九条の本音と誠司
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試験が終わって一週間後。あれから色々とあった。それはもう、本当にいろいろとな。
試験の評価は後回しとなり、取り調べ、調査、先輩からの電話その他諸々があった。
あれだけ大暴れしたんだ。大型の魔物は出たし、大きな落雷が二回もあったらそりゃあそうなるだろうという感じだが、試験途中ではあったけど教師達が大慌てで駆けつけてきた。
そしてあの場でなにがあったのかを軽く聞き取りをすると試験を強制的に終了させて、動けない生徒達を病院送りにしたのだ。試験の結果は、その時点の得点で成績を付けることとなった。
まあそれは良いのだが、問題は生徒の中から裏切り者が出たということだ。
なにがどうしてあんな魔物を操ることができる力を手に入れたのかはわからない。なにせ犯人である守谷はすでに死んでいるからな。
でも守谷は元々あんな力があるわけではなく、学園の成績は守谷自身が言っていたように大したことはなかったようだ。
それなのに突然あんな力を手に入れたなんてのはどう考えてもおかしく、外部からの接触があったからだと考えられる。
それと関係があることだが、学園で起こった失踪者の事件の犯人は守谷だった。その事件の始まりと守谷が強くなり始めた時期から考え、その近辺を調査したところ、どうやらクランの勧誘の際に外部の者から接触されたようだという。
その狙いは、おそらくは九条だろうと言われている。実際に守谷が九条を刺したのだからそう考えるのは当然だろう。それ以外にも、将来有望な生徒達を狙ったとも考えられているが、どこまで狙っていたのかはもうわからない。
まあそれは良い。偶然の成り行きとはいえ、生徒達を襲い、瞳子達を入院するようなけがを負わせ、挙句の果てに魔物を操って俺達を殺そうとした犯人である守谷は死んだんだ。それ以上のことは先輩達『上』の人間がやればいい。
守谷のやったことも、狙いも、もう俺には関係ないんだから。
そんなわけで、どうにか終わった今回の一件だが、全て元通りの生活に戻ったというわけではない。
あと一週間もすれば夏休みとなるが、その一週間が中々に大変だと予想できる。たいへんというより、面倒か?
「––––一躍人気者ですね」
放課後、話しかけてこようとする奴らから抜け出して一人廊下を歩いていると、背後から誰かが話しかけてきた。振り返ると、そこにいたのは九条だった。だが、その雰囲気は今までの上っ面だけのものとは違っていた。
なんと言えばいいのか……どこか棘のある態度というか、冷たさを感じる態度とでもいえばいいんだろうか? とにかく、普段の他人行儀な振る舞いとは違っている。
「あ? ああ、九条か。まあな。でもそんなのは俺が『祝福者』だからだろ」
俺が単なる『祝福者』の兄というだけではなく、俺自身が『祝福者』だと判明したことで、俺の……いや、俺達兄妹の価値は跳ね上がった。そりゃあそうだ。今の祝福やスキルには血筋は関係ないと言われているが、それでも兄妹二人が揃って『祝福者』になるというのは珍しいことだ。その血が特別だと考えてもおかしくないし、血筋は関係なかったとしても『祝福者』の兄妹と仲良くしておいて損はない。
そのせいで、自分家と仲良くしてもらおうと、さりげないものから露骨なものまでアプローチが増えた。
けどそれは、所詮俺が『祝福者』だからだ。それが分かっているのに仲良くする気になんてなれない。
「相手の能力次第で接し方を変えるのはおかしなことではないのではないですか?」
確かに、相手次第で対応を変えるのは理解できる行動だ。人間社会で生きていくんだったら必要な行為だろう。そして、九条も対応を変えたうちの一人だ。
「お前みたいに、か?」
「……そうね。でも、それが人間だってことくらいは理解しているでしょう?」
「そりゃあな。だとしても、気に入らないけどな」
九条が言ったように理解はできているさ。ただ、理解できるかどうかと納得できるかどうかは別だろ。俺は納得できないし、それが気に入らない。
そんな俺の返事を、九条はどことなく優しさを含んだ眼差しを向けながら聞いている。
「そうかもしれないわね。だって、あなたは優しい人だもの」
俺が優しい? そんなくだらない戯言を思ったからそんな目をしてるのか? 馬鹿馬鹿しい。
「……優しくなんてねえよ。もしそう感じたんだとしたら、それは呪いに縛られてるからだ」
誰かを助けたい。誰かを助けなければならない。困っている誰かに手を差し伸べなくてはならない。
そんな〝願い〟が心の奥に居座り続けている。だから、俺の行動は全て俺の意思ではなくそんな〝呪い〟によるものなんだ。
「祝福のことを呪いだなんていうのはあなたくらいなものよ」
「言わないだけだろ。お前だって、自分の祝福が素晴らしいものだなんて思ってないだろ?」
「そんなことないわ。私は……私の能力は、人類のために必要なものなんだから」
……はっ。どの口が言ってるんだか。お前こそ、祝福なんて望まなかった人間だろうに。
「––––『私は魔性を退けなければならない』」
「……」
「これはお前の祝福の文言だよな。スキルと違って祝福は本人の願いそのものだ。退けたい。ではなく、退けなければならないってのは、本当の意味での〝自分の願い〟じゃないだろ」
俺の言葉を九条は黙って聞いているが、その瞳は笑みでも悲しみでもなく無感情な瞳ものになっている。
