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夏休みに入って

 

「––––それじゃぁ、せいじーちゃんもクラスの人気者~? やったね~」

「何がやったんですか。何も良くないですよ。俺の願いは知ってるでしょ」


 お気楽そうに言う先輩に対して、俺はため息を吐くしかなかった。

 そもそも、今の俺はそんな簡単に喜んでいられる状態ではないとわかっているはずだ。

 今の俺の状況は、俺がもう一人の『祝福者』だとバレたことでクラスメイト達からの勧誘月すごいことになっているというものだ。

 勧誘というのは、自分が学校を卒業したら一緒に活動しないかとか自分家に遊びに来ないかというもので、外国人の生徒からは将来は自分の国に来ないか……つまりは帰化しないかと言う話しだ。


 それだけ『祝福者』という存在が貴重だって言うのはわかるけど、こうもいきなり態度が変わるとうんざりしてくる。


「人助けでしょ~?」

「そっちじゃないですって。あんた分かって言ってんでしょ」


 確かにそれは俺の〝願い〟ではあるけど、そうじゃない。そんな祝福のせいで植え付けられたものじゃなく純粋に今俺が求めているものの方の願いだ。


 普通に暮らしたい。普通の生活を送りたい。


 そんな願いは、この人だって理解してるだろうに。


「でもぉ、どーしたって普通の生活なんてむりだしぃ、それは分かってたでしょ~?」

「……人間に諦めなければ不可能なんてありませんから」

「そーだねー。がんばってね~」


 実際問題、『祝福者』と言うことがバレてしまった以上は俺が望んでいるような普通の生活っていうのは難しいだろう。そもそも、今までの祝福者であることを隠していた生活だってかなり普通とは言い難い生活だったんだ。時々国からの依頼を受けてたし、金は国から振り込まれてたし。

 そんな俺が公式に『祝福者』になってしまえば、今まで以上に普通とはかけ離れた暮らしになることは間違いなしだ。


 それがわかっているからなんだろうが、先輩は楽しそうにニヤつきながら砕けた様子で応援を口にしてきた。


「それよりもぉ、今クランに誘われてるんだよね~?」

「耳が早いことで。いや、目が良い、ですかね?」


 この人のことだから、どうせ学校での俺の様子なんかも観察してるんじゃないだろうか? 出不精ではあるけど能力で世界を見るのは好きみたいだし。


「今回はお耳の方ね~。もっちーから教えてもらってぇ、それから視たんだもん~」

「どっちにしても、あなた達の耳が早いのはたしかでしょう」

「便利だよね~」

「仕事としては便利ですけど、プライバシー的には問題ありそうですけどね」


 国の機関としては諜報が優秀だってのはいいことだと思うけど、それはそれで秘密にしておきたいこととか私生活が暴かれそうで嫌だよな。


「それでぇ、せいじーちゃんはそっちに入るの~?」

「入りませんよ。おれはどこかのクランに入って勢力争いに巻き込まれるつもりなんてないですから」


 今俺に勧誘をかけているところなんて、自分たちの勢力を伸ばそうとしている奴らだろうし、加入したら面倒なことになりそうな気がするので入るつもりはない。代表的なのは九条の所のクランだな。もうできてるのかまだなのかわからないけど、あいつはそもそも俺たちを利用することを隠してなかったし。


「でもうちに来てくれるんでしょ~?」

「そうですね。まあ今のところはですけど。先輩のところなら緩そうですし、俺が嫌なのはクランに入ること自体ではなく、クランの争いに巻き込まれることですから」


 こんないい加減な人が自由に過ごしていられるようなクランなんだから、俺も〝普通〟に生きるにはちょうどいいかもしれない。それに、国内一位のクランとなれば下手な争いに巻き込まれない気がするし。

 だから、先輩の所属しているクランである『創造主の恩恵』に入るのが一番無難だと思う。


「そーだよね~。そんなことに時間を使うくらいなら、人助けに時間を割きたいよね~」

「また言いますか。そんなんじゃないっていつも言ってんでしょ」


 クランに所属して自由時間ができたとしても、絶対にそんな〝くだらないこと〟に時間を使ったりはしない。


「でもぉ、〝普通〟の生活がいいなんていってるくせにぃ、ぜーんぜん普通の生活おくってないよね~。部活は普通じゃないしぃ、お友達とも遊んでないしぃ、ね~?」


 それを言われるとなんとも反応しづらいんだけど、まあ状況だけ見ればその通りなんだよなぁ。


「……部活は祝福がばれるのが嫌だったんですよ。あの学校、なんでか知らないですけどスキルを使うことを前提とした部活ばっかりですし」


 もう俺が『祝福者』だってことはバレたけど、最初はそんなつもりはなかった。学園にいる間バレずに普通の生徒として過ごすつもりだったんだ。だから普通の部活に入ろうとしたんだけど……普通の部活がなかったんだよ。

 いや、あることはあったけど、あの学園で普通の部活に入るのはそれはそれで〝普通じゃない〟状態だった。

 だから仕方ない。余計なことをしてバレなくて済むように、ちょっと変わってるけど祝福もスキルも使う機会のないだろう旅行クラブなんてところにしたんだ。まあ、純粋に楽しそうだって思った気持ちもあるけど。


