初めて友達の家へ
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夏休みに入ってからしばらくして、だいたい二週間が経過した頃、俺と祈は桐谷に呼ばれて向こうの家に行くことになった。
「––––ここが桐谷の家か」
「けっこ大きいね」
「まあ、武門の家って言ってたし、道場とかそういうのが敷地内にあるんじゃないか?」
「あー、かもねー」
祈と二人で話しているように、目の前にある桐谷の家はかなり大きなものだった。昔ながらの、とでもいえばいいんだろうか。とにかく古くからありそうな日本家屋風の家だ。
広い敷地と立派な門構えに若干臆しながらもチャイムを押して反応を待つ。
「新たな『祝福者』の方にお会いできて光栄です。どうぞこちらへ」
「……」
用件を伝えてから少しすると、俺達を迎えるために一人の男性が出てきたのだが、明らかに一般人を相手にするような対応ではなかった。それだけ『祝福者』という名前が重いのだろうけど、やっぱり俺としてはもっと普通にしてほしい。
内心でため息を吐きながらもそれを表に出すことはなく、案内に従って広い屋敷の中を歩いていく。
「大吾様。ご友人の方がお見えになっております」
「通してくれ」
「どうぞ」
障子を開けた先では桐谷が軽くくつろいだ姿でいたが、その恰好が普段見る制服や俺達が来ているような洋装ではなく和装だった。
そんな初めて見る格好に軽く驚いていると、俺達のことを案内してくれた人は何も言わずに静かに去っていった。なんて言うか、仕事人って感じがするな。
「なんか、こういう対応されてるのを見るとすっげ―お坊ちゃんって感じするな」
「俺なんてまだまだだって。俺よりすげえ対応してくる家なんて幾らでもあるぞ」
冗談を口にしながら部屋の中に入っていくと、苦笑している桐谷に座るように勧められたのでテーブルを挟んで反対側に腰を下ろす。
「あー、そうだ。一つ聞きたいんだけど、俺への対応……ってか、『祝福者』への対応ってあれが普通なのか?」
さっきの人はちゃんと仕事をしてたんだけど、なんだか俺達への対応が丁寧すぎるように感じた。流石にこんな家だとしても、住民の学友に対する対応じゃなかったと思う。というか、なんだったらあの人自身『祝福者』って言葉を口に出してたし。
「あれ? どんな対応されたんだ?」
「新しい『祝福者』に会えて光栄だってさ」
「あー、まあそうだな。割と普通なんじゃないか? うちは事前に言っておいたってのもあるけど、そんな『祝福者』がいたところで大して暮らしや考えに変化がないような家だからな。これがもっと上……九条とか織田の家だと新しい『祝福者』を取り込むために、なんかすげえ接待とか長ったらしい話とかがあると思うけどな」
あれで軽い対応だったのか。まあ、実際されたことって言ったら会えて光栄だって言われたことくらいなもんか。
あれでさえ大げさだと感じたのに、もっと大々的に歓迎とかされたらと思うと……
「そんなことされても逆効果だって分かってくれればいいんだけどな。まあ、そもそも会う予定もないし、今後も会わなければいいんだけどな」
そもそも家に呼ばれるような友達なんていないし。
……言ってて悲しいけど、それが現実だ。
「まあ、お前はそうだろうよ。っつか、じゃなかったら最初っから『祝福者』だってことを公言してただろうしよ。でも、会わないってのは無理だと思うぞ。どっかでそのうち必ず会うことになるだろ」
「だよなぁ」
今は会わずに済んでいるけど、そのうち何かしらのパーティーやらなんやらに呼ばれそうな気がする。基本的に断るけど、ああいうのって躱せないように裏で細工してそうだから断り切れないときだって来ると思う。
その時のことを思うと、今からすでに憂鬱になってくる。まあ、できる限り回避しよう。その為なら先輩をだしにしても……まあ、いいだろう。あの人なら許してくれるさ。
「大吾くーん。お客さん来たってほんとー? もう入ってもいいー?」
なんて話していると、部屋の外から女の子の声が聞こえてきた。けど、さっきの人のように仕事口調ではなく、何だか親しげな様子の声だ。
「あー、ちょっと待ってろ!」
「誰だ?」
もしかして俺たち以外に客が来たのかと思ったが、桐谷の様子からすると不意の客ってわけでもなさそうだ。
「従妹の美嘉だ。祈も来るってのに、相手するのが男の俺一人ってのもアレだし、一応女子呼んどいたんだよ。それに、この家で知ってる奴が俺一人ってなると何かあった時に困ったりするかもだろ? そんなわけなんだが、入れてもいいか?」
そんなこときにしなくてもいいのに。でも、そうか。よく考えないで祈ときたけど、男友達と遊んでるときに妹を連れてくるなんて普通はしないし、男同士での話の中に女を入れるってのもアレだな。
しかしまあ、俺が気づきもしていなかったことまで気にかけてるなんて、こいつ結構マメな奴なんだな。
「そうなの? 別にそこまでしなくても気にしなかったのに。でも呼んでくれたんだったらありがと」
「じゃあ入れるぞ」
そうして入ってきたのは俺達と同年代の少女だった。背格好からすると三つくらい下……中学一年くらいか?
