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『英雄』の覚悟

「チッ! いつまで湧いてきやがる! 桜あ! 一気に倒せないのか!」


 この場で唯一の『祝福者』だからか、織田は普段は邪険にしているにもかかわらず九条のことを頼るように叫んだ。けど……


「もう少し待って! まださっきの魔物のせいで回復してないのよ!」

「くそっ!」


 ここで戦う前に全力の一撃を放ったし、それから大した時間が空くこともなく大型魔物と戦っている。いかに九条が『祝福者』とはいえど、戦い続けるのにも限度がある。


 やっぱり俺が祝福を使うしかないか。〝普通〟の生活ではなくなるけど、仕方ない。誰かが目の前で死んでいくよりはずっとずっとマシだ。


 そう思って口を開きかけたその時––––


「ここでドドーンとあたしのかつやくう~!」


 なにもせずに俺達の後ろで待機しているだけだったリンリンだが、リンリンが叫ぶと空が瞬き、同時に轟音と衝撃が魔物達を蹂躙した。


「ぐへっ……あとはよろ……」

「リンリン!?」


 苦しげな表情をしながらもどこか不敵に微笑みながら倒れたリンリンに九条が慌てるが、多分死んではいない。きっとスキルを本当に限界まで使ったんだろう。

 今までは、一度スキルを使うとすべての力を使い切ってしまうから一度しか使えないといっていたが、それでもスキルを使った後に動き回ることはできていた。それは全ての力と言いながらも、一定ライン以下にはならないようになっていたからだろう。


 でも今は、そんな一定ラインを越えて本当に限界まで力を振り絞ってスキルに力を込めた。その結果がこれだ。大規模な攻撃によって周囲の魔物達は吹き飛び、その代償としてぶっ倒れることとなった。


「スキルの使い過ぎで倒れただけだろ多分。それより、今の一撃でだいぶ削れたとはいえまだまだ多いな」


 リンリンのおかげである程度余裕ができたとはいえ、それでもまだ敵の数は多い。たぶんだけど最初の半分も倒せていないんじゃないだろうか?


「くっ……!」

「守谷さん! 大丈夫ですか?」

「あ、はい。すみません。すぐに前線に……うっ!」

「無理はしないで構いません。少し休んで、また回復したらお願いします」

「すみません」


 多少余裕ができたといっても、敵の数が多いのは事実であり、またすぐに押されるようになった。そして、状況はどんどん悪化していくばかりだ。今は守谷が敵の攻撃を受けて倒れたが、すでに織田のチームは織田以外の三人が全滅しており、藤堂のチームも満身創痍。俺達だって守谷が倒れたことで残っているのは俺と九条だけ。しかもそのうち俺は直接的な攻撃はできていない。


「〈再演アゲイン・この世に蔓延る魔性を赦さない。私の苦痛も人生も、全ては人々を守るために〉っ!」


 そんな状況に危機感を募らせたのだろう。九条は歯を噛みしめた表情をすると、血を吐くように叫んで祝福の弓に大きな光の矢をつがえた。


「皆さん、準備ができました! 一掃します!」


 その言葉を合図に九条は弓を空へと向けるが、矢が放たれない。どうしたことかと九条を見ると、弓を構えた手が震えている。恐怖からではないだろう。たぶん、リンリンと同じように力を使いすぎているんだ。

 全力を振り絞り、倒れそうになる体を無理やり気合でつなぎとめているんだと思う。


 そんな姿に、保身のためにこんな状況でも祝福を隠して戦おうとしない自分に嫌気がさしてくる。


「––––私は魔を退けなくてはならない〉」


 震える体で弓を引きながら、それでも九条は祝福の最後の文言を口にし、番えた矢から指を離––––


「いきま––––え?」


 ––––え?


「がふっ……!」

「はは……あはははははっ!」


 九条からの矢は放たれることはなく、代わりに突然背後から聞こえてきた哄笑に、その場にいた全員が振り返った。


 その振り向いた先では、九条が腹にナイフで刺されながら血を流して倒れており、その傍らには先ほど傷ついて後退したはずの守谷が狂ったような笑みを浮かべながら佇んでいた。


