一難去って……
そんなふうに俺が迷っている間にも戦いは繰り広げられ、織田と藤堂が大型魔物と相対していたが、ついに状況が動いた。
「再演・〈私は魔性を祓わなくてはならない〉!」
速さを重視したのか、それとも正式な方を使うだけの余裕がないのか、九条は略式の文言を唱えて弓を構えた。
「いきます。二人とも離れて!」
その言葉とともに放たれた光の矢は、見事大型魔物の頭部に命中し、大型魔物はその衝撃で頭を後ろにのけぞらせて動きを止めた。
「倒した……?」
動きを止めた大型魔物を見て藤堂が緊張を緩めながら口にしたが……まだだ。
「まだよ、光里。最後まで油断はしないで」
九条がそう注意を促した直後、九条が放った光の矢が刺さった場所がどろりと溶けた。
敵が何か行動をしだしたのか。
そう思ったが、そうではなかった。光の矢が刺さった頭が溶けた大型魔物は何をするでもなくそのまま溶けていき、ついには全身を濁った色をしたドロドロの何かへと姿を変えた。
「なんだこりゃ。液体……いや、スライムか? にしてはさっきはやたらと硬かったな」
「とりあえず、燃やして処理する感じでいいの?」
「そうね。光里、お願い。それで様子を見ましょう」
「了解っと」
あの溶けた何かがなんなのかはわからないが、とりあえず燃やすことにしたようだ。藤堂がスキルを使って腕に炎を纏い、その腕を正面に伸ばした。その時––––
「––––っ! さくらん危ない!」
「え?」
生き残りがいたのか他の場所からやってきたのか、あるいは新たに生まれたのか……いずれにしても新たに姿を見せた魔物が物陰から九条と藤堂へと襲い掛かった。
そのことにいち早く気が付いたリンリンは叫び、それに気が付いた九条は振り返る。
だが、目の前に迫ってとびかかってきた獣を呆然と見ていることしかできなかった。
「あ––––」
もう駄目だとでも思ったのか、あるいは単なる反射か、九条は小さく声を漏らすと目を閉じてぎゅっと体をこわばらせた。
だが、そんなお前が思ってるような結果にはならない。させない。
「このっ!」
九条へと噛みつこうとしていた魔物の進路を邪魔する様に『手』を伸ばして割り込ませ、盾にして嚙みつかせた。
一度動きを止めてしまえばこちらのもの。相手は一体しかいないこともあり、そのまま噛みつかれている『手』で魔物を拘束して地面にたたきつけ、剣で突き刺した。
これで大丈夫だ。見れば藤堂の方に向かった魔物は織田が処理してるし、もうこれ以上敵はいないだろう。
そう思って安堵の域を吐き出したのだが……
「いってえ……」
腕を捲って肌を見れば、そこにはまるで何かに噛まれたような痣ができているが、これは仕方ないことだ。
祝福には副作用が存在する。まあ、こんな超常の力を制限なし、対価なしで使えるなんてことがあるわけない。
一応スキルの方も副作用はあるが、祝福よりも能力が低いだけあって副作用もごく弱いものでしかない。それこそ、まったく気にしなくても問題ない程度のもの。
だが、祝福はそうはいかない。
俺の場合は、祝福で作った『手』が傷つけば、それと同じ痛みを感じるというもの。痛みを感じるだけで、実際に同じ怪我を負うわけではないのだからいくら『手』を壊されても、攻撃されても自分が傷つき、動けなくなったり死んだりすることはない。
ただ、「痛いのだから攻撃を受けたはずだ。傷がなくてはおかしい」なんて脳が錯覚して攻撃を受けたところに痣を作ってしまうことはある。それがまさに今の状態だ。『手』が噛みつかれたから、その痛みを共有していた俺の脳が勘違いをして痣を作ってしまった。
それに、たとえそんな痣なんてできなかったとしても、魔物に噛みつかれた痛み自体はこっちにも来てるんだから、普通に痛い。怪我はないとしても、その痛みは後に残るのだ。
「おい、光里。無事か?」
「あ、うん。……じゃなくてあんたが守るべきは桜でしょ! なんでこっちに来てんのよ!」
不意打ちを受けて織田に助けられた藤堂だけど、すぐにハッとして織田を手で突き放してこちら……というよりも九条のことを指さした。
実際、その言葉は正しいと思う。婚約者なんだったら、まず守るべきだろ。それなのに婚約者の親友の方を優先するなんて……やっぱりこいつは、本気で九条の事なんてどうでもいいと思ってるんだろうな。
けど、そのくせ九条を守って魔物を倒した俺を睨むように見ているんだから手に負えない。お前は何をしたいんだよ。こっちを睨むくらいなら最初から九条のことを助けておけよな。
「……ありがとうございました、佐原さん」
そう言いながら九条が俺へ近づいてきたので、俺は痛みを隠すように笑いながら剣をしまって答える。
