修行のお誘い
「へえ。弱小って言ってた割に、なかなかにぎわってるんだな」
たどり着いた道場はかなり広く、その中では門下生達が竹刀を握って戦っていた。
だが、持っている武器は竹刀だけど、その動きは剣道ではない。どちらかというと剣術になるんだろうか? なんというか、すごく荒々しい。
「大吾君またそんなこと言ったの?」
「人がいるっつっても、弱小なのは事実だろ」
「こんなこと言ってるけど、そもそも、弱小って言っても武門の家ってそんなに多くないからね。その中では勢力が弱いってだけで、知名度や門下生自体はそこそこだよ」
あ、やっぱりそうなのか。でもそうだよな。これだけ人が多くいるのに〝しょぼい家〟だなんてことないよな。
まあ知名度があるって言っても俺は知らなかったけど、多分武門の中ではってことなんだろう。俺が知ってる武門の家なんて桐谷の家以外には、以前俺が世話になったことがある一つくらいしか……あ、最近もう一つ〝星熊〟を知ったか。あいつの家も確か武門の一つだったはずだ。
でも、星熊ってどのくらいの立ち位置なんだろうか? 難しい家だってのは知ってるけど、上流階級の中での評価って知らないんだよな。
「そうなのか。……あ。星熊とかはどんな感じなんだ?」
「星熊家? あそこも武門だけど……うーん」
美嘉が悩んだ様子を見せているけど、そんなに難しい家なんだろうか?
そう思っていると呆れを含んだ様子の大吾が代わりに答えだした。
「星熊の家は特殊なんだよ。武門っつっても、他人に教えてるわけじゃないんだよ。自分の血族だけを鍛えて、それを外に出すことで色々やってる……あー、傭兵派遣みたいなもんだと思えば大体あってる気がするな」
「そうだね。大体そんな感じだよ。だから武門って言っても、うちみたいなところとは別枠で考えられてるかな」
武門って一口に言ってもそんな違いがあるのか。でもまあ、確かに以前調べた限りだと沢山魔物を倒してる雰囲気の家ではあったな。それも傭兵みたいなことをやってるからか。
「そうなのか。まあ、あいつのスキルは特殊だったからな。家だけで継いでるみたいだし」
「ああ、『鬼』な。ああいうのも珍しいスキルだよな」
力を強化して戦うスキルは沢山ある。でも、星熊みたいに『鬼』のような姿になるスキルは珍しい。
「珍しいってことは、他にもあるわけ?」
「ああ。有名どころだと五鬼継なんかだな。あそこも鬼の末裔だけど、星熊とは違ってもっと友好的な家だな」
ごきつぐ? ……どんな字なのか全然わからないな。けど、あるところにはあるスキルなんだな。でも友好的ってどういう意味なんだろうか?
「友好的? 別に星熊と敵対してる奴がいるってわけでもないんだろ?」
「ああ。でも星熊は独立独歩な風潮が強いからな。その点五鬼継はホテルを営んだり魔物と戦うやつらの修行場所を提供したりしてるから、そこで結構評価っつーか印象の差があるんだよ」
あー、それは評価が違ってもおかしくないな。どっちがいい悪いってわけじゃないんだろうし、どっちも人の世のためになってるのはそうなんだろうけど、それでもどうしたって人間の評価は変わってくるだろう。
「それにしても、結構激しく打ち合いしてるんだね」
「まあ剣道とは違ってルール無用の殺し合いのための剣だからな。激しくもなるさ。でもま、なかなか立派なもんだろ」
「ああ。前にやってた訓練を思い出すな」
もう二度と行きたいとは思わないけど、この空気は少し懐かしい感じがする。
「前にって、何かやってたのか?」
「ん、あー。まあ少しだけな。『祝福者』になったことで自分の身を守れる程度の最低限の動きはできた方がいい、ってことで無理やり護身術を覚えさせられたんだよ。まあ、役に立ってるけどさ」
祈は身体強化の能力だったから技術なんてなくても普通に戦うことができた。でも俺は腕を増やすだけなんて能力だから、自分自身には大して恩恵はない。それに、増えた腕だって操るのは自分なんだから、自分自身が戦うことができなければ腕が増えたところで何の役にも立たない。だから、俺はある程度戦えるようになるまでの間、ある武門の家で世話になって鍛えていたことがある。それも、前当主が直々にだ。
ありがたいことではあるし役立っているんだけど、それでもあの時は色々あって心が荒れていた時代だったし、まだ子供だった。そんなときにあんなきつい訓練を受けさせられていたため、反発心があった。今では必要な事だったと理解しているけど、まだ苦手意識がある。
「へえー。まあでも、そりゃあそうなるか。なにせ貴重な『祝福者』様だ。そうそう簡単に死なれたら困るだろ」
「命じる側は楽だよな」
そうした理由も理解してるけど、だからって軽々しく言わないでほしいもんだと思う。まずは自分で訓練を受けて、それを乗り越えてから「タメになるし必要だからやりなさい」と言ってほしい。
「ちなみに、どこの家だったんだ?」
「神在月って場所だったけど、知ってるか?」
そう問いかけた瞬間、桐谷も美嘉も驚いたように目を見開いた。なんだこの反応は。知っている家なんだろうか?
