎えられ、すぐさま神在月家の当主の部屋へと案内されることとなった。


「当主様に呼ばれるなんて初めてだな……」

「そうなのか?」

「そりゃあそうだろ。言ったろ、うちはそんなにでけえ家じゃねえって。そりゃあ多少の顔合わせをすることもあるけど、それは親父達の話で、俺みたいな子供達はそうそう会うことなんてねえよ。精々この家に来た時にすれ違うとか、状況次第では少し顔を合わせるとかその程度でわざわざ呼ばれることなんてないっての」

「まあ、そんなもんか」

「っていうか、今回だってぶっちゃけていうと私たちのオマケでしょ?」

「マジでぶっちゃけてんな。でもま、そうだろうな」


 そんなふうに話しながら歩いてるけど……長い!

 桐谷の家もそれなりに広かったけど、ここは比べ物にならないくらい広いな。これが標準ってわけじゃないだろうけど、それでもみんなこんな感じで広い家を持ってるんだったら、確かに桐谷が自分の家のことをしょぼいって言ったのは理解できるな。


「御当主様。客人の御三方をお連れいたしました」

「分かりました。どうぞ」


 歩くたびにキュッキュッと音のする廊下を歩くことしばらくして、俺達はようやく当主の部屋へと辿り着くことができた。


「初めまして。どうぞお入りください」


 その言葉を受けて、俺達を案内してくれた人が襖を開けると、その先の光景に俺達は驚くことになった。

 これまでは純日本風だったのにこの部屋だけ洋装っていうか、ラグやソファが置いてある。

 扉が襖で、その奥の廊下も純和風の癖にここだけ違うとなると、なんともちぐはぐ感がしてならない。

 だが、そんなおかしな部屋の中で、部屋の主であり、この家の主でもあろう人物が俺達のことを見つめて待っている。


「部屋の変化が気になりますか? ここは執務室兼客人をもてなす部屋なので、この方が何かと使いやすいのですよ。年寄りの方は一々座って立つという行動だけでも膝に負担がかかりますしね。それよりも、どうぞお掛けください」


 客間というには少し奥まったところにある気もするけど、客向けというよりは当主自身が言ったように執務室としての役割の方が大きいんだろう。客人も、呼ぶにしてもここまで呼ぶような人物はかなり重要な相手なんだと思う。


 ……でも、そう考えると俺達ってかなり重要な客人扱いされてないか? だって、初対面だってのにここまで呼ばれてるわけだし。桐谷でもあったことがないような当主にわざわざ呼ばれているわけで……まあ、そうなるのも理解はできるけどな。だって俺達は二人とも世界で数えるほどしか存在していない『祝福者』だし。桐谷は……そんな俺達を連れてきたいい人?


「まずは桐谷君。二人を連れてきてくれてありがとう。私達としても機会を伺っていたし、なんだったら打診していたんだけどあまり色良い返事はもらえなくてね。正直なところ助かったよ。これは打算抜きでの感謝だ。本当にありがとう」

「へ? あ、いや、そんなっ! ただ、たまたま友達がいたんで誘っただけですからっ……!」

「偶然だとしても、私達にとって良いことが起きたのであればそれは感謝をするべきだろう?」

「あ……ありがとうございます!」


 桐谷の奴、ガッチガチに緊張してんなぁ。でも、格上の家の当主だし、そうなるか。たとえるなら、零細企業の社長令息が業界最大手の社長に呼び出されたようなものだろうか。あるいは、一般人が皇居に呼び出されたようなものか? 

 なんにしても、緊張するのも無理からぬことだろう。


「感謝を言うのはこちらだと思うけどね。それはそうと、君も久しぶりにここに来たんだ。挨拶をしておきたい相手もいるんじゃないかな?」


 にこりと笑みを浮かべたまま続けられた当主の言葉に、桐谷は目を見開いた。そしてバッと素早い動きでこちらに振り返ってきた。

 でもそうする気持ちも理解できる。だって今の言葉の真意は、邪魔だからでていってくれ、言っているのだろうから。


「それは……」


 桐谷としては連れてきた手前俺達だけをここに残していくことに抵抗があるんだろう。だが、相手は格上の家の当主––––。ここで桐谷が逆らったところでなにがあるわけでもないし、俺達が望んだとしてもむしろ桐谷に迷惑をかけることになる。


「こっちのことは気にしなくていいから、いつも通りにしてくれ。俺達だって、初対面ってわけでもないんだからとって食われるようなことなんてないさ」

「とって食うだなんてそんな……そんなことをしたら私達の方が君達に食われてしまうよ」


 なんて冗談めかして答えているが……どうだか。


 確かに、俺達ならやろうと思えば抵抗することはできるだろうし、この家と敵対することもできるだろう。それだけ『祝福者』という立場は重く、強いんだから。


 けど、その場合でもこの神在月という家は絶対にただではやられないはずだし、逆に俺達が潰される可能性の方が高いと思う。死にはしないし、普通に生活を送ることはできる。けど何かしらの不利益を被ることになると思う。


「そ、それじゃあ、失礼いたします……」


 桐谷は最後まで俺達に悪いと思いながら眉を寄せた表情をしていたが、そんなに心配することでもないさ。ただまあ、後で改めてありがとうって言っておくか。



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