九条桜の許嫁事情
「ん? なんかこっち見てないか?」
もしかして俺達の話が聞こえてたとか? いや、それはないか。いくら遮られていないとはいえ、ここからじゃ距離がある。祈がその気になれば拾えただろうけど、俺ではこの距離の音を聞き分けることはできない。きっとスキル持ちなら同じようなものだろう。
「えー? あ、ほんとだ。さくらんの事でも見てんじゃない? 友達なんでしょ?」
「友達とは少し違いますが……」
あ、織田が笑った。なんか、自信を感じさせる笑みだな。
でも、なんでこっちを見ながら笑ったのかわからない。とりあえずあの様子なら俺達の話が聞こえたからこっちを見た、ってわけでもないようだ。
「うへぇ……きも」
割とイケメンだし、今の笑顔だってそう悪いものではなかったと思うんだけど、藤堂は何か気に入らなかったようで言葉通り何か気持ち悪いものを見たかのような顔で織田のことを見ている。
「ずいぶんな態度だな。なんか確執でもあるのか?」
「んー、いや、確執っていうか、あいつ、なんでか知らないけどきもい目でこっちのこと見てくんのよね」
「ほえー。それってあれじゃない? えっと……まあ名前知らないけど、さくらんのお友達のことが好きなんじゃない?」
「さくらんのお友達って、私? まあいいけど、あいつが私のこと好きとかないでしょ。だって、小さい頃からあいつは桜の許嫁だって言われて育ってきたのよ? それなのに他の女に目を向けるとかありえないって」
「いやいや、男なんて所詮は獣だもん。女なら手当たり次第に、なんて奴でもおかしくないって」
リンリンは訳知り顔で頷きながら言ってるけど、お前が男の何を知ってるんだっての。
「……マジ?」
「こっち見んなよ。そういうやつもいるだろうけど、少なくとも俺は違うぞ」
なんでこっちに飛び火してくるんだよ。まあ、俺達くらいの男子なんて大体あほな事と女の事ばっかり考えてる奴が多いのは事実だし、織田はそうなのかもしれないけど、そういうやつばっかりじゃないだろ。
「でも、まあわからないでもないかもな」
「何? あんたあいつの味方するわけ? やっぱりあんたも獣だったんだ」
「違うって。そういうんじゃなくて、子供のころから決められてたって言ってたけど、あいつ、さっきの戦い方から見えた性格からして俺様系だろ? 決まりごとに縛られて自分のやりたいことができないのは気に入らないんじゃないかな、って思ったんだよ。だから、それに対する反発心とかもあって自由にふるまってるんじゃないかな、ってさ」
あれだけ顔がよくて金も身分もあって実力もあるとなれば、好き勝手やりたいもんだろう。婚約者がいても〝遊ばせて〟くれないんだったら他に女を求めてもおかしくない、かもしれないとは思う。経験ないやつがなに知ったようなこと言ってるんだってなるけど。
「確かに、そうなのかもしれませんね」
「……だとしてもよ? そうなんだったとしても、許嫁である桜との関係を続けたまま他の子に手を出すってひどすぎでしょ。そのうえ桜のそばにいる私にまでってなったら、マジできもいんだけど。本当に嫌なんだったら許嫁って関係を切ってから好きにしなさいよ!」
「いや、それを俺に言われても……」
俺はあくまでもこうなんじゃないかって想像を言っただけだし、文句を言われても困る。
「光里。その話はすでに終わったはずです。親が決めたことですから、個人の趣味趣向は別でしょう。将来に問題がないのであれば、学生のうちに遊んでおくのは許容範囲とすべきです」
「いや、それがありえないんだってば!」
理解を示すような九条に対し、不満を吐き出している藤堂。なかなかヒートアップしてきたな。
でも、口論することが悪いとは言わないけど、せめて今は抑えるべきじゃないか?
