異変と作戦
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昼休憩を終えた俺達は作戦を変えたことで慎重に行動していたのだが、心配していたよりもうまく戦うことができていた。
だからそれは良いのだが、別の問題が起きた。
「上から見た感じだと、なんだか魔物が多くなってきたように感じるんだがどうする?」
実際に数えたわけじゃなくて体感だからズレはあるだろうけど、それでもなんだか魔物の数が増えているような気がする。
「深く進み過ぎたってこと?」
入り口付近は出入りする人が多いので魔物も狩られ手数が少ない。だから奥に行けば行くほど魔物の数が増える、というのは当然の結果だし、逆説的に魔物が増えたんだったら奥に行ってしまったということにもなる。
だけど、俺達ってそんな奥って言うほどの場所に移動してたっけ?
「……いえ、方々を歩き回ってはいますが、行動範囲としてはそれほど拠点から離れたというわけではないはずです」
だよな。そうだ、そのはずだ。俺達は無理せずいつでも逃げられる位置で一定の速度で安定して魔物を狩ることができるようにしていた。
「でもおかしくない? フツーなら敵倒してるんだから減ってくるはずでしょ?」
「そうだな。だからこそ他のチームは最初からとばしていこうとした奴らが多かったわけだし」
魔物だって一応は生物として活動しているわけで、当然ながら殺せば減る。だからこそ、獲物が教師達の待機しているポイントという安全な場所の近くにたくさんいるうちに狩って得点を集めておきたいと生徒達は考えたのだ。
だが、現在は沢山狩ったはずなのに、魔物の数が減っていない。もし俺の錯覚でないのであれば、この状況はどう考えたっておかしい。
「新しく魔物が生まれたとかはどーお? 魔物って突然パッと生まれるんでしょ」
「そういうこともあるけど、それは考えづらいんじゃないかな。基本的には既存の動植物の変質で、他にあるとしたら……ああそっか。もしかしたら、教師陣の狙い通りなのかもしれないね」
守谷が納得したように一人で頷いているけど、教師たちの狙い通りってどういうことだ?
「どういうことでしょうか、守谷さん」
「あ、うん。えっと、魔物って自然と発生することもあるけど、それには特定の条件が整わないといけないでしょ? でも、そんな環境を教師陣が放置して試験会場として選ぶのかな、って思ってさ」
魔物は基本的に生物として生きているし繁殖もするが、なにもそれだけが増える方法というわけではない。
魔物が増える方法としては三つ。一つは先ほど挙げた生殖行動。
二つ目が、動植物が異常な量のスキルの余波を受けた場合、周辺で使ったスキルや祝福の種類によって変異、変質することがある。
三つ目が一番重要で特殊、それでいて当たり前の常識的な事。
それは、魔物はとある『祝福者』の願いによって生まれたということだ。
世界に壊れてほしいと祝福で魔物を生み出した願いは、魔物を生み出した当人がすでに死んでいてもまだ続いている。つまり、魔物は突然生まれる……いや、〝発生〟するということ。
とはいえ、その〝発生〟だってどこにでも、というわけではない。魔物が発生するのに必要なのは負の想念。簡単に言えば悪感情だ。
祝福には至らずとも、人はだれしも願いを持っている。なんだったら人に限らず願いや感情はある。
そんな祝福には至れなかった悪感情の粒たちが集まり、魔物を生み出した祝福の後押しを受けて魔物となるのだ。
「確かに、魔物が発生する環境は察知できるはずですし、この場所の下見をしていないなどということはありえないですね」
だがそうして魔物が生まれる環境というのは、事前に察知することができる。
自国に限らず他国のお姫様なんかのお偉いさんの子供が集まってる学校の行事で、いくら死傷に関する同意を受けている試験だからってそんな危険な場所を会場として選ぶだろうか?
「だよね。だからそうなると、試験の一環としてあえて残しておいた。むしろ、環境が整っていたからこそこの場所を試験会場とした、という可能性があるんじゃないかな」
「実戦を想定しての試験って言ってたし、そういった不確定要素を取り入れるのはありえるか。……でも、少し危険すぎるんじゃないか?」
守谷の言っていることも一理あるとは思う。将来的には突発的に魔物が発生するような環境で仕事をしなくてはならないかもしれないんだから、今のうちからそういったことを経験しておく、というのはあり得ない話ではない。
だた、それでもやっぱり少し危険が過ぎる気がする。試験といっても、今回が初めての魔物と戦う試験なのだ。突発的な状況に対する対応能力を鍛えるというアドリブ要素を入れるにしても、二回目以降の試験なんじゃないだろうかと思うんだが……
「それは学校側としても気を付けてるんじゃないかな。ほら、最初に教師たちが徘徊することがあるけど気にするな、って言ってたし」
まあ確かに、そのために外部から人を雇ってるわけだけど……
「……そうですね。ではこれが意図的に放置されたものだとして、我々はどうするべきかを考えましょう」
「はーい。つまりさ、これってボーナスタイムってことでいい感じ?」
ボーナスタイム? あー、沢山獲物が出てくるから得点の稼ぎ時、みたいな感じか? 言われてみればそれも間違いじゃないかもな。
「ボーナスってよりはフィーバータイムって感じな気もするけど、大体そんな感じだ」
「じゃあさ、その発生源に突っ込んでってドカンとやっちゃえばよくない? そーすれば大量得点獲得になるじゃん!」
そりゃあまあ、そうではあるけど……流石に危険すぎやしないか?
「いや、でもきつくないか? 流石に何体も襲われたら守谷と俺だけじゃ抑えきれないぞ」
「戦う必要なくない? そこそこ近寄って、遠くからドカンッ! これでいいじゃない」
……なるほど。リンリンの能力は色々と面倒だけど、全快している状態ならかなりの威力と規模の攻撃を放つことができる。それをうまく使えば、一か所に集めた敵をまとめてドカン、なんてのもできるか。
「確かに、その方法であれば一定の安全は確保したうえで多くの敵を倒すことはできるでしょう。幸い、私は遠距離の『祝福者』で、リンリンは遠距離から広範囲の攻撃ができるスキルですし」
「そうだね。リンリンは威力も結構高めだし、攻撃してすぐに移動すればいけそうだと思う」
そんなリンリンの考えに、九条も守谷も同意を示しながら頷いた。
「でも、倒しただけじゃ得点にはならないだろ? 攻撃してすぐ移動って、疲れるだけだぞそれ」
いくら敵を倒したとしても、得点となる部位を回収することができなければ意味がない。ただ疲れるだけの損にしかならないのだ。
「回収は後からでも構いません。どうせ身体強化のスキルが使える方だとしても、運べて一体か二体程度でしょう。さらに多く運ぶのであれば解体をしなければなりませんが、流石にその場で解体はしないでしょう。もし解体をしていれば、その場で注意をすればいいことです。それに、戦場の様子はドローンで撮影されているのです。横取りをすればその方の評価が下がることになります。多くのクランが見ている中でそのようなことはしないでしょう」
「んー……まあいいけど、無茶はするなよ?」
そうして俺達は魔物の発生源を探して、一網打尽作戦を行うことにした。