「間に合ってよかったよ。怪我はないか?」
「はい。……え? あの、その腕は……」
「へ? ああ。これか。大丈夫だから気にしなくていいよ」
何でもないかのように軽く腕を振って言って見せるが、九条はそんなことでは納得していないようで眉を顰めながら心配そうに俺の腕を見つめている。
……って、しまった。腕の状態を確認するために服を捲ったけど、それを戻すのを忘れていた。
大丈夫だって言ったのに怪我をしている姿を見せてしまい、バツが悪くて頭を軽く搔きながら視線を逸らした。
そんな俺の様子を見て、九条は猶更申し訳なさそうな態度になっていった。
「申し訳ありません。私が治癒系の祝福が使えれば……いえ、それ以前に先ほどの攻撃を対応することができていればそのような怪我なんて……」
「何言ってるんだよ。俺達はチームなんだから助けるのは当然だろ。それに、この程度の怪我なんて魔物と戦ってれば普通にあり得ることだろ」
「ですが……」
「腕が折れたわけでもないし、所詮スキルの副作用だ。ただちょっと痛みがあった程度だし、そんな気にするようなことでもないって」
だが、そう言っても九条は申し訳なさそうな態度を変えることはなく、そのしおらしさになんだか調子がくるってしまう。
本当に気にしなくていいんだけど、それだけじゃ納得してくれないし……こういう時なんて言えばいいんだろうな? えーっと……こうか?
「うじうじ謝られるより、ありがとうって笑って話してくれた方がこっちも助けた甲斐があるってもんなんだけどな」
悲しい顔でごめんなさい、なんて謝られるよりも、笑顔でありがとうと言ってくれた方がよっぽど嬉しい。
俺はこんな祝福なんていらなかったけど、俺の祝福に意味があるとしたら、それはきっと助けた誰かに喜んでもらうためだと思うから。
「あんた、言ってることはそのとおりなんだけどさー。なーんかキザったらしいっていうか、気取ってない?」
「そんなことないだろ。……ないよな?」
気取ったつもりなんてないんだけど……もしかして本当に藤堂の言うように格好つけた言葉だったか今のって?
「佐原さん。改めて、ありがとうございました」
そんな俺達の会話を聞いてか、九条は先ほどまでよりも心なしか明るくなった顔で言った。
そうだ。そっちの方が良い。できればもっと笑ってくれた方がいい。みんなが笑っている世界なら、それはきっととても素晴らしい世界だから。
「あーっと……ねえねえ。なんかいい感じの雰囲気になってるところでもーしわけなさがぶち上がってくるんだけどさぁ、ちょおっと周り見てくんない?」
いい感じって何がだ、と思ったが、どことなく普段よりも真面目な様子のリンリンの言葉が気になって、言われたとおりに周囲へと視線を巡らせた。すると……
「魔物っ……!」
「これ、なんでこんな多いわけ?」
周囲には俺達を囲うように何十……いや、何百か。もしかしたら千にすら届くかもしれない数の魔物が存在し、俺達に狙いを定めていた。
魔物が発生するのは分かる。ここはそういう場所だから。でも、この数は流石に多すぎやしないか?
「おそらく、ちょうど今魔物が発生するタイミングとなったのでしょう」
なんて守谷が言ったが、そんな言葉で納得できるわけがない。いくら魔物が発生するタイミングだったとしても、こんなに一気に、しかも誰にも気づかれることなくだなんてどう考えてもおかしいだろ。
何だったら元からこの廃墟街全体にいた魔物よりも数が多いかもしれない。明らかに何か特殊なことが起こっているに決まっている。端的に言って異常だ。
「そんなことある? だって今さっきでかいのが出てきたばっかりじゃん!」
「大型が発生して間もないうちに倒してしまったせいで、そちらに使われていた力が周囲に拡散してそれが形となった、と考えるならありえないことではないわ」
「そんな理由なんざどうでもいいだろ! 今はこいつらをぶっ倒すだけだ!」
確かに、なんで湧いたのかなんて今はどうでもいい。とにかく今はこの状況をどうにかすることだけを考えないと。
でも、流石に祝福を使うべきか? さっきまでのはどうにかなる可能性があったし、実際にどうにかなった。けど、今は違う。これだけの数を倒さなくてはならないとなったら、流石にここにいるメンバーだけでは厳しい。
実際、織田や藤堂を中心として戦っているけど、その成果は芳しくない。みんな何とか持ちこたえているだけだ。
幸い、魔物達の強さはそれほどでもない。数を生み出したせいか、一体一体の強さは最初に俺達が倒していた魔物達よりも弱い。だからこそ何とかなっているのだが、それでも数が数だ。押し切られるのも時間の問題だろう。