そのことに気づきながらも俺は話を進めていく。
「前に〝勝たなければいけない〟って言ってたけど、それは家の事情ってやつか? お偉方の家では、祝福やスキルを授かるために厳しい教育をすることがあるらしいな。それこそ、死ぬかもしれない一歩手前になるまでやることもあるんだとか? お前が祝福を得ることになった理由だって、そんな噂––––」
「やめて」
俺の話を遮った九条は相変わらず無感情な表情をしているが、その瞳は先ほどまでとは違い悲し気に揺れているような気がした。
「やめてちょうだい。それは噂で、あなたの勝手な思い込みでしょう? 憶測で勝手なことを言わないでくれないかしら」
「……悪いな。呪いのせいで、悲しそうにしてる誰かにはお節介をかけたくなるんだ」
言ってほしくないなんてことは最初から分かっていたさ。誰だってつらい過去なんて掘り起こされたくはないからな。
でも、それでも言わずにはいられなかった。言わないままでいたら、きっとこいつはいつまでも悲しさを宿したまま生きなければならないと思ったから。
頑張ったやつは救われなければならない。なら、こいつだって救われるべきだ。
「ならそれはあなたの勘違いね。私は悲しんでなんていないんだから、実際には祝福の影響なんて出てないはずよ」
「「……」」
お互いが黙り込み、相手の顔をまっすぐ見つめる。
果たして、先に視線を逸らしたのは九条の方だった。
「……それで以前にも言ったけど、私の話は考えてくれたかしら?」
「お前たちの手下になれって話か?」
九条の話というのは、簡単に言えばそんな内容だ。将来的に自分がクランを作るから、そのメンバーとして活動しないか、と。
でも、お断りだ。だってそれ、絶対にめんどくさいことに巻き込まれるだろ。
「手下ではなく仲間よ」
「どっちも同じ意味だろ」
「あら、〝手下〟と〝仲間〟の意味の違いも分からないの?」
「お前たちが相手ならどっちも同じって意味だよ。そんな皮肉にも気づけないのか?」
「ええ。私は皮肉を言い合うような性格の悪さをしていないもの」
「よく言うよ。今まで本性を隠しておしとやかな優等生を演じてたくせに」
「誰だって裏表はあるし、心をさらけ出して生活している人なんて逆にいないんじゃないかしら?」
以前はもう少し砕けた態度で接してもらってもいいんじゃないかと思ったが、今はもう少し隠してもいいんじゃないかと思っている。それほどまでに違うのだ。こいつ、変わりすぎだろ。
こっちが本性だったのかもしれないけど、普段の大人しく礼儀正しい物静かなお姫様はどこに行ったんだよ。
「そもそも、政治的に力をつけるために俺達を自分のクランに、なんて欲張りすぎるだろ。もうお前っていう『祝福者』がいるんだからそれで満足しとけよ」
普通のクランには『祝福者』なんていない。それなのに、結成したばかりのクランに『祝福者』がいるというのはどう考えても特別なことだ。そうなれば後は自然と人が増えていき、数年後には大手のクランと同じような規模になってることだって可能なはずだ。
「この程度で満足できるわけないじゃない。世界には一つのクランに何人もの祝福者がいるところもあるのよ。最低でもあと一人、私に並ぶ人がいないと話にならないわ」
「国内に限れば一人も祝福者がいないところもあるんだからお前がいるだけでも十分だろ。なあ、皇族の血を引いていて大企業の社長令嬢で将来のクランリーダー。それ以上を求めるなんて欲張りじゃないか?」
「自分の人生を自分で決めたいと願うのは欲深いことなの? 私は、いつまでもお人形でいたくはないのよ」
そういった九条の目は真剣なもので、詳しい事情は分からずとも心からそう思っているのが理解できた。
こいつの詳しい事情は知らない。でも、なんとなくは理解することができる。それは婚約者である織田の態度からも、九条の祝福の文言からも分かることだ。きっとつらく苦しい思いをしてきたんだろう。
だがそれでも、おれが協力する義理はない。
「……なんにしても、俺はお前たちのところにはいかない。せいぜい国に飼い殺しされてることにするさ」
「それでいいの?」
「よくはない。けど、それが一番無難だ。駄々をこねればある程度は普通でいさせてくれるだろうしな」
「〝普通〟ね……そんなにこだわるようなものなのかしらね」
お前は今までの〝普通〟を壊して特別になりたいのかもしれないけど、俺は今の特別を壊して昔のような〝普通〟に戻りたいんだよ。たとえそれが、叶わないとわかっていることだとしても。それでもせめて少しでも近づけるようにしたいんだ。
「お前にはわからないだろうけどな。いい暮らしだけが幸せな暮らし、幸せな人生ってわけじゃないんだよ。俺は……俺達はな、こんな呪いなんていらなかったんだ。ただ普通に、家族で笑って過ごしていたかっただけなんだよ。くだらないことで笑って、怒って、喧嘩して。それでまた仲直りして笑うっていう、そんな普通の人生がよかったんだ。こんな人生なんて、望んじゃいなかった」
つまらなくとも、特別じゃなくとも、ありふれたくだらない日常っていう〝普通〟が一番幸せなんだよ。
大事なものは失ってからじゃないとわからないっていうけど、俺は全部が変わってしまってからそのことが理解できた。
「誰だって思った通りの人生を進めるわけじゃないわ。そんな奇跡みたいな〝普通〟を求めるなんて、それこそ欲張りなんじゃないの?」
「……そうかもしれないな」
そんな言葉を交わして、俺達はそれぞれの道を歩き出した。