「おい藤堂。もうちょい静かにした方がいいんじゃないか? 話すにしても、ここで話すことじゃないだろ、多分」
「あ、ごめん」
俺の言葉で周りに他の生徒達がいるという今の状況を思い出したのか、藤堂は不承不承といった様子で黙り、九条も特に何を言うでもなくこの話は一旦の終わりを見せた。
「これで全部終わったな。んじゃあ、今日の戦いについて各自反省会をしておくこと。以上だ。解散」
それからしばらくして全てのチームの模擬戦が終わり、それによって本日最後の授業も終わることとなった。後は解散して各自帰るなり部活に良くなり自由時間なのだが、反省会をしておけって言っていたしどうするかな。
「ってことみたいだけど、この後はどうする? みんなでおしゃれにカフェにでも行って話し合いでもするか?」
「申し訳ありませんが、私はこの後所要がありますので。反省点に関しては後日レポートという形で提出いたしますので、ご容赦を」
俺の問いかけに対して、九条はそれだけ言うとお辞儀をしてから身を翻し、足早に去っていった。その後を追いかけるように藤堂が少し慌てた様子で追いかけていったのだが……
「あれ、めっちゃ効いてない?」
九条達が見えなくなったことでリンリンがそう問いかけてきた。
「効いてるだろうな。まあ、親が決めたとはいえ将来結婚する相手が今のうちから浮気しまくってたら、そりゃあそうなるだろって話だ」
男女が逆の立場だったらこき下ろされるような行為だし、婚約の解消とかになるんじゃないだろうか? それくらいひどい話だ。
「でもさー、流石にかわいそうじゃない? 親はなんも言わないわけ? 普通ならそんなのとの約束なんてドカンとぶち壊しちゃうもんじゃないの?」
「織田の実家はスキルに関する道具を作る大企業だし、いくら皇族って言っても無茶なことはできないんじゃないかな? もし会社が外国に移ったら大変なことになるし」
「ほあー……お偉いさんってたいへんなのねー」
まあそうだな。日本では貴族や華族なんて身分はないけど、それは表立っての身分としては存在していないだけで実態はいまだに身分による格差が存在している。上流階級と一般市民ではいろいろと違いがあるけど、上流階級のなかでも色々と面倒なことがあるんだろうな。
「いっそのこと、全員いなくなっちゃえば、なんて思わなくもないよね」
なんて思っていると、静かになったその場で守谷がそんなことを口にした。
守谷はこういうことを口走るようなやつじゃないと思っていたので、わずかに驚きながら守谷へと視線を向けた。
「そーなったらそれはそれで面白そうかも? あ、でも絶対面倒なことも起こるわよね?」
「まず間違いなくな。ゲリラとかテロとか内乱とか、まあそんな感じになるんじゃないか?」
「うへ~。それは流石にやーよねー」
上流階級と一般人との差は確かにあるし、ふざけんなと思うことも確かにある。けど、上流がいるから今の暮らしが続いているともいえる。
もし今政治を執り行っている人たちや企業のトップたちが消えたら、日本の経済は死ぬだろな。
まあ、今がいい暮らしなのかって言うと賛否が分かれるだろうし、変えるにしても一度壊れないと変わらないだろうから、それを考えると一度壊してしまったほうが、なんて考えも理解はできるけどな。
「なんにしても、九条が来ないんだったら俺達だけで反省会しても大した意味はないだろ。どうせ自分の悪かったところなんて各自わかってるだろうし」
「まーねー」
リーダーとはっきり決めたわけではないけど、九条がこのチームのリーダーであることは間違いない。そんな九条がいない中で反省会なんてやっても大した意味はないだろう。それはリンリンも守谷も同じ意見のようで頷いている。
「ってわけで、俺達もレポートみたいなのを書いて後で改めて集まるんだかレポートを見せ合うんだかすればいいんじゃないか?」
「そうですね。そうしましょうか」
「え~。マジ~? あたしレポートとか好きじゃないんだけどぉ」
「レポート書くのが好きな奴なんてそうそういないだろ」
こうして夏休み前の期末試験に向けた初めてのチーム戦は終わることとなった。