夏休みの予定
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「––––まさか、話を聞いた日から一ヵ月と経たずに何か起こるなんてな」
先輩が学園にやってきてなんだかんだと話をした日から一週間が経過したわけだが、予想通りというべきか厄介事が起こってしまった。
どうやら一人の生徒が行方不明となったらしく、捜索をしたところその生徒が着ていたと思わしき制服だけが茂みの中に落ちていたらしい。
けど、それがなにを意味するのかはまだわかっていない。生徒が自分で捨てたのか、誰かが捨てたのか、それとも風か何かで勝手に飛んで行ったのか。なにもわかっていない。
何だったら、それが本当にその生徒が着ていたものなのかさえも分かっていないらしい。
というのも、その制服には生徒の体組織が何も付着していなかったんだとか。
普通なら着ていれば髪の毛の一本や汗の一滴くらいは付いているものだ。でも、それすらもなかった。
そこまでいくと、もはや生徒が着ていたというよりも、むしろその生徒の制服をまねて新しく作ったと考えた方が正しいのではないかとすら思えるほどだという。
だから、本当に何があったのかさっぱりなようだ。
ちなみに、俺がここまで詳しく知っているのは当然ながら学校からの連絡で、というわけではない。今日の朝先輩から……というかその護衛の百地さんから連絡が来たのだ。
「これは、やっぱり例の忠告の件だよね?」
「たぶんな。でも、何があったと思う? 今のところは行方不明としか伝わってないけど……」
行方不明ということ自体はもうすでに生徒達にも伝えられている。
けど、これがもし本当に先輩達の言っていた〝何か〟なんだとしたら、生徒の安否については期待しないほうがいいだろう。
「多分だけど死んでるんじゃない? 被害者らしい人の名前を調べてみたけど、一般人だったから大した狙いも価値もないはずだし、攫って生かしておく意味はないと思うよ」
やっぱり祈もそう思うか。でも……
「……そうか。まあ、そうだよな」
普通なら多少なりともためらってしかるべき場面であるにもかかわらず、なんでもないことのように言ってのける祈に、思わず顔を顰めてしまう。
仕方ないことだ。これでもマシになった方だ。そうは思うんだけど、どうしてももっともっとと思ってしまう。
「うん。まあ、その生徒が犯人側の人間で、行方不明になったのはなにかやらかそうとした、あるいはしているから、って可能性もあるけど」
その行方不明になった生徒が共犯だったとしたら、まだ生きてる可能性はあるけど、どうなんだろうな。
「その辺は調べないとわからないか」
「調べるの?」
「いや、俺なんかが調べるよりも、ちゃんとした人たちが調べた方が成果は出るだろ。それに、何かわかったら先輩達が教えてくれるだろうしな」
「それじゃあ、普段通りってことでいいんだよね?」
「ああ」
調査なんて、先輩達にやってもらえばいい。どうせ、俺が言うまでもなくやるだろうし、俺が協力する義務なんてないんだから。
俺達は普通の学生なんだ。特殊な立場ではあるけど、それでも俺達がやらなくちゃいけない何かがない限りはこのまま普通の学生として生活するつもりだ。
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学生の一人が行方不明になって二週間が経過したある日。あの時と同じようにまたも学園内に騒々しさがやってきた。つまり……
「また行方不明者か」
今度は女子生徒だったらしいけど、詳細についてはまだ何も分かっていない。またも前回と同じように制服だけが茂みの中に残されていたりするんだろうか?