「はじめまして。桐谷大吾の従妹、桐谷美嘉です。お二人の一つ年下になりますけど、よろしくお願いします」
「こちらこそ初めまして。桐谷大吾の友人の、佐原誠司です」
「同じく、妹の佐原祈です。よろしくおねがいします」
桐谷の従妹ということはそれなりに離れているんだろうけど、結構似てる気がするな。
でも、一つ下か。三歳くらい離れてるかと思ったけど、違ったな。ただ少し小柄なだけか。
二歳程度なら誤差かとも思わなくもないけど、この時期の二歳って結構でかい。中一と中三って考えると近いけど、小学校を出たばかりと高校に入る直前と考えるとその差は理解しやすいだろう。
まあ、俺達としても近いほうが話が合うだろうし対応しやすいからありがたいではあるんだけどな。
「なんかお前ら、全員普段よりもおとなしいっつーか、礼儀正しいな」
そうか? ……そうかもな。なにせ初めての友達の家だし、さらに初対面の女の子もいるんだから流石に普段通りにとはいかないって。
「それはそうでしょ。だってお客様なんだし、いきなり無礼な対応なんてしたら家の評判に関わるでしょ」
あー、やっぱり俺達だけじゃなくて向こうも大人しめな態度だったのか。でも、そうだよな。従妹の友人とはいえ知らない奴の相手をさせるために呼ばれたとなれば、対応に困るか。
それに、俺達は従妹の友人ってだけじゃなくて『祝福者』だしな。流石にいろいろ考えるだろうな。
「こいつらはそんなこと気にしねえから普段通りでいいって。誠司達もそれでいいだろ?」
「ああ。こっちとしても、堅苦しいのは苦手だし、普段通りに接してほしいな」
まあ、お互いに思うところもあるだろうし、すぐに、ってわけにはいかないだろうけど、それでも普通に接してくれると嬉しい。
「そう? 祈さんもそれでいいですか?」
「うん。見かけ上の礼儀なんて気にしないし、普通にしてくれていいよ」
「それじゃあよろしく、祈ちゃん」
すぐには仲良くなれないだろうと思ったけど、そんな俺の考えに反して美嘉は緊張がほぐれた表情で祈へと笑いかけた。
こんなにすぐに普通に接するなんて、見た目だけじゃなくて性格も桐谷と似てるのか? 別にいいけど、というかむしろありがたいことだけど。
「まあそんな感じだが、この後はどうする? 一応うちの中を見てくか? 最初はそんな話だったろ」
「あー、上流の暮らしぶりを学ぶ、みたいな感じだったっけ?」
最初に桐谷の家に来ようって話になったのは、俺達が上流階級の家や暮らしを知らないから、それを知っておくために、みたいな理由だった。
確かに俺は一般家庭の生まれで育ちだから桐谷みたいな家のことは何も知らない。この家の敷地内に入ってからも感心したり驚いたりしてばかりだ。
「暮らしぶりっつーか、うちのしょぼさを知るって感じじゃなかったか?」
「たしか、天宮さんに会ったことがあるのか、とかそういう話からの流れだったよね」
「そうだったか? まあきっかけなんて何でもいいだろ。それより、見るんだったら行こうぜ。多分今の時間なら道場も使ってっから、普段がどんなもんかわかるぞ」
「道場ねぇ。やっぱりあるんだな」
「そりゃあな。これでもいろんな家に教えてるしな」
そうして俺達は一旦部屋での話を切り上げると、桐谷家の中を探検するために歩き出した。
けど、道場に行くのに五分くらいかかったな。しょぼいとか言ってるけど、家の中の移動で五分も歩くなんてかなり広いぞ。どこがしょぼいんだよと言ってやりたくなる。