「……知ってるも何も、マジでそこでやってたのか?」
「ああ。まあ、他の門下生とは交流なしで、爺さんと二人っきり……いや、祈もいたから三人か。それで鍛えさせられてたな」
他に一緒に鍛える相手がいたら楽しかったかもしれないし、友達だってできたかもしれないのに、俺達という『祝福者』をまだ表に出すわけにはいかなかったために個人授業だった。
「マジか……」
「そんなに有名なところなのか?」
「有名っつーか、武門の中でトップの家だぞ。俺が夏休み中に修行に行くのもその家だ。うちだけじゃなく、他の家の奴らだって夏休みに集まるくらいには武の権威って感じの家だな」
「いやに自慢してくるし偉そうだと思ったけど、そんなに偉い家だったのか」
敷地は広かったし山を持ってたから金持ちなんだろうなとは思ってたけど、まあ上流階級の奴らなんだし山くらい持ってるんだろうな、って流してたわ。
でも、そんなに偉い家だったのか……前当主のことを爺さんって呼んでたけど、平気かな? もう会うこともないだろうけど、会った時に怒られたりしないよな?
「けど、納得っちゃあ納得だな。『祝福者』なんて大事な存在をそこらの家に任せることはできないだろ。うちだって、もし頼まれたとしてもお断りしてただろうしな」
「俺自身にそこまで価値はないってのに、祝福だけでそこまでたいそうな扱いをされると反応に困るな」
「祝福を与えられた時点で十分すごいことだと思うけどね」
あんなの全然すごくないっての。ただ、死にそうだったから必死になってただけだ。俺と同じような状況になったら、同じように祝福が発現する奴なんて幾らでもいるさ。
「さて、それじゃあうちの中なんてくそつまんねえのは見たわけだし、そろそろ遊ぼうぜ」
なんて言いながら桐谷が踵を返し、俺達もその後に続いていく。
「遊ぶって言っても、何して遊ぶの? 鬼ごっこ?」
遊ぶと聞いて美嘉がそう口にしたけど、最初に出てくるのが鬼ごっこってどうなんだ? でも、鬼ごっこも随分とやってないな。そうやって大勢で遊ぶようなことって小学校の途中からやってないし、ちょっと楽しそうに感じてしまう。
「やめろよ、普段嫌って程やってんだろ」
「やってるのか……」
「あ? ああ、修行の一環としてな」
修行で鬼ごっこ……まあ、必死になって逃げるし、敵を追いかけたり追い込んだりする技術もうまくなると考えれば適してるのか?
「じゃあかくれんぼ?」
「そっちもやってるだろうが。小学生じゃねえんだし、今時の高校生が集まってるんだからもっと大人なことしようぜ」
個人的には別に鬼ごっこでもかくれんぼでもいいんだけどな……
「大人って……なにするつもり?」
「そもそも私まだ中学生だよ」
おどこだけならバカ話というかエロ話やそれに類することでもいいかもしれないけど、女子が混ざってる状況でまさかそんなことはないよな? もしそうだったらちょっと桐谷という人物について考え直さないといけないかもしれない。
「まあそんなおかしいことじゃねえって。ゲームだよ、ゲーム」
「ゲーム? いいけど、それって大人な事か?」
子供が持っていないという意味ではおとなかもしれないけど、今どきの子供は普通にゲームくらい持ってるだろ。たぶん。俺も普通の今どきの子供じゃなかったからわからないけど。
「うちはゲームとか禁止だからな。まあ正確には禁止ってほど厳しくもねえんだけど、やる時間と余裕がねえんだよな。それに、やるにしても時間制限とかあるし、まともにやることができねえんだよ」
「あー、訓練は毎日しないとだし、勉強もできないとだからね。やること全部終わったら他のことをやる気なんてなくなっちゃうし」
へえー。でもわからないでもないな。名家とかってそういうの厳しそうな気がする。勝手な思い込みなんだけどな。
「なんか大変そうだな」
「まあな。もう慣れたもんだっていっても、たまには普通に遊びてえもんだ。……ってわけで、ゲームすんぞ!」
そんなにゲームがしたいのか……。まあでも、俺も誰かとゲームをするってこと自体なかったし、それはそれで面白いかと思いながら四人で部屋へと戻っていった。
「––––あー、くそっ!」
「大吾様。ご歓談のところ失礼いたします」
どれくらいだろうか。しばらく遊んでいると部屋の外から桐谷のことを呼ぶ声が聞こえた。
聞こえてくる声は女性のものなので最初に俺達のことを案内した人ではないのだろうが、やっぱり使用人のような人を複数雇っているんだな。
いや、それよりもわざわざ呼ぶってことは何かあったんだろうか?
「どうした?」
「神在月よりお電話がございました。夏季休業中の修行に関する話とのことです」
「あー。そっか分かった」
神在月? それに修行に関する話って……もしかして、桐谷達はあの場所で夏休み中に修行でもするんだろうか? それならかなりご苦労様なことだ。
「わりいけど、ちっと外すわ」
「ああ。急がなくていいからな」
「おう。……いや?」
一旦は返事をして部屋の外へと向かおうとした桐谷だったが、途中で足を止めてこちらへと振り返ってきた。
何か思いついたのだろうが、何だか嫌な予感がする。
「どうかしたか?」
「……いや、ちょっと思ったんだけどよ……」
桐谷はそこで一旦言葉を止めると、ニヤリと人の悪そうな笑みを浮かべて続けた。
「お前ら、修行に来ねえか?」