「桜!?」

「何してんだてめ––––ぐっ!」


 突然の状況の変化に混乱しながらも九条や守谷の許へと向かおうとする藤堂と織田。

 だが、振り返れば当然ながら目の前の魔物に襲われることとなるため、二人やまだ戦っている他の生徒達もすぐに魔物との戦いへと戻っていった。


 それを見て何を思ったのか、守谷は突如走り出して魔物の群れの中へと突っ込んでいった。

 普通ならこんな状況で魔物の群れの中に突っ込んでいくなんて自殺行為でしかない。

 けどそうするってことは何らかの策や手段があるんだろう。


「逃がすかよっ!」

「あがっ––––!」


 けど、そんなことを詳しく考えている余裕なんて今の俺にはなく、とにかく捕まえなければと必死に『手』を伸ばし、捕まえた。


「お前、守谷! なんのつもりだ。なんでこんなことをした!」


 捕らえた守谷を地面に叩きつけて拘束し、問い詰める。


「ここでそいつらを殺せば、僕はもっと強くなれる! 力が手に入るんだ! だから––––」


 だが守谷は、こんな状況であっても笑みを崩さずにいる。それが気になり問おうとしたのだが……遅かった。


「みんなまとめて死ねよ!」


 守谷がそう叫んだ瞬間、守谷のことを捕らえていた俺の『手』が消失し、守谷からは吐き気を催すような気持ち悪い気配が放たれた。


「なんだこれ……!」

「僕は強くなった。もう以前の僕とは違う。––––見ろ! この力を!」


 拘束から解放されたことで立ち上がった守谷は、まるで自分のものを自慢するかのように魔物の目の前で両腕を広げて叫んでいる。

 そのおかげか、魔物達は一旦攻撃するのを止め、逆に一歩下がって待機している。


 それによって俺達は一休みすることができたのだが、これは本当に魔物を支配することができている、ってことなのか? でもそんなことがありえるなんて……


「僕の力の前には魔物さえ平伏するんだ! 魔物さえも支配し、生み出すことだってできるようになった! これから僕はもっと強く––––」

「そうかよ。だったら魔物どもに代わって俺がぶっ殺してやるよ、くそ野郎!」

「へ? ––––あっ」


 まだ何かを言いたかったんだろう。楽しそうに叫んでいた守谷は、突然あらぬ方向から投げられた槍を避けることができず、心臓を貫かれて倒れた。


 槍を投げたのは織田だった。織田は苛立たし気に表情を歪めて守谷のことを睨みつけると、守谷の心臓に刺さった槍を乱暴に引き抜き、さらに確実に殺すためか頭や首などを何度も刺していく。


「チッ。こんな雑魚にここまでいいようにやられるなんてな。やってらんねえぜ」

「ちょっと何やってんのよ! 捕まえて色々聞きだすべきじゃないの!?」

「普通ならそうだろうな。けど、状況考えろよ。この状況で裏切者の面倒まで見ろってのか? そんな余裕があるのかよ」

「それは……」

「文句があるんだったらあとで聞く。それよりも、今はこいつらをぶっ殺すことだけ考えろ。じゃないと、俺もお前も仲良く腹ん中になるぞ」

「~~~っ! あーもう! ほんとになんだってのよ!」


 でも、守谷が操っていたっていうんだったら、その守谷が倒れたことで魔物達も俺達を狙うのをやめてくれるんじゃ……


 なんて思ったけど、甘かった。

 守谷が死んでもしばらくは動きのなかった魔物達だったが、徐々に動きを取り戻し、再び俺達のことを襲い始めた。


「この矢は……」

「桜!? 何やってんのよ! おとなしくしてないと!」

「まだ、やれるっ……わたしは、まだっ……!」


 弦を弾きすぎたのか指先から血が出ている。だがそれでも矢を射続けている


「無理するなよ」

「無理なんて……それに、ここで無理をせずに、いつするって言うの?」

「言葉すらとりつくろえなくなってる奴が何言ってんだよ……」


 そんな俺の言葉を無視して、九条は矢を射続ける


 これだけの戦いだ。俺が痛みを感じたことは祈にもわかってるだろうし、待っていれば祈が来るだろう。来なくて良いとは言ったけど、それであいつが素直に引き下がるわけないから。


 けど––––それでいいのか?


 祈が来ることは決まっている。けどそれがいつなのかはわからない。次の瞬間に来るかもしれないし、あと五分くらいはかかるかもしれない。もしかしたら三十分、一時間とかかる可能性だってある。

 その間に何人が怪我をする? 怪我だけならいい。けど、最悪の場合死ぬかもしれない。俺にはそれを止める手段があるのに、ただ目立ちたくない、普通に過ごしたいなんて考えを通すために〝目の前で傷ついている誰か〟を見捨てるのか?

 ……それは、嫌だな。


 覚悟を決めろ。今更隠してなんになる。決断するのが遅すぎるだろ、くそったれな卑怯者の弱虫が。


 ……天宮さんは俺のことを『英雄』だなんて言ったけど、違うよ。絶対に違う。俺は英雄なんかじゃない。だって俺は、こんな状況になるまで保身のために隠れ続けた卑怯者なんだから。


「全員さがれ!」

「はあ? どうしたの。なんかあるわけ!?」

「そいつらを倒す方法があるんだ。だから、中心に集まってくれ」


 遅くなった。遅くなり過ぎた。

 それでも覚悟をしたんだ。この場にいる全員を救うと決めたんだ。だから、やってやる。


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