誰かの手を掴むために
「なんだあいつ。端役が無駄に目立とうとしてんじゃねえ!」
「このまま戦っててもらちが明かないでしょ! 少しでも可能性があるんだったらそっちに賭けてもいいじゃない。それともあんたこの状況どうにかする方法があるの?」
「……チッ! おいてめえ。もし何にも変わらなかったら俺がぶっ殺してやるからな!」
俺の言葉に従うように広がって戦っていた生徒達が中心へと集まった。織田も藤堂も、走り回りながら戦っていたのをやめている。
これでいい。これで準備は整った。誰も巻き込まずに全力を出すことができる。
「どうすんだよ。方法があるんだろ? ならさっさとやれよ、おい!」
「でも本当にどうすんの? 桜に無茶させるとかだったら起こるからね」
一か所にとどまりながら魔物達を倒している織田と藤堂だが、魔物を倒す合間に俺を睨んできている。
そんな二人の言葉も、他の生徒達からの視線も無視して一度だけ深呼吸をし……
「ふう––––再演」
そう口にした。
「え?」
「は?」
俺が口にした言葉の意味をすぐには理解できなかったのだろう。その場にいた全員が訝し気に、あるいは呆けたような表情をして俺を見ている。
「〈誰かが悲しんでいるのは嫌だ。誰かが泣いているのは嫌だ。泣かないでほしい。笑っていてほしい。僕がその暗闇から助けてあげる。だからまた一緒に笑おう。––––この手は誰かの手を掴むために〉」
その〝願い〟を口にした直後、俺の頭上に浮いていたヘイローは単なる光の輪から複雑な文様が描かれたものへと変化し、強烈な光を放った。
ヘイローの変化と同時に、俺の体からは堤防が決壊したように光を纏う半透明の腕が無数に放たれる。
これが俺の願い。俺に与えられた『|祝福(呪い)』。
助けたい。助かってほしい。手を伸ばす。もっと伸ばしたい。手を取りたい。まだ足りない。あと少し。僕は妹の手を取りたい。だから––––届け。
あの日瓦礫に巻き込まれた妹を助けるために、自身の安全を顧みずに瓦礫の向こうへと必死に手を伸ばしたことで押し付けられた神様のご加護。
そんな願いから生まれた能力は、半透明の腕を伸ばして何かを掴むというものだった。能力としてはそれだけだ。九条のように光る矢を放つことができるわけでもないし、先輩のように世界中を見通すことができるわけでもない。
ただ相手に手を伸ばし、掴むだけのつまらない能力だ。
そんなつまらない能力を手に入れたせいで、願いが叶ったわけでもないのに俺の生活は一変した。普通とはかけ離れた暮らしをすることになり、家族はたった二人だけになった。
「これ、は……」
「手……?」
そんなつまらない、くだらない能力だけど、できることもある。
放たれた無数の『手』は魔物へと伸びていき、その体を掴んで絞め殺し、捩じり殺す。
「誰かを助けるために、別の誰かを殺すなんて……ほんと酷い祝福だよ」
こんな|祝福(呪い)なら、ないほうがよかった。やっぱり『祝福者』なんてろくなものじゃない。なるべきじゃないよ、こんな化け物になんてさ。
そう自嘲するように呟いていると、九条が座り込みながら俺のことをじっと見つめていることに気が付いた。
ああ、そういえば九条のことがあったな。彼女は怪我をしてるし、いつまでも怪我をほうっておくのもまずいだろう。
そう思って九条に気づかれないよう、こっそりと彼女の傷へと『手』を伸ばした。
「あなたは……『祝福者』だったのね」
「こんなもの、ないほうがよかったけどな」
そう答えながらも周囲の魔物を片付けていくと、しばらくして魔物の群れの奥から轟音が聞こえてきた。
もしかして新手の敵か、と思ったけど……違った。
「兄さん––––っ! これは……」
「ああ、やっぱり来たか。一応怪我はするだろうから心配するなって言ったのに」
祝福の代償として、俺の怪我は祈とリンクしている。痛みを感じれば当然その痛みを祈も感じることになり、俺が怪我をするような状況になったと知れば、〝家族〟を大事にしている祈が来ないわけがない。
それが分かっていたから来なくていい、心配しなくていいって言い含めておいたのに……まあ、仕方ないか。
「……あの痛みはそれなりに重傷だったはずだし、何かまずいことが起こってるかもって思ったの。それに、なんだかすごい雷落ちたし」
「あー、それはチームメンバーのスキルだな」
さっきリンリンが敵を一掃した時に使ったスキルの事か、それともその前に魔物をせん滅した時の事か。
どっちにしても、祈がどこにいたのか知らないけどあれだけの威力がある雷だ。目につくに決まってるか。
ただ、俺が怪我をしてこっちに来たにしては思ったよりも遅かったな。
祈のチームは他の三人はBクラスだし、無茶をさせ過ぎないように気を使ったのかもな。あるいは、俺の言葉を気にして偶然を装ってこっちに来ようとしたとか?
何にしても、来るなって言っておいてなんだけど、この状況では来てくれたことはありがたいな。今集まっている魔物は俺が倒すけど、それでもここには怪我人や動けない奴が多い。教師達に知らせて呼んでくるにしても、教師達が来るまでここで待機するにしても、戦力は多いほうがいい。
「おまえら……なんなんだよ」
「あ、なんだ。桐谷もいたのか」
祈達とはまた違う方向から声が聞こえてきたと思ったら、さっきまではいなかったはずの桐谷がチームメンバーと共に姿を見せていた。どうやらこいつもここに引かれてやってきたらしい。
「……俺達も、雷を目指して来たんだよ。それより、お前も『祝福者』だったのか……?」
「あー、まあそうだな。御覧の通り、慈悲深い神様から呪いを授かった哀れな道化だよ」
嘘はついていないとはいえ、騙すような……というかまんま騙した事は悪いと思わないでもない。けど、教えれば絶対に面倒なことになっていただろ。
今回バレてしまったんだから結果的には同じように面倒なことになる気がするけど、それは結果論だ。やり直すことになったとしても、俺は『祝福者』であるということを隠したとおもうし、そこに後悔はない。
それに……
「だから言ったろ。祝福なんてろくでもないって」
この言葉が本心だっていうのは最初に告げた時から変わっていない。