「仕方ないんじゃないかな~。今の世の中じゃぁ、まともなスポーツなんてはやらないもんね~」


 なんで普通の部活……サッカーや野球が少ないのかといったら、先輩の言った言葉が全てだ。

 今の世の中、スキルを使わないスポーツは下火になっている。正確に言うなら、スキルを使ったスポーツの方が持て囃されている、だろうか。


「祝福やスキルを使った戦いを観戦するっていうのは理解できますけど、誰だって血が見たいわけじゃないでしょうに。もっとふつうのスポーツが流行ってもいいと思いません?」


 そもそもあの学校では全員が何かしらのスキル、あるいは祝福を持っているけど、人間全体の割合で考えれば一割程度しかスキルを使える人間はいないんだ。なんだったら一割もいないかもしれない。それなのに全員がスキルを使った競技を行うのは無理があるんだし、もっと普通のスポーツが人気でもいいと思うんだけどな。


「ん~。でもぉ、拳闘に比べるとわかりづらいしぃ、刺激が少ないのも理解はできるかな~」

「それはまあ、そうかもしれないですけど……」


 スポーツは見るのにまずルールを理解するところから始まる。けど拳闘は結局殴り合いで、

 倒れた方が負け、なんてのはルールを知らなくても理解できる。

 それに、単純にみていて派手で楽しいというのもある。炎と氷にぶつかり合いだとか、鉄すら砕く腕力とそれを高速で避ける殴り合いなんて、スキルを使えない者達からしても見ていて心躍るような光景だろう。


 なんだったら、魔物退治よりもそっちの方に力を入れているクランだってあるくらいだ。


 でもやっぱり、俺としては普通のスキルを使わない部活の方が良かった。


「じゃあ部活の方は良いとしてぇ、お友達の方はどうなってるの~? 夏休みなんだしぃ、どっかに遊びに行ったりは~?」

「友人はいますよ。ただ、上層部の息子なんで、夏休みは予定があるみたいなんです」


 桐谷は自分では大したことない家だとか言ってるけど、それでも一般家庭とは言えない身分だ。まあ予定は色々とあるだろうなと理解できる。


 できることなら普通のクラスの一般家庭の生徒とも仲良くなりたかった。そうすれば夏休みも普通の高校生のように遊ぶことができただろうから。

 けど、祈がいてあのクラスになった時点でそこは諦めた。だってあのクラス金持ちばっかりだし、上流階級に関わりのある奴らしかいないし。だから、普通の友人なんてのはできたら運が良かったな、くらいの気分でいたわけだ。そんな状況で上流階級の家柄とはいえ輝利哉のように話しやすい相手と友人になれたことは素直に嬉しい。


「それでも一応夏休みの後半になれば予定が空くみたいなんで、その時はそいつの家に行くつもりですけど」

「わぁ……せいじーちゃんってばすっごく楽しみにしてるっぽ~い」


 揶揄われるようなその言葉で、俺は自分が自分でも思っている以上に楽しみにしていることに気がついた。

 けど、この人の前でそんな様子を見せるのは癪だったのですぐに普段のような表情へと戻したけど、まあ遅いよな。


「……まあ、浮かれてるところがあるってのは認めますよ。友人の家に遊びに行くなんて〝普通〟のことですし、あれ以来誰かの家に遊びに行く、なんてことはしてこなかったですから」


 祝福を得てからこのかた、誰かと遊んだことなんてなかった。

 俺が『祝福者』になったのは小学校の頃だった。それ以来、俺は普通に生活をすることができなくなった。小学校は行かなくていいと国から家庭教師が派遣され、なんだったら家だって普通の家から政府の研究所のような場所へと移された。

 中学の時も同じようなもの。途中から割と無茶を通して祈と二人で暮らすようになったけど、学校自体に通っていたわけではない。だからやっぱり誰かと遊んだ、なんてことはなかった


「え~。わたしは~? わたしのおうちにはぁ、遊びに来てくれてるのに~」

「先輩のところは遊びに来るっていうよりも業務報告の一環でしょう? ただ、毎回時間が余るから話してるだけですし」


 それに先輩はあくまでも先輩だし。友達じゃなくて仕事の関係の方が近い。まあ純粋に仕事だけの関係ってわけでもないんだけど、それでもやっぱり友達ではない。


「ひっど~い。わたしとの関係はそんな何でもないものだったの~?」

「じゃあ聞きますけど、具体的に何か特別な関係でもありましたか?」


 先輩はふざけて痴情のもつれでもあるかのように振る舞って見せたけど、友達らしくどこかに出掛けてこともなければ、恋人のように甘い言葉を囁いたこともない。そんな俺たちのどこに特別な関係があるっていうんだろうか。


「……お菓子食べよっか~」

「先輩も友達とか恋人とか作った方がいいんじゃないですか?」

「え~。そんなの絵を描くのに邪魔になるだけでしょ~?」

「わかりませんよ? 意外と恋人とかできたら世界の見え方とか変わって新しい絵が描けるかもしれませんし」

「う~ん……へい、もっちー! ちょっときて~」


 俺の言葉に一考の余地ありと判断したのか、少しだけ先輩は悩んだ様子を見せた後、側でパソコンをいじりながら待機していた百地さんを呼んだ。

 だが、仕事を途中で止められたからなのか、あるいは面倒なことに巻き込まれると思ったのか、百地さんは顔を顰めている。


「もっちーって旦那さんいる~?」

「あの、旦那以前に私も独り身なんですけど……」

「そーなの~? じゃぁ、まずはもっちーの恋人を作るところから始めましょ~!」


 そうしていつものように、先輩による中身のないどうでもいい話が始まった。


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