「今回も犯人側の人間、なんてことはないよね?」
「さすがにそれはないだろ。けどそうなると、やっぱり前回の生徒も犯人じゃなくて被害者側だった、ってことでいいんだよな」
「たぶんだけど、そうなんじゃないかな」
でもこれで二回目となると、三回目があってもおかしくないよな。なんだったら四回目五回目があってもおかしくない。そもそも犯人の目的もなんなのかわかってないんだし、今回で止まるとは限らない。
「どうする? あのおバカから連絡来たりした?」
おバカって……先輩の事か? たしかにバカだけど、そう言ってやるなよ。特に学校みたいな人が聞いてるところではもし聞かれでもしたら大問題になるぞ。
「ないな。でも、ないってことは下手に動かないで今まで通りに生活してろってことだと思うぞ」
何か追加情報や頼みごとがあるんだったら電話が来てるだろうし。
「うーん。まあそうだね。どうせできることなんてないんだし、兄さんのことは気を付けて、あとは普通に生活するしかないっか」
「俺だけじゃなくてお前自身も気をつけろよ。大丈夫かもしれないけど、怪我をしないに越したことはないんだからさ」
「んー、兄さんが最優先なのは変わんないけど、まあちょっとくらいは気を付けるようにする、かも?」
「はあ……本当に気をつけろよ」
お前なら死にはしないだろうけど、それでも怪我をしたら心配しないわけじゃないんだから。
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「もうすぐ夏休みか」
失踪者が出ても日々はつつがなく進んでいき、もう夏休みを意識する時期となった。
ついこの間入学したばっかりだと思ってたけど、結構時間が経つのって早いもんだな。
「夏休みっていっても、やることあるの?」
「ないな。どこかに行くのも誰かと遊ぶのも、なんもなしだ」
「うっわぁ。寂しい人生過ぎない?」
「うっせえ。っつーか、このクラスってそんな雰囲気じゃないだろ。俺みたいなのと遊ぶような奴いると思うか?」
周りはお偉いさんの子供たちばっかりで、俺達みたいな一般人とは住む世界が違うんだぞ。この間の休みにパーティーがあった、なんて話を隣でされてみろ。話しかける気にもならないっての。そんな奴らと遊ぶ計画を立てられると思うか? 俺には無理だ。
「おいおい。俺がいるだろ? 俺達友達じゃなかったのかよ」
祈と話していると、桐谷が話しかけてきた。
まあ、桐谷は珍しく話しやすいタイプなので仲良くしているし、友達というのも間違いではない。少なくとも、俺は友達だと思って接している。けど……
「自分で自分のことを友達だって言ってくるって、なんか悲しくなんねえ?」
「っていうか、なんかこう、真っ向から『友達だろ』っていうのって、恥ずかしくない?」
「うるせえよ! お前ら兄妹して人の厚意をなんだと思ってんだよ」
友達だと思っていたとしても、実際に友達だったとしても、だからと言って「俺達は友達だろ」なんて言うのは少し憚られる。
そんな俺達の反応に叫びを返してきた桐谷だったけど、はあっと息を一つ吐きだすと軽く頭を振ってから話を続けた。
「それはいいとして、夏休みに用事がないんだってんなら一緒に遊ばねえか?」
「でもお前の家ってお偉いさん系の家なんだろ? なんか予定とかあるんじゃないか?」
誘ってくれるのはありがたいけど、そんな暇あるのか? 他のお偉い家の生徒達はもう既に夏休みの予定が埋まってるとか話してたやつがいるけど……
「まあ多少はな。どっかの家に挨拶回りに行ったり修行っつって山奥に連れてかれたりはするけど、それでも夏休みの半分くらいは暇だぞ」
挨拶回りで半分潰れるとか、すっごい嫌な夏休みだな。しかもそれを普通に受け入れてるのもすごいと思う。
「逆に考えろ。半分がどうでもいいことで潰されるって考えると嫌な気分になんないか?」
「それを言うなよ。つっても、昔っからだし、もう今じゃそんなに嫌だってわけでもないけどな」
まあ、毎年同じようにしていれば、そういうもんだって慣れるものか。それでも俺なら嫌だけど。だってそんなの絶対に〝普通〟じゃないし。
「挨拶回りはいいけど、修行ってなに? 本当に山奥に行って滝に打たれたりするの?」
「滝に打たれるのはねえな。代わりに、崖を登ったりはするけど」
「うっわー。なんだか大変そう」
「大変そうっつーか、マジで大変だな。年々強度が上がってるから余裕ぶっこいてるわけにいかねえし、結果を出せないと親や修行先の師範から怒られるから真面目にやるしかないしな」
っていうか、夏休みに修行する、なんて話を聞くとは思わなかった。けど、こんな魔物と戦うような学校に入ったんだし、それが普通なのか?
「まあそんなわけで、半分くらいは用事があるけど残りの半分は暇だからどっか遊びに行かないか?」
「どっかねぇ……山とか?」
俺は特殊な立場なのもあって今までろくに誰かと遊びに行くとかしたことないからわからないけど、夏休みに男友達とどっかって言ったら山にキャンプとかするんだろうか?
そう思ったのだが、桐谷は俺の言葉を聞いて嫌そうに顔を顰めた。
「山はやめてくれよ……修行で嫌って程行くんだから。どうせ行くんだったら海とかにしてくれ」
「海か……まあいいんじゃないか?」
海だって夏休みに行く場所としては定番だろうし、行くなら行くで問題ない。というか全然ありだ。
にしても、山に修行に行くのか。なんていうか、本当に〝修行〟してるんだな。